当たり前の日常?
ツバキは充てがわれた自分の住処に足を踏み入れようとしていた。
見ず知らずのなうえに、まともな意思疎通すらも難しい自分にここまでしてくれるウーロの厚意に、自然と胸が熱くなる。
ウーロの小屋ほど立派ではなく、たしかに畑の納屋の様にも見えるが、屋根と壁があり雨風をしのぐことが出来る。
異世界に来て、何も持たないツバキにはそれで十分だった。
玄関、と言うには質素なそこは片引き戸になっていた。
ツバキは戸に手をかけ、自分の新居へ足を踏み入れる。
足を踏み入れる。
足を踏み入れたい。
踏み入れたいのに、戸が開かない。
そんなツバキと戸の押し問答に、背後から笑い声が広がる。
振り返れば、そこにいる四人全員が笑っていた。
笑いながら近づいて来たギレが戸に手をかけ、戸を引きながらおもむろに戸の足元を蹴る。
ガンっと大きな音を立てる戸は、埃を散らす。
わかったか?となぜか勝ち誇った顔をしながら肩を叩くギレに、少し眉を上げて応えてみせる。
何はともあれ、
「我が家だー!!」
異世界に来て初日に住処を手に入れたツバキは、やっと足を踏み入れながら雄叫びをあげた。
雄叫びを上げながら、ツバキは自分の住処を見渡してみる。
六畳ほどの広さだろうか。
ウーロの家にあったようなキッチンなどはなく、小さな窓が2つと、小さなテーブルと椅子が置かれている。
それ以外何もなく、このままでは寝ることすらもままならない。
どうしようかと思案を巡らせるツバキをウーロが呼ぶ声がした。
見てみると、ウーロが桶と雑巾を持って来てくれている。
ありがたく受け取り、テーブルと椅子、それから窓を綺麗に拭きあげる。
もう人が使わなくなって久しいのだろう。
分厚く埃が積もっていたが、綺麗に拭きあげられたそれらは使うことに問題はなさそうだ。
これから住む我が家だと、彼方此方を一通り磨き上げて埃っぽさは無くなった。
ツバキが満足げに部屋を見渡し、椅子で一休みしているとガークたちが何やら大きな箱を持って戻ってきた。
60cm角ほどの大きな真四角の箱を一人二つずつ持ち、三人で計六つ。
何が始まるのかと眺めるツバキを尻目に、ガークたちら部屋に入って左奥、ちょうど窓の下になるそこに、あれやこれや言い合いながら箱を並べていく。
隙間なく三つずつ二列に並べられ、並べ終わる頃にウーロが手押し車に大量の藁を乗せて家の前に戻ってくる。
いそいそとその藁を運び、箱の上に乗せ始める四人を見て、ツバキも慌て手伝いに飛び出す。
藁を敷き詰めた箱の上に、ウーロが大きな布を被せる。
なるほど、立派なベッドが出来た。
そうこうしているうちに日は傾き、ウーロが持ってきたランプの使い方をジェスチャーだけで教えられた。
こうして、ツバキの住処が完成したのだった。
完成したツバキの住処で、ガークの持ってきたおにぎりの様なもので、皆で食事を取った。
皆で談笑してはいるが、当然意味はわからない。
それでも、ツバキは楽しく思えたし、心から感謝していた。
ついさっき殺し合った相手と、助けてくれた人。
不思議な光景だったが、それでもツバキは嬉しかった。
そんな時間が過ぎ、皆が帰る頃には夜の帳が下り、優しい闇が村を包んでいた。
ツバキの住処を後にするウーロ達に、お礼を伝えられないのが歯痒く、もどかしかった。
「ありがとう。
本当に、、、ありがとうな。
伝わらないかもしれないけど、ありがとう。」
ウーロ達の背中に、伝わらない言葉を投げかける。
皆が一様に、ツバキに軽く手を上げて応える。
伝わった気がした。
伝わっていた気がした。
何かがツバキの胸をくすぐった気がした。
なんだか気分が良い。
足取り軽くベッドに向かう。
ベッドに飛び込むと意外と固く、一瞬息が止まり、うっ、、、と情けない声が出て、ツバキは少し笑った。
こうしてツバキの、異世界生活初日が幕を閉じた。
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窓の外から、鳥の声が聞こえてくる。
差し込む日差しに顔を照らされ、暖かな気持ちになる。
ベッドの上で体を伸ばし、大きく息を吐いたら体を起こす。
ベッドの脇に配置したテーブルからタバコを取り、ツバキは起き抜けの一服をした。
ツバキは残り少ないタバコを大切に吸おうと、一日一本までと喫煙を制限していた。
机の端に置かれた灰皿代わりのかけた陶器には、吸い殻が四本。
ツバキが咥える一本を足して、五本だ。
ツバキはこうして、自分がこの村で過ごした日数を数えていた。
今日は、この村に来て五日目の朝、もとい、この世界に来て五日目の朝だった。
元の世界にいた時、こんな清々しい朝を迎えたことがあっただろうか。
そんなことを考えながらツバキはタバコをふかし、この村に来てからのことを思い返す。
二日目の朝は早かった。
ツバキが寝ていると、ウーロがツバキの名を呼びながら部屋にきた。
おはよう、そんな風に声をかけながら体を起こしながらタバコに火をつけると、ウーロは持ってきた二人分の朝食をテーブルに置いたのだった。
ツバキがタバコを吸い終わるのを待ち、二人で朝食を食べる。
前日の夜、ガークが持ってきたのと同じおにぎりの様なものと、何かのスープだ。
米とは少し違い粒が大きいそれは、米と麦を足して割った様で、ツバキは案外好きだった。
スープはザク切りにした野菜と、何かの肉を煮込んでいる様だったが、この世界に来て初めて見た動物を思い出し、なんの肉かは考えるのをやめた。
味は少ししょっぱいが、おにぎりによく合う。
朝食を終えると食器を運ぶのを手伝い、そのままウーロに村を案内された。
日の登る位置からして、ツバキが初日に走り抜けた橋の北側に村はあり、真南に村の入り口がある様だ。
村はに広くなくて、行ったことはないが東京ドームくらいだろとツバキは勝手に思っている。
その北端にツバキの家やウーロの家がある。
村の東側にある家にはグスが住んでいる様で、案内をされながらたまたま顔を見たので軽く手をあげると、手を上げ返し答えてくれる。
驚いたことに結婚しているらしく、家の横手で洗濯物を干す女性と、女性の周りではしゃぐ子供が二人いた。
村の中央には大きめの畑があり、そこで何人かの男手が作業している。
そのなかにギレの姿もあり、熱心に汗を流していた。
真剣に働く姿をみて、ツバキは声をかけずに済ます。
畑からすぐ南の位置、村の入り口のすぐ右手には大きめの小屋があり、中が少し騒がしい。
ウーロに案内され中を覗くと、牛の様な動物とニワトリの様な動物が飼育されている。
ガークが何やらニワトリを追い掛けているようだが、真剣に追い掛け回すガークの姿がツバキの笑いを誘う。
その生き物たちの見た目は平凡であり、ツバキの知るそれらと若干の色の違いがあるだけで、朝食べたスープの肉の正体を察して安心した。
男たちの働く畑や、飼育される動物。
どうやらこの村は、村人全員で自給自足の生活をしているのだろう。
村の西側には、この村で一番大きな建物がある。
そこには女性たちが集まり談笑する様子や、別の部屋では何やら話し合いをしている様子が窺える。
集会所や、ツバキの知るところでは公民館の小さなもののようだった。
談笑している女性の一人がウーロに気付き笑顔てま軽く頭を下げるが、ウーロの横に立つツバキに気付くと、訝しげな顔に変わった。
見慣れない人物が自分たちの村を歩き回っているのだ。
仕方のないことだとわかっていても、ツバキの顔色に寂しさのようなものが滲む。
それに気付き、ウーロがツバキの背中を軽く叩き歩き出す。
ウーロに付いて歩いて行くと、村の東側から獣道のような細道を通り、小川に出た。
どうやらあの石の橋が架かった小川は大きく曲がり、村の東側に流れているのだろう。
ウーロが川から何かを引っ張り上げる。
それは魚を捕る仕掛けだったようで、中には沢山の魚が入っていた。
その後、村に戻る道中で薪になりそうな木を拾ったり、その薪で火を起こしたり、その火でウーロと食事を作ったりと、あっという間に過ぎていったのだった。




