065 めい探偵ホープの事件簿 そのに!
◇
「……あなたたちだったの。どうぞ、入っていいそうよ」
ホープが開いた扉の隙間から覗き見ると、部屋の奥のテーブルにはカップが二つ。二人でお茶を飲んでいたところへ、ホープたちが訪問。ライザに代わり、アルマリーゼがドアを開けたといったところか。許可も下りているようなので、ホープは遠慮なく中へ入ったが、入ったところですぐに足を止めた。
「……失礼する。少し話をしたいがよろしいか?」
「はい、私に話せることでしたら」
「結構。……では、お嬢さんの話で一つだけ。このあと会いに行きたいのだが、レベッカ嬢は体が弱いと聞いた。今日は会っても大丈夫かな?」
ホープはライザには近づかず、予定していた内容を破棄し、いきなり本題に入る。理由はわからないが、こうしてライザと話している間にも、黒ずくめの少女――アルマリーゼがドアの外を窺い、尋常ではない殺気を放っているのだ。冒険者のランクは告げなかったが、この殺気から察するに、この少女もSランクの力を持っているかもしれない。誰かを待っているようにも見えるが、ホープも隣で殺気を放たれては居心地が悪い。早く移動してしまいたかった。
ホープはアルマリーゼを気にしつつもライザへ注意を向ける。
そのライザは悲しそうに目を伏せ、
「はい、あの子は生まれつき体が弱く、満足に運動することもできません。なんでも体内にある、魔素を取り入れる回路が正常に機能していないらしく、すぐに魔力切れになってしまうのです。多くのお医者様にも見ていただきましたが、匙を投げられてしまい……普段は車椅子での生活を余儀なくされています。でも、強い子なんですよ? いつか治ると信じて、一日に一、二時間だけ自由に動ける時も、足の筋肉を衰えさせないために歩く練習に費やしています」
レベッカのことを、ホープに伝えた。
ホープはレベッカが病気だとは知っていたが、そこまで重い症状だとは思わなかった。なんとかしてやりたいと思うも、ホープは医者ではない。
「ふふっ、それにあの子……不謹慎ですが、今日はお客さんが大勢来ると聞いて、楽しみにしていたんですよ。よろしければ会ってやってください。今も冒険者のサーシャさんと一緒に、隣の部屋でお話しています」
「そうか。それならば会わせてもらうとしよう。これで失礼する」
ホープはライザに背を向けて部屋の外へ出る。ルシードを見ると、何やら考え事をしているようだ。この様子では、アルマリーゼの殺気に気づいていなかったのだろう。冒険者としてやっていけるのだろうか。ホープはルシードの将来が心配だ。
ホープがルシードの心配をしている間にも、レベッカの部屋へと到着した。というより、ライザがいた部屋の隣だ。ホープはドアをノックして待つと、今度は冒険者の一人、幼女の次に小さな少女――サーシャがドアを開けた。先程の幼女よりも、同じ黒髪を持つこちらの少女の方がルシードの妹ではないかと思えるほどだ。
だが、考えるまでもなく、ホープには違うとわかる。姓までは名乗らなかったが、黒髪に紫の瞳と特徴を見るに、得られる結論は一つしかない。
おそらく少女はレヴィリアなのだ。女しか生まれないとされるレヴィリアにおいて、ルシードと兄妹であるはずもない。
ホープは幼女、黒ずくめの女と心休まる時がなかったが、ある意味、サーシャこそが一番恐ろしい相手なのではないかと思う。親からも念を押されているが、かかわろうとしてはいけない一族だ。何故こんなところにいるのかと不思議でならない。
「どうぞ神様。今、神様の話をしてた」
だが、ホープがレヴィリアについて考えていたその時、サーシャが変なことを口走った。
神様とはボクのことだろうか、確かにボクは神にも近い存在ではあるが……とホープは考える。
しかし、まったく愚かしいことではあるが、幼いころから魔法という高い能力を有することができるという理由から、この国の上流階級の者は女子を産むことが義務とされているところもある。一人目が男子であった場合、女子を求めて第二子、第三子と産むことがあるほどだ。今では食事の取り方による性別の変化などという本まで出ている始末である。
この国の重鎮に位置する貴族の中で気にしていないのはヘルベルクくらいだろう。第四子にしてやっと女子が生まれたと、ホープは聞いたことがあった。
話が逸れてしまったが、レヴィリアとは女神ルナミリスの祝福を受けているからこそ、女子しか生まれないとされている。
故に、レヴィリアにとって神とは女神ルナミリスただ一人のはずだ。これはどうしたことかとサーシャの視線を追うと、ホープではなく、ルシードに向けられていた。
ますます意味がわからず、ホープはルシードを見る。
「サーシャ、わかっているとは思うけど――」
「大丈夫。もう広めたりしない」
「そうか、それならいいんだ」
何もよくはない。ホープは自分にも理解できるように話して欲しいと思わずにいられない。なんとなくそうではないかと思っていたが、この冒険者集団はどこかおかしい気がする。人選を間違えただろうか。
ホープは今回のメンバーに不安を覚えるが、それよりも大事なことがあった。おそらくルシードは少女が幼いことをいいことに、自身を神と呼ばせているのだ。ホープは先程、少しルシードの心配をしてしまったことが許せない。ルシードは今すぐ死ぬべきである。
「ようこそいらっしゃいました。私がレベッカです。今夜は怪盗が来るとお聞きしました。あなたが探偵さんですね」
「あ、ああ、ボクが探偵のホープだ」
どうやってルシードに罰を与えてやろうかと考えていたホープだったが、ベッドに横たわるレベッカに声をかけられ、慌てて名乗る。ルシードのことは話す必要がなさそうだ。サーシャからルシードのことを聞いたのだろう。ホープの目にはレベッカのルシードに向ける目がキラキラしているように見える。いったい、どんな話を聞いたのか気にはなるが、笑顔の中にも疲れが見えるのも事実。ここも早く切り上げたほうがよさそうである。
「体の調子はどうかな? あまり……良いとは見えないが」
「今日はこれでも体調が良いんですよ? 今もサーシャちゃんからすごく楽しい話を聞かせてもらいましたし、明日寝込むくらいわけないです」
「そうか。それはよかった……いや、よくはないな。無理はしないでくれ。ボクが来たせいで悪化したとなると、どうしていいか困る」
「ふふっ、わかりました。でも、夕食はご一緒させてください。大勢のお客さんは珍しいですから、私も楽しみにしているんです」
「ああ、ボクに止める権利はない。だが、苦しいと思ったらすぐに言ってくれ」
「はい、それもちゃんと心得ています」
楽しいと言うのであれば、ホープは自身の冒険活劇でも話してやりたいところだが、この少女は途中で体調が悪くなっても最後まで聞くと言いかねない。この場も早めに退散することにした。
「それではこれで失礼する。今度体調の良い日にでも、ボクの冒険活劇を聞かせてやろう。それまでに体調を整えておいてくれ」
「それは楽しみです。お待ちしていますね」
これでいい。自分が来たことで余計な体力を使わせてしまうのは、ホープの望むところではない。ライザは医者に匙を投げられたと言ったが、ホープは自分の伝を頼って医者に当たってみることにした。諦めるのはまだ早い。
「ルシード、次に行くぞ。厨房だ」
ホープはルシードを引きつれ、最後に執事とメイドの話を聞くべく厨房へと向かう。
しかし、厨房に着いたホープは嘆息をもらした。
当然といえば当然か。今日はホープを入れて、冒険者だけで八人。住人と客も合わせれば十五人にもなる。
セバスチャンとメリーは忙しなく厨房を駆けずり回り、話をする余裕はなさそうだ。
そこで仕方なくホープは冒険者の二人に近づく。背が小さい割に、無駄に胸の大きな女――ルーファ。
その大きな胸を見たホープはどんな感触なのだろうかと考える。一度触りたいと言えば怒られるだろうか、と。
だがそこで、最初にルーファの声を聞いた時に気の強い感じがしたことを思い出し、止めておいた方がいいだろうと頭を振る。せめてもう少し仲良くなってからだ。
ホープは思考を切り替え、もう一人の青髪の少女――セラフを見る。一見普通に見えるが、この冒険者集団の一員だ。ホープは油断せず二人に声をかける。
「二人の様子はどうだ?」
「別に変わったところはない……かな」
「はい、今のところは何も。……ライザさんやハリーさんのところへは、もう行かれましたか?」
「ああ、二人ともここへ来る前に会ったが、何か伝言でも?」
「いえ、ご無事ならいいんです」
やはり一見普通に見えるこの少女もどこかおかしい。
セラフは続きを話すつもりもないようだが、ホープは気になる。あの二人に何かあるのだろうか。
ホープは思い返すが、二人に共通点はない。ハリーはゴードンの古い友人だが、ライザはゴードンが父親の跡を継いでから嫁入りしたはずだ。嫁入りしてから十七年という月日が経ってはいるが、ハリーとゴードンは別々の街に住んでいることもあり、年に数回会う程度だろう。それほど接点もない。
しかし、ここでこうしていても時間の無駄だろう。夕食を作るために忙しい二人には話を聞ける感じではない。ホープは大人しく引き下がることにする。
「では、ボクは夕食の時間まで食堂で待たせてもらう。何かあればボクのところまで。ルシード、行くぞ」
「待ってくれ、ホープ。ちょっと相談なんだが、今会った中で怪しいやつとかいなかったか? 今回の勝負には負けられねぇんだ。ここは迷探偵の話でも聞いておきたいんだよ」
ホープは食堂に向かおうとしたところをルーファに呼び止められる。少し気になる言い方だったが、ホープも名探偵と呼ばれては話をしないわけにはいかない。
「待ってください、ルーファ。今回は一人の力で解決した者が勝者なんです。迷探偵とはいえ、他人に頼るのはなしですよ」
ホープが少し手助けしてやろうと思ったところへセラフが割り込んできた。彼女の言い方も少しおかしい。
「そ、そうは言ってもよ……アタシはこういうの向いてないんだ。見る人全員が怪しく見えちまう」
「ダメです。ルーファもルールは承認したじゃありませんか。今更変更はできませんよ。さあ、ホープさんも、ここは構わず行ってください。ルシードさんも!」
セラフに追い払われる形でホープとルシードは食堂への廊下を歩く。なんだかぞんざいに扱われた気がしたが、気のせいだとホープは思いたい。
ホープたちは食堂へと到着し、窓際に設置されたソファに腰掛けた。
セバスチャンやメリーの手際を見るに、そろそろ夕食の時間になりそうだが、まだ少しは時間があるかもしれない。取りやめたゴードンに会いに行く時間はありそうだが、食堂にいると言った手前、動くに動けないのも事実。ホープは何をして時間を潰そうかと考える。
「ホープはここにいるのか?」
「ん? そうだが……何かあるのか?」
その時、ルシードがホープに話を振り、ホープも何かあるのかとルシードに視線を向ける。
「そうか。いや、ちょっとトイレに行こうと思ってな」
ホープは呆れ顔でルシードを見る。
「まさか、ついて来いと言うつもりじゃないだろうな? はっきり言っておくが、ボクは嘘が嫌いだ。ボクは本当のことしか言わない。ここにいると言えば、夕食の時間までここにいる。それに、一緒に行動する許可は与えたが、トイレの中にまでついて来るなと言ったはずだ。さっさと行ってこい。トイレはここを出て右だ。先程の痺れが残っているから肩を貸してくれとは言うなよ?」
「……わかった。それじゃあ、少し席を外すよ」
ルシードはソファから立ち上がり、部屋を出て行った。
ホープは嘘が嫌いだ。そのせいもあり、仕事中であっても聞かれたことには素直に答えるものだからたちが悪い。
◇
どれほど経っただろうか。ホープは一人で食堂にいるものだから退屈だ。
「ルシードのやつ、遅いな……何かあったのか?」
それというのも、トイレに行ったはずのルシードが戻ってこないからだ。ホープはルシードに何かあったのだろうかと考えていると、ちょうどその時、食堂のドアからルシードが顔を出した。
「よかった。ここにいたんだな」
ルシードは笑って言うが、ホープには意味がわからない。先程ここにいると言ったばかりだ。移動するはずもない。
しかし、ルシードのホープを見る目に熱いものを感じるのは気のせいか。
「……遅かったじゃないか。何かあったのか?」
「ああ、そうか。いや……一人でいたから時間が長く感じたんじゃないか? 俺が出てからそれほど経ってないぞ?」
ホープが聞くも、ルシードは軽く笑って言う。
ホープはそんな馬鹿なと時計を見るが、ルシードが出て行った時間を見ていなかったのだ。これでは意味がない。ホープの体感では三十分は経った気でいたが、ルシードの言う通り、それほど時間は経っていなかったのかもしれない。もしかしたら五分経っていない可能性だってある。
「……そうか。確かに一人というのは時間が長く感じるものだ。言われてみればそうかもな」
ホープはルシードの言葉に頷く。
とはいえ、ホープが見た時計の時間は十八時半を回りそうだ。
ホープが食堂に戻った時間を確認し忘れたが、この館の夕食の時間にしては遅い。ゴードン、ライザ、レベッカもまだ食堂に現れておらず、セバスチャンとメリーもまだ厨房から料理を運ぶ様子もない。やはり今日は冒険者の数が多いことで、料理の準備に手間取っているのだろう。
「お待たせして申し訳ありません。すぐにご用意致します」
噂をすればなんとやらか。ホープが住人に思いを巡らせていると、セバスチャンが食堂に現れた。これから夕食のようだ。セルゲイ一家の姿は見えないが、冒険者組も夕食と知ってか、全員が食堂に集まりだしている。
セバスチャンとメリーの二人がせっせと食堂の食卓に夕食の準備をしている間、ホープは冒険者たちから集めた情報を聞こうと、食卓から離れた窓際に設置されたソファに集まってもらうことにした。
「それで、何か変わったことはあったかな? できるだけ詳しく話してくれ。まずはゴードン氏から」
「んー、特に変わったことはなかったかな……。確か三十分くらい前だったはずだけど、アルマリーゼが呼びに来るまで書斎で仕事してたし、宝石のある部屋にも行かなかったわ。今はレベッカさんを迎えに部屋まで行ってるはずよ。手伝おうかって申し出たけど、仕事で忙しい分、構ってやれない自分の役割だって断られたわ。夕食前のちょっとした時間を使って話をすることがあるみたいね」
「なるほど……ゴードン氏は書斎で仕事か。では、次はライザ夫人だ」
「……何もなかったわ。ホープたちも来たから知っているとは思うけれど、いたのは二階にある夫婦部屋よ。でも、まだ死んでない。おかしいわね。私がいたからかしら? ずっと見張っていたのに、メイドも現れなかった。……当然、宝石の部屋には行っていないわ。ミラが言ったように、三十分ほど前にゴードンを呼んできてくれと言われたから、側を離れたけれどね」
「……何故、君はライザ夫人を亡き者にしたいんだ?」
この黒ずくめの少女はどこかおかしい。ホープが部屋にいる間もずっと殺気を放っていたが、まさかこの館の後妻でも狙っているのだろうか。
「気にしないでくれ。続きを頼むよ」
そこへルシードが口を挟んできた。気にするなと言う方が無理だとホープは思うのだが……。
それでもホープは話を続けることにする。早くしないと食事の準備が終わってしまう。ホープはライザのいた場所をメモに記し、先に進む。
「では、次は娘のレベッカ嬢だな」
「レベッカも自分の部屋にいた。神様が来て……うん、今は元気そう」
話をしている間にもセルゲイ一家は食堂に来ていたようだ。
ライザに肩を借り、車椅子から食堂の椅子に移動するレベッカを見て、サーシャは言う。ホープもレベッカの顔を窺うが、サーシャの言う通り、先程より元気に見える。
「そうか、それはよかった。だが、無理はさせないでくれよ? 話の途中でも疲れているようであれば中断してくれ」
元気になったのならばいいが、ホープが確認した感じでは、レベッカは自分の部屋から自由に動ける体ではないだろう。部屋から一歩も外に出ていないと判断する。
「執事のおっさんは厨房でメイドと飯の準備をしてたよ。ずっと忙しそうにしてたから、厨房からは出てない」
「はい、メイドのメリーさんも、厨房でセバスチャンさんと一緒でした。厨房から出ることもなく、また双子と接触した様子もありません。すでに双子の片割れがライザさんを殺しに向かったかとも思いましたが、アルマリーゼさんやホープさんの話からするとまだのようですね」
ホープはセバスチャンの行動を記していた手を止め、目を丸くしてセラフを見る。
「……何? メイドは双子なのか? それと何故、ライザ夫人を死なせたがる?」
「はい、メイドは双子で、過去の恨みから――」
「いや、双子じゃない。恨んでもいないし、ライザさんも死なない。先を続けよう」
いったいなんだというのだろうか……ホープの調べでも、メイドは双子ではなかったはずだ。それに何故、ライザを……謎は深まるばかりだ。そして、ルシードがメリーの内情を知っているかのように話すかも気になる。気になるが、やはり時間がない。ゴードンもライザもすでに食卓についている。ホープは話を続ける。
「で、では、次はハリー氏だ。何か気づいたことはあったか?」
「うむ、ハリーも与えられた客室におったな。ハリーも部屋から出ておらんよ。奥方と逢引する様子もないし、犯行を見た様子もない。この館には前もって約束があり、今夜は泊まるそうじゃ」
またしても聞き捨てならない言葉が出てきてしまった。
今、食堂には全員が揃っている。当然、ライザもハリーも。
ホープは今の幼女の発言が聞かれていないことを確認し、声をひそめ、聞き返す。
「……ちょ、ちょっと待て、奥方と逢引だと? それもボクの下調べにはなかった情報だぞ? いったい誰からの情報だ?」
彼女らは、いったいどこから情報を得たというのだろうか。ホープでさえ、二人が逢引していたなどと聞くのは初めてだ。
「……ライザさんは潔白だし、ハリーさんも昔話をしようと友人の家に泊まりに来ただけだ。ホープが気にすることじゃないよ」
ルシードはまたしてもホープに気にするなと言う。だが、確かに怪盗ディセプションには関係のない話ではあるが、ホープには興味があった。ホープは別の意味で興奮してしまい、あとで個人用のメモに記しておこうと決める。
「しかし、気にするなと言われてもな。ボクも……その、年頃なわけだし、少し……そう! ほんっの少しだけ興味がある。できれば詳しく話を――」
「皆様、夕食の準備が整いました。お席までどうぞ」
そこに執事のセバスチャンが呼びに来てしまう。
「ま、待て、あと少――」
「そういえば、怪盗ディセプションに嫌いな食べ物とかはありませんか? もう変装して入り込んでる可能性もあります。嫌いな食べ物が出ていたら、手をつけないかもしれません」
ホープが続きを促そうとしたその時、セラフがホープの声を遮るようにして話しかけてくる。ホープは少しイライラしながらも、彼女たちには必要な情報だと考え、教えるべく口を開く。
「そうだな……怪盗ディセプションはブロッコリーが嫌いだ。数少ない情報の一つだが、間違いない」
「……ブロッコリーですね。それでは、席に着きましょう」
「え? あ、おい、さっきの続きを――」
まだ話はこれからだというのに、全員がホープを無視して行ってしまった。
話はここで終了だ。ホープも席に着くしかない。
「では、皆さんも今夜のために精をつけてください。料理の説明が必要でしたらセバスチャンを、小用などございましたらメリーを呼んでください」
全員が席についたところでゴードンが指揮をとり、夕食に入る。
だが、ホープは食事を取らず、メンバーを観察する。
ゴードンはその丸々と太った体からも想像はしていたが、他のメンバーの皿より盛り付けが多い。好き嫌いはないのか、なんでも食べているようだ。ホープが会いに行かなかった間に何か良いことでもあったのだろうか、笑顔で食事をしている。
ライザは野菜がメイン。こちらも笑顔で食事をしているが、先程と何か変わったところがないかとホープが見ると――目元が赤い。ホープが会いに行った時はなかったはずだ。化粧で上手く隠しているが、泣いたような跡が残っている。
レベッカは母親に似たのか、肉より野菜が好物のようだ。顔色を見る感じでは、血色が良くなっているように見え、今も笑顔でサーシャと会話をしている。これなら大丈夫そうだ。
次にゴードンの友人ハリー。彼はブロッコリーに手をつけていない。冒険者メンバーも全員……ではないが、特に黒ずくめの少女――アルマリーゼがハリーを凝視している。そのせいか、ハリーも居心地が悪そうだ。
しかし、ホープにはハリーがブロッコリーに手をつけないことよりも気になることがあった。
彼は本当にライザと浮気をしているのだろうか……ホープは気になる。
いけない、思考が逸れてしまった。ホープは名探偵にあるまじき行動だと頭を振る。他にも館の住人はいるのだ。今度は執事のセバスチャンと、メイドのメリーに視線を送る。
だが、二人の食事は別の時間だ。席に座らず、料理の配膳や、飲み物のおかわりなどで忙しいようだ。
冒険者たちは……いや、こいつらはいいだろう。下手に触れると余計なことを口走りそうだと、ホープは観察をやめる。
「どうした? 食べないのか?」
ルシードだ。ホープの隣に座ったルシードが、ホープの皿を見て言う。
「ああ、ボクはいい。睡眠薬が入っていては困るからな……依頼の時は、食事を取らないようにしているんだ。入っていなくても、腹が膨れては寝てしまう可能性もある」
ホープは館の住人には聞こえないように注意を払い、小声で話す。そう、仕事中に寝ることだけは許されないのだ。
「……なるほど、それもそうだな」
ルシードはそれだけ返すと、何事もなかったように食事を続けた。
何が『なるほど、それもそうだな』だ。ホープが忠告してやったというのに、食事を続けているではないか。食べないとは言ったが、この美味しそうな匂いに、ホープも腹が減っているというのに我慢しているのだ。ルシードはわかっていないようだが、食堂に入ってからのホープのルシードに対する好感度は下がりっぱなしである。ホープにクッキーを手渡した時や、トイレから戻ったあとのホープに対する熱視線はどこへ……。
いや、冷静になれ、とホープは自分に言い聞かせる。これこそがルシードの手口なのだ。ホープに話しかけ、あえて反対の行動を取ることでホープの注意を引こうとしているに違いない。今ホープがルシードのことを考えていること自体が罠なのだ。流石は六人の女を連れ回す男。ホープを中々落とせないとみて、押してダメなら引いてみる作戦に変えてきたようだ。
そうとわかればホープも黙ってはいない。ルシードの皿を見て、これは反撃するチャンスだとホープは口を開く。
「どうした? ブロッコリーに手をつけていないじゃないか。嫌いなのか?」
「……え? あ、ああ。嫌い、というわけじゃないんだけど、少し食感が苦手なんだ。あとで食べるよ」
ルシードは言うが、きっと残すだろう。ホープは内心で一矢報いたと笑う。更にはホープの一言に冒険者組からも視線が集まり、特に鋭いアルマリーゼに視線に、ルシードは焦って見える。
「料理はお口に合いませんか?」
そこへセバスチャンがやって来た。ルシードに言ったのではない。一口も手をつけないホープに言ったのだ。
「気にしないでくれ。ボクは仕事中は食べないようにしているだけなんだ」
「そうでしたか。そうとは知らず、申し訳ありません。では、お飲み物などは――」
「いや、それもいい。悪いが下げてくれないか? 事前に知らせていなかったのはこちらの落ち度だ。素直に謝るよ」
「いえ、お気になさらないでください」
セバスチャンはホープのお皿を持って入り口の近くの配膳台へ戻すと、メリーと並んでドアの前に立った。
ホープは罪悪感にかられるが、こればかりはどうしようもない。ホープも腹が減っているのだ。
ここにいても仕方ないとホープは思い、席を立つ。
「ん? どこに行くんだ?」
またしてもルシードに呼び止められ、ホープはげんなりしながらも答える。
「ここに座っていても腹が減って仕方ないからな。向こうのソファで先程の情報を紙にまとめるだけだ」
「そうか、何かあれば言ってくれ。手伝うよ」
「あ、ああ、その時は頼む」
ホープは優しいルシードに戸惑う。突き放す中に優しさも入れてくるとは……どうしてもホープの気を引きたいらしい。
ホープはもやもやするものを胸に抱えながら、一人ソファに座ると、先程の情報を紙にまとめることにした。




