069 幕間 住人たちの夜
◇
館の主人ゴードン、その妻ライザ、ゴードンの古くからの友人であるハリーの三人は談話室でワイングラスを片手に昔話に花を咲かせていたが、一つの話が段落を迎えたところでライザが口を開く。
「すみません、私は少し化粧直しに席を外しますね。すぐに戻りますので、お二人は続けてください」
ライザが席を立って談話室を出て行くが、止める者はいない。ライザの化粧が崩れているようには見えなくとも、トイレに立つ言い訳だったとしたら恥をかかせるかもしれないと、ゴードンとハリーはただ頷くに終わる。
「私も一度部屋に戻るかな。ゴードンに見せたくて持ってきた物があるのを忘れていた」
「見せたい物? それは楽しみだ。それなら、私はここで優雅に待たせてもらうとするよ」
ライザが部屋を出たところで、ハリーも席を立ってゴードンに向けて言い、ゴードンはグラスを掲げてハリーに応える。
「あまり飲みすぎるなよ? 今日はいつもより酒の量が多い。私が戻るまでは酔い潰れるな」
「なぁに、まだまだいけるさ。今夜は寝かさんぞ?」
「はははっ、その言葉はもっと若い娘に……おっと、これ以上はライザさんに叱られてしまうな」
ゴードンの冗談にもハリーは笑って返し、部屋を出て行く。
誰もいなくなったところでゴードンは椅子から立ち上がり、懐から鍵束を取り出すと、壁際にある鍵のかかった棚を開ける。
「今日の顔ぶれに少しの不安はあったが……まさかこんな日がこようとはな。嬉しい限りだ」
棚から取り出した物を手に、ゴードンは笑った。
◇
ライザは談話室から出たところでアルマリーゼに捕まった。
「あら、ライザ。お出掛け?」
アルマリーゼとともに談話室の外にいた冒険者――ミラとベルに軽く会釈してからライザはアルマリーゼに向き直る。
「はい、少し化粧直しにと思いまして」
「そう。私もついていくわ」
今だけはこの申し出を断りたいライザだったが、そうもいかない。
「わかりました。行きましょう」
ライザはアルマリーゼを伴って階段を上がり、自室の前で立ち止まる。
「少しここで待っていただいてもよろしいでしょうか? その……あまり人に見せるものではありませんので」
「……いいわ。でも、先に中を確認させてもらえるかしら? 部屋の中に誰かが潜んでいないとも限らないわ」
まさか化粧を落としてから再度するわけではないだろうが、ライザに見られたくないと言われてはアルマリーゼも要求を飲むしかない。
しかし、渋々といった感じでライザの申し出を受け入れたアルマリーゼだったが、すでに部屋の中で怪盗ディセプションがライザに取り代わろうと待ち受けているかもしれないのだ。部屋の安全を確かめておかないことには、ライザを一人にはできない。
「はい、それで構いません」
ライザは部屋のドアを開け、アルマリーゼを先に通す。
まず先に部屋の窓に近づき、鍵を確認したアルマリーゼは、開閉できる箇所を片っ端から開けて回り、最後にベッドの下まで確かめてからライザに向き直る。
「誰もいないみたいね。それじゃあ、私は部屋の外で待たせてもらうわ。何かあったら大きな声で叫ぶのよ?」
「わかりました。すぐにすませるので、少々お待ちください」
「大丈夫よ。ごゆっくりどうぞ」
アルマリーゼが部屋を出たところで、ライザは音を立てないようにドアの鍵を閉める。
次に早足で目当ての物を取り出すと、クローゼットを開けた。
「急がないと……」
今日は怪盗ディセプションの予告日であり、部屋の外には冒険者がいるのだ。変に時間をかけて疑われては困る。ライザは焦る気持ちを抑え、必要な物を次々に取り出した。
「ふふっ、あの人はなんて言うかしら」
声に出したところでライザは口を手で押さえる。部屋の隅々まで確認するアルマリーゼのことだ。部屋の外で聞き耳を立てていないとも限らない。
ライザは口に手を当てたまま、静かに笑った。
◇
談話室を出たハリーは客室に戻ろうとしたところで冒険者の一人、ベルに引き止められた。
「ねー、ねー、おじちゃん、あの話は忘れてないよね?」
「あの話? ……ああ、あれか。忘れてないよ」
ベルとともに談話室の外にいた冒険者の一人であるミラが、何故かギョッとした目をベルに向けたが、ハリーは気にすることなく話を合わせる。
「私は一度部屋に戻るが……いいかな?」
「私もついてくー」
元気に手を上げるベルを微笑ましく見てからハリーは頷く。
「それなら、一緒に行こう」
ハリーはベルをつれて客室に戻り、客室のドアの前で立ち止まると、ベルに向かって話しかける。
「少しここで待っててくれるかな? 談話室に戻る前にケースの中を確認しておきたいんだ。その……中の物を見られるわけにはいかないからね」
ハリーはそこで一度区切り、今夜狙われている宝石が置かれている部屋の方へと視線を向ける。
ハリーの客室から宝石部屋まで離れてはいるが直線上にあり、今もドアの前を警備員のマリオが守るように立ちふさがっている。そのマリオを指差し、ハリーは続けてベルに向かって話す。
「……待っている間に怪しい人を見かけたり、何か困ったことがあったらすぐにあの人に言うんだよ?」
「わかったー!」
ベルの返事に頷き、ハリーは客室に入って鍵を閉める。
ベッドの下、厳重に鍵のかかったトランクケースを取り出すと、懐から鍵を取り出して鍵を開ける。
「……よし、無事だな」
トランクケースの中身を確認したハリーは、その中に納められていた物を見て、笑みを浮かべた。
◇
話し疲れてしまったのだろうか。眠ってしまったサーシャを起こさないようにケープを羽織わせたレベッカは、ベッドから起き上がって窓辺に向かう。
「どうしましょう……こんなにドキドキするのは初めてだわ」
レベッカは胸の高鳴りを押さえようとそっと胸に手を当てるが、かえって心臓の音を実感させられるだけだ。
「これを見て、どんなふうに驚くのかしら……」
レベッカは人を待っていた。今からここへ来るその人物に会うのが楽しみでしかたないといった顔で笑う。
左手に、小さな宝石を握りしめて……。
◇
メリーはレベッカとサーシャ、三人で風呂に入ったあと、レベッカが寝静まるのを待って食堂に戻り、水につけておいたマリオの食器を洗いながら考える。
「これからどうしよう」
メリーは頭の中で今後の予定を組み立てては崩していく。どれも現実的ではなかったからだ。
「やっぱり……あっ!」
メリーは手を滑らせて皿を落とし、割ってしまう。
「やっちゃった。でも……最初の予定は決まったかな」
だが、幸いにも近くには誰もおらず、皿の割れる音に気づいた者もいないようだとわかると、割れた皿を片付けるために箒とチリトリを取りに向かい、小さな破片も残さず回収する。
「セバスチャンさんは談話室。セラフさんは……いないのかな?」
回収した割れた皿をチリトリを手に食堂の外の様子を窺い、誰もいないことを確認したメリーは、誰にも気づかれないように、そっとその場を離れた。
◇
酒のつまみを談話室に送り届けたセバスチャンが食堂に戻ると、メリーが出迎えた。
「お疲れ様です。何かやることはありますか?」
「今は大丈夫ですが、今夜の旦那様の様子では長丁場になりそうです。しばらくは私一人でやっておきますので、あなたは今のうちに少し休んでください。必要があれば部屋のドアをノックします」
「はい、わかりました」
すでに日付が変わりそうな時刻を迎えたところで、セバスチャンはメリーに休むよう伝え、必要とあらば呼ぶとは言ったが、そうするつもりはなかった。
メリーが食堂から消えたところでセバスチャンは食堂の中をゆっくりと歩いて回る。
「これは……」
セバスチャンは自分の間違いかとも思ったが、そうではないとすぐに気づく。
「やれやれ……仕方ありませんね」
普段は決して人前で笑顔を見せないセバスチャンは、思わず笑いそうになった口元を手で覆い隠す。
食堂の外にいるであろう冒険者の一人、ルーファに見られていないことを確認したセバスチャンはメモ帳を取り出し、必要事項を書き出すと懐にしまう。
「これでいいでしょう」
怪盗ディセプションが現れたと騒ぎになるのは、このあとすぐである。




