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精霊再起の簒奪者  作者: 芹沢歩
第一章
7/154

007 昨日の花は今日の夢

 ◆


 ルシードはテオの小屋へと走る。


「もう戦闘は終わっているわね」


 ルシードは横を飛ぶアルマリーゼの声で、焦燥感に煽られる。

 アルマリーゼは宙に浮けるようなので先に行ってくれないかと頼んだが、その速度は契約者の能力に左右されるそうで、ルシードが走るのと変わらないらしい。


「見えた! 小屋だ!」


 テオの住む小屋の屋根が坂の頂上に姿を現し、ルシードは一気に坂を駆け上る。


「な、なんだこれ。人がたくさん……死んでる、のか? ……テオじい、テオじいは!? テオじい!?」


 小屋の周囲には知らない男たちが大勢倒れこんでいた。巻き散らかされたような赤い染みが点在し、うめき声すら上げないことからも、死んでいるのだろう。

 しかし、構ってもいられない。ルシードはテオの名を呼び、その姿を捜す。


「ぅ……そ、その声はルシードか?」


 小屋の近く、男たちの屍の向こうに、テオの姿はあった。


「テオじい!」


 ルシードはテオが生きていることに安堵して駆け寄るが、すぐ異変に気づいた。


「テオじい、血が! 斬られたの!?」


 テオの腹からは血が流れ落ちていたのだ。地面を這いずったような血の跡が、痛々しく映る。


「ワシのことはいい、それよりも村だ、村にここを襲った男たちが向かった。裏道を使い、村へ向かえ。今なら先回りできる。危険を知らせ、避難するのだ。お前では勝てん、決して戦おうとするな」


 息を切らせながら説明するテオに、アルマリーゼが声をかける。


「老いたわね……テーオバルト」


 ルシードは知らないが、テオという名は愛称だ。もちろん、村に来たころは本来の名――テーオバルトと名乗っていたが、いつしか親しみを込めて、かつての仲間たちが彼を呼ぶ時の愛称――テオの名で定着した。

 呼ばれたテオは、今までアルマリーゼがいることに気づいていなかったのか、目を見開いて驚く。


「ば、馬鹿な! アルマリーゼ、何故ここにいる!?」


「この子が私の封印を解いてくれたのよ?」


 アルマリーゼの返事を聞いたテオは更に驚いたように息を呑むが、落ち着いてルシードへと視線を送る。


「ルシード……お前が?」


「う、うん」


 ルシードの声に、テオはなんとも言えない表情を見せた。


「そうか、お前が。……アルマリーゼ、お前は今でもあいつの……レニーの――」


「当然よ。私はそのためだけに生まれてきたの。今更変えられないわ」


 テオが何を口にしようとしたのか、すぐにわかったのだろう、アルマリーゼは苛立ちを感じさせる声で、テオが言い切る前に口を挟んだ。


「ふ、ふふっ。知っているか? 五十年だ。あれから五十年経った……もうお前の出る幕などない」


 アルマリーゼは冷たい目でテオを睨む。


「それを決めるのは、あなたじゃないわ」


「ふん……まあ、いい。それよりも、お前は今でも使えるんだろうな?」


 今は昔話をしている場合ではない。それに、ルシードが封印を解いたというのであれば、契約を交わしたということで間違いはないはずだ。懸念は残るが、テオの知るルシードならば、アルマリーゼをうまく使い、良い結果に導いてくれるはずだという信頼がある。


「当然よ。たった五十年で錆びついたりはしないわ」


 アルマリーゼはテオに自身の能力を教えたことはない。

 ならば、何故知っているのか。おそらくはともに戦った少女が教えたのだろう。わざわざ聞き出すまでもなかった。


「なら、頼む。ふっ、まさかワシがお前に頼み事をするとはな……」


 ルシードには、テオとアルマリーゼが何を言い合っているかなどわからない。

 だが、この緊迫した状況で口を挟むわけにもいかず、黙っていると――


「ルシード、剣を抜きなさい」


 アルマリーゼが剣を抜くよう、ルシードを促した。


「……え?」


「その剣で――テーオバルトを殺すのよ」


 ルシードはアルマリーゼの言葉を、すぐに理解できなかった。理解したくなかったのだ。


「な、何を言い出すんだアルマ。テーオバルトって、テオじいのことだろ!? テオじいを殺せ? そんなことできない!」


「よいのだ、ルシード。ワシを殺せ。どうせワシはもう助からん。その前に、お前がその剣でワシを殺すのだ」


 ルシードはますます意味がわからなくなる。テオまでもが、自分を殺せと言うのだ。


「私の剣は、殺した者の能力を奪う。あなたがテーオバルトを殺し、その能力を奪いなさい」


 アルマリーゼの言葉を、ルシードは信じたくなかった。そんな能力は欲しくない。今ここで欲しいのは、死にかけのテオをも救える能力だ。人を殺して能力を手に入れる。そんなものが聖剣の力だと、思いたくはなかった。


「それが……君の能力? ……そんなものが? 他に、他に能力はないの!? ……そうだ! 何もテオじいじゃなくたっていいじゃないか! 村に向かった奴らを殺して能力を――」


 ルシードはテオに胸倉を掴まれ、最後まで言えなくなる。


「今こうしている瞬間にも奴らは村へ向かっとる! 時間がない! 村に男たちもいない! お前がやるんだ! お前が村を救え!」


 ルシードは、動けない。


「今から大切なことを教える、よく聞け」


 テオはそんなルシードを見て、言葉を変えようと息を整える。


「明日も今日と同じ一日だとは限らん。今日ある日常が、明日もあるとは思うな。ワシの時もそうだった。明日できるから今日はやらなくていい、ではない。今日できることなら今日しなさい。そうでなければ、大事な時にそれを成す力はないかもしれん。……今、お前にできることが何かはわかるな?」


 ルシードの瞳から涙があふれてくる。弱い自分では村を守ることすらできないのだ。今ここで、できることは一つしかなかった。


「テオじい。僕、僕は……」


 気づけばテオの指で涙を掬われている。最後の力を振り絞ったのか、その手に力は感じられない。


「今はまだ泣くな。今夜眠る時まで、涙は流すでない……。ああ、そうだな、最後に頼み事をしたい」


 テオの最後の頼みだ。聞かないわけにはいかなかった。


「どんなことだって聞くよ。何?」


「伝言だ。ワシの親友、レニーに伝えてくれ。あの時、何も言わずに別れて悪かったと。お前と同じ道を行くことはできず残念だったが、それでよかったと。子どもはできんかったが、村の教え子はワシの子も同然じゃ。子どもたちに囲まれて暮らす生活は幸せだったと。そして、ルナを勝手に連れ出して悪かったと伝えてくれ。ワシにはどうしてもあいつの力が必要で、それがあいつの役目だったのだ。最後は笑っていたと伝えてくれれば、わかってくれるはずじゃ」


 テオが告げた二つの名前。その一つにルシードは覚えがあった。

 英雄レナード物語に出て来る登場人物、ルナ。英雄レナードの仲間の一人。

 だが、今は詮索をしている場合ではない。テオの言葉を伝えるために、親友であるレニーが何者なのか、聞いておかねばならない。


「……レニーさんはどんな人? どこにいるかわかる?」


「レニーはレナード様の愛称よ。私と行けば、自然と出会うことになるわ」


 ルシードの問いかけに、アルマリーゼがテオの補足をするように口にした。

 その声に、ルシードはまたしても目頭が熱くなる。テオの話に出て来たレニーは英雄レナード。

 テオは、英雄レナードの仲間で――親友だったのだ。


「わかったよ、テオじい。必ず伝える」


「ああ、頼んだ。……アルマリーゼ、お前もだ。ルシードといることで、見えてくるものがあるはずだ。それを、忘れるな」


「……そうね。あなたからの最後の言葉ですもの、覚えておくわ」


 アルマリーゼが頷いたのを確認したルシードは、涙をこらえ、剣を抜く。


「自分の心臓から剣の切っ先まで、血を流すイメージを持ちなさい。初めてだから、私が手伝ってあげる。次からは、自然と使えるようになるわ」


 そう言い、アルマリーゼはその小さな体で、ルシードの体を後ろから抱くようにして腕に手を添えた。


「あなたの持つ魔力量じゃ、使えるのは一日に一回ってところね。……集中しなさい。失敗は許されないわよ」


 ルシードはアルマリーゼの触れる背中が熱いと感じ、今そこに魔力が集まっているのだと理解する。次に、背中の熱が体を通じて心臓にたどり着き、改めて流れ出した魔力が両腕を通して剣の先へと流れていく。

 ルシードは再び流れそうになる涙をこらえ、念じるように力を込めて、剣の切っ先をテオの心臓へ向ける。


「村を、ワシの子どもたちを守ってやってくれ。……すまんな、お前を鍛えると約束したばかりなのに破っちまって。それに加え、これから過酷な苦労をも背負わせてしまう。だが、ワシの全てを持っていけ。必ず役に立つ」


「テオじい。僕、テオじいのことを忘れないよ。村のみんなだって。だから、今はゆっくり休んで……今までありがとう」


 言葉なくテオが頷く。もう言葉は必要なかった。

 ルシードの魔力により、剣の腹に入っている模様が光る。

 それを確認したアルマリーゼに促される形で、ルシードはゆっくりと腕を動かし――テオの心臓に剣を突き刺した。


「ぐっ!」


 叫びはルシードのもの。

 頭に戦闘に関する記憶が流れ込むのがわかる。テオの戦闘技術。一瞬だったが、あまりの情報量に、頭痛を感じたほどだ。


「もういいわ」


 夢中でテオを刺してから、どれほど経ったかはわからない。一瞬かもしれないし、長い時間がながれたのかもしれない。テオの技術を反芻していたところへ、アルマリーゼの声がルシードの耳に届き、やっと剣を抜けるのだと、胸をなでおろす。

 剣を引き抜き、テオを見ると――テオは声もなく息を引き取っていた、笑顔で眠っているようにしか見えない。


 自分の体を見る。特に変化は見られない。だが、テオのまだ教えてもらってすらいない戦闘技術を手に入れたことだけは理解していた。


「どう?」


「大丈夫だ、村に急ごう」


 アルマリーゼの確認にルシードは頷き、剣を鞘に収める。

 テオを置いて行きたくはなかったが、今は急がねばならない。


「テオじい、行ってくるよ。どうか見守っていて」


 そう言い残し、村への近道へと走り出した。


 だが、その姿を訝しんだのか、隣を飛ぶアルマリーゼから声がかかる。


「……それで全力?」


「え? そうだけど……おかしい? テオじいの知識から、体の動かし方や地面の踏む場所だって選んでる。今までよりずっと速くなったはずだ」


 足は止めず、不思議そうに質問したアルマリーゼに、ルシードは答える。

 現に今までの自分からは想像もできないほど速くなっているのだ。心なしか筋力も上がっているように感じるほどに。


「おかしいわね。テーオバルトは体に……なんという技なのかしら。実際に光って見えるわけじゃないのだけれど、不思議なオーラのようなものをまとって戦っていたわ。たとえ年を取って衰えたとしても、知識として知っていれば、あなたにも使えるはずよ。魔力とは関係ないものだから、男性向けって感じの技なのだけれど、身体能力を底上げする感じかしらね」


「……確かに身体能力は上がってる気がするけど、そんな技は知識にないよ?」


 アルマリーゼの説明に、ルシードは驚く。まさか失敗していたのだろうか? だが、確かに身体能力は上がっているし、他の知識はある。アルマリーゼが言う技だけが知識になかった。


「……あの馬鹿、まさか無意識で使っていたのかしら。私の能力は厳密に言うと、殺した者が使っていた能力ではなく、学んだ能力なのよ。だから無意識に――自分では使っているつもりはなく、自然と使っていた能力だとしたら奪えないわ」


 これだから脳筋は。アルマリーゼは愚痴るように付け加える。


「でも……おかしいわね。能力を奪っていないのなら、身体強化されているのはおかしいわ。何か別の能力かしら……どうする? やれる? あらかじめ言っておくけれど、私は剣の精霊だから、治癒魔法は使えないわよ?」


「やれるかやれないじゃない。やるさ! 逃げるって選択肢はない」


 テオに村を任されたのだ。逃げるなどできるはずがない。ルシードは覚悟を決めて進む。


「ふふっ、いい顔ね。なら、私からも一つ、プレゼントをあげるわ」


 アルマリーゼからは剣を授かっている。これ以上何をしてくれるのかとルシードが思っていると、走るルシードの後に回りこんだアルマリーゼは背後から優しく首に手を回し、妖しく笑うと、ルシードの耳に顔を近づけた。

 これには流石のルシードも足を止めざるをえない。浮いているアルマリーゼは軽く、背負って走ることは簡単だが、荒れた道を急いで駆け下りているのだ。空を飛んでいるアルマリーゼとはいえ、振り落とさない自信はない。

 ルシードが何がしたいのかと振り返ろうとすると――


「恐れる必要も、躊躇する必要もないわ。あなたなら大丈夫よ、きっとすべてがうまくいく。私たちの前に立ちふさがる敵を打ち倒し、勝利を手に入れましょう」


 アルマリーゼがルシードの耳元で囁いた。

 その声は、不思議と胸に落ちる。


「精霊の加護、とでも言えばわかりやすいかしらね。悪い気分じゃないでしょう?」


 ルシードから離れたアルマリーゼが説明する。その言葉を証明するかのように、ルシードにあったわずかな不安は消え、勇気が湧いてくるようだ。

 ルシードはアルマリーゼに一つ頷き、再び村へ向けて駆け出した。

 村は近い。


 ◇


 今夜は狩りに出た大人が帰って来る日だ。

 当然、少年――カルロの父も参加しており、帰りを楽しみに待つ一人でもある。

 収穫祭は翌日、今日は家族で過ごす日と決まっている。あとは家に帰って待つだけだが、気がかりもある。

 今日は兄と慕う少年――ルシードに会っていないのだ。いつものように家に呼びに行ったが、今日はいくら起こしても起きなかったそうで、カルロたちだけでテオのところへと向かった。

 現在は、テオのところで鍛錬を終え、村に戻って来ている。クララが珍しく花を採りたいと言い出したので寄り道した程度。

 もちろんこの寒い大地にも花が咲くことがある。いつものようになかなか見つからないかと思われたが、思ったより早く見つけられたのは運が良かったのだろう。暗くなる前に村へと帰れた。そろそろ陽も沈む時間ではあるが、カルロはその前にと、口を開く。


「そろそろ暗くなりそうだけど、ルシ兄のところへ寄って行くかい?」


 クララへと目を向けて切り出す。カルロはクララが好きなのだ。

 しかし、


「そうですね、もし病気とかだったらお花届けたいですし」


 クララ自身気づいていないようだが、クララはルシ兄が好きなのかもしれない、とカルロは思う。

 二人でいる時には少し良い感じに思えるが、ルシードが相手では分が悪いとさえ思っていた。

 カルロがそう思うのも当然だ。カルロたち三人は子どものころからルシードと一緒だった。ルシードを先頭に色んな遊びに興じた。

 カルロたちが知らないことは教えてくれたし、困ってる時には手を引いて助けてくれた。転べば抱き起こしてくれたし、泣いていれば、当たり前のように慰めてくれた。カルロたち三人はルシードが大好きなのだ。

 カルロたちだけではない。ルシードは村の小さな子どもたちから相談を受けることがあれば、どんな小さな問題でも全力で解決しようと尽力した。ルシードが村を出ると言っていることを知っているのは、おそらくルシードの父と母、テオと幼馴染のカルロたち三人だけだと想像するが、きっと村の子どもたちがそのことを知れば、黙ってはいないはずだ。考えるまでもなかったが、村に住む子どもたち全員がルシードに好意を持っているのだと、カルロは確信する。

 そうなれば当然、クララが気づかぬ恋心を抱いていてもおかしくはないだろうと、考えないはずはなかった。

 それなのに、カルロはルシードがそれとなく自分とクララを応援してくれていることに甘え、ルシードが恋心というものよりも外の世界に憧れを抱くことが幸いとばかりに、クララに想いを寄せていた。

 ルシードが村を出ると言い出した時は悲しくも、少し喜んでしまったのを後悔している。

 僕は卑怯な人間なのだろうか、とカルロは自己嫌悪すらしてしまうほどだ。


「行く行く! ルシ兄起きてっかな? まさか風邪じゃないよな? もし風邪で、アマンダのニガイ菜食べてねーってんならガツンと言ってやらないとな!」


 そんなふうに考えている時に聞こえる元気なラウルの声は、ありがたかった。カルロは気分が楽になる。


「そうだね、それじゃあ……なんだ?」


 ルシ兄の家に行こう、そう口にしようとした時、村の入り口が騒がしいことに気づき、何かあったのだろうかと、確認のためにカルロは視線を送る。


「ん? なんだ? 村の入り口か? 行ってみようぜ」


 ラウルが走り出し、カルロもあとを追う。クララも一緒だ。


 すぐにカルロたち三人は村の入り口へと近づき、状況を確認して目を見張る。

 最初に視界に入ったのは、村の門を見張っていたアンガスとニックスが倒れていたことだ。二人は前回の狩りの際に怪我をし、今回は療養のために村に残って門番を務めていた。その二人が倒れている。

 死んではいないようだが、血を流しているのが遠目にもわかる。その周りには六人の男たちがいた。


「あんたたち! 何してるんだい!?」


 次に目に入ったのは、大きな声とともに、先頭の男に近づく人影――アマンダだ。

 近づくアマンダを、男は剣を持った右腕を振上げ、柄頭で殴った。

 アマンダはそれで気絶したのだろう、その場に倒れて動かない。


「な、なんなんだ、あいつらは……」


 カルロは口に出し、ハッとしてラウルを見る。アマンダが殴られたのだ。ラウルの性格を考えると、飛び出さないはずがなかった。


「何やってんだ、お前!」


「待つんだ、ラウル!」


 カルロはわかっていたのに、行動が遅れた。手を伸ばすもラウルを捕まえることができず、男に飛びかかって行くのを止められなかった。

 男へと飛びかかったラウルは、男に触れることすらできず、逆に蹴り飛ばされる。だが、ラウルも諦めようとはせず、起き上がり、また男へと飛びかかって行く。

 カルロは自分の背後を見る。クララは口元を押さえ、声も出ないようだった。

 カルロはクララを庇うようにして立ち、再びラウルに目をやるが、また蹴り飛ばされて転がるラウルが見えるだけだ。

 カルロは考える。

 僕はこれで良いのか? 友達が蹴り飛ばされているのに加勢もせず、好きな子を守る。それが正解なのだろうか……テオじいならどうする? ルシ兄なら……。

 そこでカルロは気づく。好きな子を守ると言えば聞こえはいいが、これで守っているのだろうかと。クララを庇って立っているように見えるかもしれない。しかし、カルロには、ただクララの前に立っているだけにしか思えてならなかった。

 あの男たちがこちらへ来たなら、カルロでは相手にならないだろう。

 本当に守るというのなら……。

 カルロは再び考え――答えを出した。


「クララ、聞こえる? クララ」


 小さな声で、けれどクララにだけは聞こえるように言う。


「……ぇ?」


 カルロはクララが反応したことを確認し、続ける。


「クララ、よく聞いて。君は今からルシ兄の家に行って、呼んで来てくれるかい? もしルシ兄が病気なら、ルシ兄を連れてどこかに隠れるんだ。おばさんたちにも知らせるのを忘れないで。みんなで、だけどバラバラに隠れるんだ。自分が絶対に見つからないと思う場所に隠れて、村の誰かが呼ぶまで出てはいけないよ。お爺さんたちは戦うと言うかもしれないけど、みんな引退してから日が長い。戦おうとする人は止めてほしい。きっとすぐに狩りに出た大人たちも帰ってくる。だから大丈夫。いいね?」


 クララは聡い子だ。泣きそうになりながらも、カルロの言葉に頷く。


「さあ、行って」


 カルロの声を合図に、クララが走り出す。

 その姿を隠すように立ち位置を変え、幸いにも男たちはクララに気づかなかったようだと、カルロは安堵する。

 本当ならテオを呼びに行くのが正解なのだろう。しかし、カルロにはラウルを見捨てることなどできない。クララや村の奥に住む老人たちに呼びに行ってもらうことも考えたが、村の裏口から出たとしても、誰かに見つかってしまった場合、逃げ切ることはできないだろうと考えた。それに、村の男たちもそろそろ帰って来るはずなのだ。今は助けを呼びに行くより、村の男たちが帰って来るまでの時間を稼ぐ方が必要と判断したのである。

 あとはルシードが元気なら加勢してくれるかもしれない。病気ならそれもいいだろう、クララと隠れていてほしい。

 そこで、元気でもクララと隠れていてほしい、と思う気持ちが一番強いと知り、カルロは勇気が出た。

 離れて行くクララの後姿を見て、カルロは幸せになってほしいと強く願う。

 次はラウルの加勢に行かなくてはいけない。生きてクララに会えたなら、勇気を出して告白しようと決意を持って、カルロは一歩踏み出す。そこで玉砕するのもいいだろう。今から立ち向かう敵より、告白する勇気を出す方が、カルロには大変に思えた。

 それを払拭するかのように一度笑うと、カルロはラウルのもとへと走る。ラウルは何度も蹴り飛ばされていたが、まだまだ元気そうだ。


「ラウル、加勢するよ」


「はぁ、はぁ……サンキュー、カル兄」


「おいおい、威勢の良いのが二匹目だ、こりゃ当たりだな」


 男は口の端をつり上げて笑うが、カルロはそんな男を無視してラウルに目配せする。

 男がまだ話しを続けそうだったので、その隙を狙ってカルロは突っ込む。狙いは男が持つ剣だ。腕に向かって走る――


 が、難なく躱されると同時、カルロの鳩尾に膝を入れてきた。それでもカルロは痛む腹を我慢し、狙いを男の足に変更する。今度は掴んだ。


「お?」


「ラウル!」


「オォォオオ!」


 ラウルが雄叫びを上げ、男に突っ込む。

 カルロはラウルを援護しようと掴んでいる男の足を持ち上げ、倒そうとするが、動かない。


「ぐっ、動け!」


「ははっ、甘い甘い」


 男は左手だけで突っ込んでくるラウルを止めると、地面に叩きつけ、次に右手に持つ剣の柄頭でカルロの左肩を強打。

 カルロはその痛みに、たまらず足を掴んだ腕を放してしまう。その瞬間を狙い、男は右足を振上げカルロを蹴り飛ばした。

 カルロの殴られた肩が痛む、折れてはいないだろうが、罅は入ったかもしれない。

 それでも、まだ倒れるわけにはいかなかった。ラウルもそうだ。今も立ち上がろうとしている。


「ぐっ、ぁ」


「な! こ、こいつ……ッア」


 その時、門の方で何かが起こった。カルロは目を向ける。目の前にいる男の仲間を、誰かが倒したようだった。

 狩りに出た大人たちかと思ったが、違う。

 ルシード――カルロがルシ兄と慕う少年だった。


 村の外から来たことからもルシードは家にいなかったようだが、カルロの目にはルシードが武器を持っているのが見える。

 ルシ兄ならこいつ等を倒せるだろうか? とカルロは考えるが、今はルシードに頼るしかないのも事実だ。

 そこで気が抜けてしまったのか、カルロは膝をついてしまう。ラウルもルシードに気づいたのか、腰を地面につけていた。ルシ兄ならこの状況をなんとかしてくれる。二人はそう思っていた。


「おいおい? なんだぁ? まだ元気なのがいるじゃねーか」


 男は機嫌良さそうにルシードへと足を向けた。

 力が抜けたせいで、カルロの足は動かない。その代わりとばかりに叫ぶ。


「ルシ兄ィ! こいつら全員敵だ! 村に入ったのはここにいる六人、あと四人だ!」


「わかった!」


 ルシードの返事を、心から頼もしいとカルロは思った。

 叫んだせいで男に斬られるかもしれないと頭の片隅をよぎったが、それでも状況を伝えたかったのだ。

 男はちらりとカルロに視線を送り――次にラウルへと目を向けたが、まだ動けるかの確認をしただけなのだろう。もう動けないと見て、迫り来るルシードへと視線を戻した。

 更に仲間の一人が斬られても、男に動揺はない。舌なめずりをするように、大当たりだ、と笑うように呟く。


 ◆


 ルシードは村に到着してすぐにアンガスとニックスが倒れている姿を目にした。その横には二人を踏みつけるようにして男たちが立っている。村の中を向き、ルシードには気づいていない。

 ルシードは足音を立てないよう注意し、姿勢を低くして男たちに近づく。


 ――そのまま気づかれることなく接近し、手に持つ剣を下から上へと、鞘から抜き放った。


「ぐっ、ぁ」


 一人目の男は、またお頭の悪い癖が出た、と呆れて見ていたところを頚動脈を斬られ、首を手で押さえるも、あふれ出る血は止まりはしない。


「な! こ、こいつ……ッア」


 二人目の男は隣の男が斬られたことに気づくも、ルシードの返す刃で斜めに首を斬られる。

 男たち二人は斬られた首を押さえるようにして、地面に倒れた。


 ルシードの正面に男が見えた。一人だけ纏う空気が違うことから、おそらくはテオを斬った男だと判断。

 男の足元には、カルロとラウルがいる。男にやられたのだろうが、生きていることに胸をなでおろす。

 門を守っていたアンガスとニックスもそうだ。男は殺そうとはせず、苦しんでいるのを楽しむタイプなのだと、ルシードはすぐに気づいた。怒りが込み上げてくるが、今はそのことに感謝する。そうでなければ、もう四人とも生きてはいなかったかもしれないのだから。

 ルシードは足に力を込め、男へ向かって走る。直線上にルシードに気づいた者が一人いるが、臆さず走る。


「ルシ兄ィ! こいつら敵だ! 村に入ったのはここにいる六人、あと四人だ! 気をつけろ!」


「わかった!」


 ルシードはカルロの声が嬉しかった。敵の数がわかり、隠れている様子もない。今ここにいる四人で間違いない。

 そこでリーダー格の男がカルロに、次にラウルへと視線を送った。一瞬カルロたちを斬るつもりなのかとルシードは焦ったが、カルロたちが動けないことを確認したのだと、すぐに理解した。そして、男がルシードと戦う気でいることも。

 そうとわかれば二人を気にする必要はなかった。真っ直ぐ男へと向かう。

 途中、邪魔な一人を斬った。何か声に出したかもしれないが、ルシードにはどうでもよかった。

 ルシードは最後の確認とばかりに周囲の状況を確認する。

 リーダー格の男は右手に剣。二人目の男の武器も右手に剣。近くにはカルロ、ラウル、倒れたアマンダとその近くに村の女性――サロメがいる。三人目の男は左手に剣を持ち、右腰にナイフがあった。形状から見て投げナイフだ。頭の片隅に入れておく。近くには、こちらも村の女性――ニコラとロージーがいる。

 しかし、二人目の近くにはカルロとラウルがいたことから、ルシードは危険度をリーダー格、三人目、二人目と設定した。

 ルシードはリーダー格の男の前に他の二人も斬っておきたかったが、今は余裕がないと諦める。それに、他の二人の注意もルシードに向いてるようだった。今はリーダー格の男に集中しようと、男の間合いにゆっくりと近づく。


「いいねぇ、いいねぇ。元気なのは歓迎だ。なかなか腕も立ちそうだし、お前もしっかり調教して飼ってやるよ!」


 ルシードは男の間合いに入ると同時、後ろに跳んだ。男が突き出した剣を躱す。

 剣は男の構え方や体の動きから予測で回避した。完全には見えていない。

 テオの知識がなければ、今の一撃で終わっていただろう。ルシードは背中に冷たいものが流れるのを実感。相手の剣が見えていないのであれば、テオが得意とするカウンターも使えないだろう。本当ならば、テオ本来の戦い方で勝ちたかったが、今の自分には到底できそうにない。

 テオじいがお前なんかに負けるはずがないんだ、と証明してやりたいのにそれができない。これほど悔しいことはないと、ルシードは歯噛みする。

 しかし、テオの知識を手に入れた今の自分よりも、男の動きが勝っているのだ。動きで遅れては、待ちに徹することはできそうにない。

 それに何より、負けてしまっては元も子もないのだ。慎重に動かなければならないが、長期戦は不利。狙いを頭か心臓に定め、短期決戦を挑むことを、ルシードは決めた。


 ルシードは接近してから攻撃までをイメージする。ただ、それだけ。

 それだけでテオの知識はイメージを起こし、そこに至るまでの軌跡までもを目に映してくれるようだった。

 しかし、それを成し遂げるには、男に本気になられてはまずい。男がルシードを子どもだと認識してる間に倒さなければ、勝機はないだろう。


「反応もいいねぇ……お? 何だ? 良い装飾の武器持ってんじゃねーか。あるじゃんかよ。お宝。俺も剣には凝ってんだぜ? 今持ってるコイツもなかなかの業物だが、アジトに戻ったら俺のコレクションを見せてやるよ」


 男はルシードの持つ剣に興味が出たのか話しかけてくるが、ルシードは無言で返す。会話する気などなかった。


「なんだよ、つれねぇなぁ。お前村の外から来たってことは、爺さんには会ったか? どうよ? まだ生きてたか? お前らを連れてった時の反応が楽しみだぜ」


「――殺す」


 煽りとわかっていても、返さずにはいられない。


「はははっ、悪くない殺気だ。いいぜ、来な!」


 ルシードはやや前傾姿勢で構える。狙いは男の懐へ飛び込んでからの心臓だ。リーチ差もあり中距離ではルシードの攻撃は届かない。

 ルシードは男に向かって駆ける。イメージはある。テオの知識からイメージし、行動に移す。


 だが、男はルシードが行こうとする場所へ剣を走らせ邪魔をする。前に出ようと意識しすぎてギリギリで躱すことになってしまい、ルシードが着ている外套の裾に大きな切れ目が入る。

 ルシードは一度距離を取ろうと後ろに跳ぶと同時、ナイフを持った男が動くのに気づいた。着地位置に飛んで来るナイフを剣で弾き返す――が、予定とは違い、ナイフを投げた男の近く――地面に刺さっただけだった。


「おいおい! 俺の楽しみの邪魔すんじゃねぇよ! ぶっ殺すぞ!」


「す、すいやせん!」


 男が部下に叫ぶ声も遠く、ルシードは自分の成熟しきっていない体を悔やんでいた。

 テオのイメージに体が追いつかないのだ。イメージでは男が動くよりも先に、男の懐へと飛び込めていた。今のナイフもそうだ。テオならば、弾いたナイフをそのまま投げた男へと突き刺したはずだ。テオは『まずは体から』といつも言っていた。これがそういうことだと、今更ながらにルシードは痛感する。成人が近いとはいっても、体はまだ子どもだ。アルマリーゼの能力でテオを殺したことにより筋力も上がった気がしたが、それでもまだ弱い。頭では理解していても、テオのイメージ通りに動いてはくれなかった。


《剣に魔力を流しなさい》


 どこからともなく、ルシードの頭の中に声が響いた。

 この声は――アルマリーゼだ。まるで直接語りかけるかのように、アルマリーゼの声がルシードの頭の中に聞こえてくる。


《繋がりを通じて、直接あなたに話しかけているわ。さっきの要領で魔力を……今度は剣の切っ先だけに集中して込めなさい》


(魔力? けど、僕じゃ一日に一回しか使えないって……)


 男はルシードの出方を待っているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、動く気配はない。ルシードは男に気を配りながらも、声には出さず、心の中でアルマリーゼに語りかけるようにして話す。


《私も不思議に思ったのだけれど、何故か私が使える程度には魔力が回復しているわ。常人より回復が早いのかしら? 人によって回復の速度は違うのだけれど、ここまで早いのは私も聞いたことがないわ。でも、ある魔力は使わないとね。いい? 切っ先に魔力を集中するのよ》


 心で念じた言葉が届くかはわからなかったが、どうやら届いたようだ、とルシードはこんな時だというのに思った。それでも、返事をくれたアルマリーゼの言葉を信じ、アルマリーゼの言う通り、回復しているのならば使えばいいと考える。


(わかった、やってみる!)


 ルシードは心で念じてアルマリーゼに返し、先程よりも更に前傾姿勢になる形で、腰に剣を溜めて構える。


「へっ、いかにも突きますって構えだな。シンプルでいいぜ。付き合ってやる」


 ルシードの構えから何がしたいのか察した男は、ルシードの剣を受けようと、今まで構えていなかった剣を構える。

 ルシードは剣の切っ先にのみ魔力を集中する。問題なく魔力が使えたのを確認し、今度は引くことを考えず、全力で突っ込む。


「なんだ!? はえぇ!」


 男は最初、剣を下から上へ切り払おうと考えたようだが、ルシードの速度にたまらず防御の姿勢を取る。

 剣を上から下に斜めに垂らして構え、ルシードの切っ先が触れた瞬間、上へと受け流す考えのようだ。

 それを見てもルシードは止まらない。今はアルマリーゼを信じて突き進む。


 剣と剣が触れ合う瞬間、男は受け流そうと、斜めに構えた剣の腹でルシードの切っ先を受けた。

 だが、魔力を通したアルマリーゼの剣は、腹の模様を光り輝かせ、男の剣の腹を滑らそうとする力をも無視する形で男の剣の腹を刺し貫き、そのままの勢いで――男の心臓をも貫いた。


「なっ、なんだそりゃあ……」


 男は心臓を貫かれながらも、今起こった出来事が信じられないとばかりに目を見開く。


「ふふっ、業物? 残念だけれど、そんなナマクラで魔力を通した私の切っ先を止められるわけがないでしょう?」


 どこからともなく現れたアルマリーゼが男の耳元で囁き、一瞬でその姿を消した。

 囁かれた男も女の声が届いていたが、今はそんなことはどうでもよかった。


「ちく、しょぉ――こんなガキに!」


 男は最後の悪あがきとばかりに、ルシードの剣が突き刺さったままの剣を振上げようとするが、ルシードはそれより先に心臓と男の剣から自分の剣を引き抜き、男の腕を斬り飛ばした。男は空に舞う自分の腕を見上げるしかない。込み上げてくる血の味に、息もできず、息絶えるしかなかった。

 ルシードは、もはや男に抵抗する力はないと確信し、男が倒れるより前にナイフを投げた男へと走った。

 リーダー格の男が殺されたことに驚き、動きを止めていたところを簡単に斬り捨てる。

 あと一人。そう思って最後の男へと振り返り、そこでルシードは自分の間違いを知る。


 ――ルシードが振り返ると、最後の男はサロメを盾に取り、その首に剣を当てていたのだ。


「イ、イヤァアア! 助けてェ!」


「う、動くな! 動くんじゃねぇ! お前も黙れ!」


 最後に残った男の近くには、カルロとラウルがいるからと、ルシードは安心していた。

 しかし、二人は怪我で動けなかったのだ。何故二人が動けないと思わなかったのか……今倒した男の方にはニコラとロージーがいたが、倒した男と二人との距離よりは離れていた。今もサロメに剣を向ける男を先に倒しておくべきだったのだと、ルシードは今になって思い知る。


 ルシードは選択を後悔しながらも自分の足元を見て――最後の男へと視線を戻す。

 手はある。何か隙さえあれば、男を倒すことができると確信。


「お、お前! 剣を捨てろ! 早く!」


 最後の男はサロメの首に剣を当てたまま、ルシードに向かって言う。


「わかった。今捨てる」


 ルシードはゆっくりと膝を曲げ、腰を落とし、地面に剣を置く。

 今この瞬間に何かが起こってほしかった。なんでもよかった。何か男の注意を引ける出来事が起こってくれれば――


 そこで願いが通じたのかのように、アマンダが目を覚ました。

 アマンダは状況をすぐに理解したのか、叫ぶ。


「あんた何やってんだい! その子を離しな!」


「うるせぇ、ババァ! 黙ってろ!」


 その大声に驚いたのか、男は剣をサロメの首から、アマンダへと向けた。

 その瞬間、カルロ、ラウル――そしてルシードの三人が同時に動く。

 カルロが男の右腕に飛びついた。ラウルは男がサロメを掴む左腕だ。

 ルシードは腰を落とした状態から、地面に刺さったナイフを掴む。先程弾き返したナイフだ。

 投擲の練習をしたことはないが、テオの投擲技術の知識で自然と体が動く。

 地面から引き抜くと同時、下から上へと下手投げでナイフを投げる。

 投げたナイフは――狙い通り男の頭へと吸い込まれた。


「……やった」


 ルシードは一言声に出し、みんなのところへ走る。

 声をかけようとしたところで――


「イヤァア! 来ないで! 人殺し!」


 ルシードの足が止まった。男から開放され、頭を抱えてうずくまるサロメは、ルシードに向かって言ったのではなく、自分を人質に取った男に言ったのだろう。

 ルシードは信じたい。サロメは気が弱い。きっと男が死んだと気づかずに、ルシードの走り寄る足音からまた捕まると思い、錯乱し、叫んだのだと、そう信じたかった。


 そこでルシードは自分の姿を見下ろす。男たちを斬ったことにより返り血を浴び、血まみれだった。

 夢中だったとはいえ、人を殺した。うまくいったとはいえ、テオの投擲技術だけに頼ったナイフは、一歩間違えればサロメや二人の幼馴染のどちらかに当たっていても不思議ではない。先程イメージ通りに動けないと思い知ったばかりだったというのに……その事実に今更のように気づき、それ以上、足は動いてくれなかった――――。

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