060 雨宿り
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ルシードが街の入り口で待つこと数分。アルマリーゼは現れた。足取りは重く、顔色もひどいものだ。ルシードがいることに気づき、平静を保っているように見せてルシードのもとへと歩いて来るが、ルシードには無理をしているとわかる。
「雨が降りそうだな。ここで雨宿りしていかないか?」
「……雨? 降りそうと言うより、雪が降っているのは気のせいかしら?」
そんなことはルシードもわかってる。雪が降っていることは百も承知だ。それでも、たとえ晴れていたとしても、今の言葉で間違いはない。
「……それで、どこに行くつもりだ? ってのは聞くだけ無駄か。あの少女に会って役目を思い出し、今すぐ英雄レナードのもとへ行きたいってところかな」
「わかっているじゃない。まさか、止めに来たと言うんじゃないでしょうね? 私は一人でも行くわ。……あなたとはここで別れましょう。あなたも好きにするといいわ」
「それも悪くない提案だけど、アルマと一緒に行くよ。君をこのまま一人で行かせると、途中で行き倒れになりそうだしな」
ルシードと視線を合わせようとしていなかったアルマリーゼは、ルシードの言葉にハッとするとルシードの顔を見た。
ルシードがテオたちと別れる際に、自身が言ったセリフを真似られたことに気づいたのだ。
ルシードは一歩アルマリーゼに近づき――
「……雨が降りそうだな。ここで雨宿りしていかないか?」
もう一度言って、
「だから雨なんて――」
アルマリーゼを自分の胸に抱き寄せた。
「今は俺がいるだろ。悩んでいるなら、俺に頼ればいい」
アルマリーゼは抵抗しない。ただ――
「だから、言っただろ? 雨が降りそうだって。……ここで少しだけ雨宿りしていけばいいさ。雨が降っていては、見える道も見えてこない。雨が止むまで、少しだけ待てばいい……」
ルシードの胸で涙を流した。
ルシードが見つけた時のアルマリーゼの表情はひどいものだった。いつも強気なアルマリーゼが、今にも泣き出しそうで……そんなものを見せられて、ルシードが放っておけるわけはないのだ。
◆
少ししてアルマリーゼも落ち着いたのか、ルシードの胸に顔を埋めたまま口を開く。
「ねえ、続きはないの?」
続き……とは、先程アルマリーゼの真似をした続きということだろう。ルシードは少し恥ずかしく思うも、ここまでやってしまったならば同じだと割り切る。それに、契約者の希望にはできるだけ応えたかった。
ルシードはアルマリーゼの耳に口を近づける。
「心配はいらない、アルマは大丈夫。俺の言うことだけに耳を傾けていればいい」
「ええ、わかっている。私は大丈夫よ」
ここからは少し変える必要があった。
「良い子だ。なら、もう一度だけ言うよ。アルマ……レナードのもとに届けるその時まで、お前は俺のものだ。必ず届けてやる。だから、それまでは一人でどこかに行こうとするな。……いいな?」
前回はアルマリーゼの言葉をルシードは断った。ここで同じように断られてしまってはとても困ったことになる。
「……ええ、わかったわ。それまでは、あなたの側にいる」
しかし、アルマリーゼは了承した。
ルシードはそのことに、ホッと胸をなでおろす。ここで断られてしまったら、こそこそとあとをつけ、影ながら守るしかなくなってしまうところだった。
「ふふっ、よくできました」
そう言ってアルマリーゼはルシードから離れた。泣いているところを見られて恥ずかしかったのか、顔が赤い。
それをルシードから隠すように背を向けてから口を開く。
「……あの方に会って、昔を思い出したせいでしょうね。少し気が急いてしまったみたい。もう大丈夫よ」
「アルマはあの少女のことを知っていたみたいだけど、顔見知りだったのか?」
「……一度だけ、お会いしたことがあるわ。その時にあの方から力を授かったの。結局、授かった力は私が敗れ、眠っている間にどこかに隠されたか、はたまた破壊されてしまったか……今はもう失ってしまったけれど、あの時が私の最盛期でしょうね。でも、その力をもってしても本当に恐ろしくて、早くその場を離れたかった。あの方は戦争にも、レナード様にも……そして私にさえも興味がないことだけが……救いだったわ」
「そうだったのか、それは幸運だったな」
あの少女を味方に引き入れることができれば、その時点で勝利は確定だろう。逆に敵になってしまった場合は……考えたくもない話だ。
「ええ。私は生まれた瞬間から、自分より強い者は存在しないと信じて疑わなかった。でも……こちらの世界であの方に出会い、すぐに理解したわ。絶対に逆らってはいけない存在がいるのだと。自分が最強だと信じた自信は一瞬にして砕け……怯えたわ。そのおかげで生き延びて……ふふっ、あの時の私もひどいものだったわ。あの方の話に、ただ首を縦に振るだけで……すぐに逃げた。ろくに話もしていないから、これじゃあ、何も知らないのと同じね」
「仕方ないさ。俺だってそうする」
「その割には私のことを助けてくれたように見えたのだけれど? 今もこうして私のところに来てくれた」
「それは――」
ルシードは返答に困りながらも、すぐに言い訳を思いつく。
「……母さんの外套を、アルマに貸したまま別れるわけにはいかないからな」
ルシードは咄嗟に嘘をついたが、クレッグ村に着いた時から、母からもらった外套をアルマリーゼが着たままなのは本当だ。持って行かれては困る。
「ふふっ、そうだったわね。そういうことにしておくわ」
「……まあ、もう少しだけ貸しておくよ。契約の代償に……勝手にいなくなってもらっても困るしな。返してもらうのは、英雄レナードに会えるとわかった時だ。それまでは――」
「ええ、それまではあなたのものよ。その時が来るまで、コートは私が借りておくわ。レナード様と会う、その時まで……約束よ」
「ああ、約束だ」
ルシードはこれでアルマリーゼも大丈夫だと安堵する。もう一人でどこかに行こうとはしないだろう。
「……それと、もう一つ約束しましょう?」
ルシードがそろそろ街を出ようかと思ったその時、アルマリーゼが引きとめた。
「もう一つ? いいよ、何?」
「今日は雪と……少し雨が降ったせいで見られないけれど、また一緒に星を見ましょう? 初めて見た時のように……」
アルマリーゼは少し照れくさそうにして言う。
「そうだな。俺も久々に星が見たくなったよ。ここのところ忙しくてそれどころじゃなかったからな」
「決まりね。今度……二人きりの時にでも、一緒に並んで眺めましょう」
ルシードは頷く。他のメンバーがいると騒がしくてゆっくり見ることもできないだろうが、今日からはまた二人旅だ。天気の良い日に星空の下、野宿するのも悪くはない。
「……それじゃあ、行こうか。他のみんなには広場で待つように伝えてあるし、ここは街の入り口だ。会うこともない。切り詰めれば数日分の食料は露店を見てる時に買ったもので足りるし、ここからならアニスも近い。アニスに行くだけなら十分だ。そのあとは……行ってから考えよう」
今回こそはちゃんとした形で別れられると思っていたルシードだが、こうなってしまっては仕方がない。
自分が子どもだったばかりにテオたちの前から逃げ出した経験は、後悔しか残さなかった。今ではあの時の選択が間違いであったと自覚しているし、何度やり直したいと思ったことかもわからない。せめて一度引き返し、思い残しを解消するべく話をしたいところだ。
だがそれでも、本当はここで諭すべきだとわかってはいても、先を急ぐアルマリーゼを引き止める言葉を紡げないでいる。
ルシードにとって優先すべきはアルマリーゼであり、彼女が今すぐ街を出ると判断したのなら、従うしかない。
帰って来ない自分たちを心配するだろうが、ベルがいれば察してくれるはずだ。
結果からすれば残念だが、ベルの問題を最初に解決できていたことはよかったと言えるだろう。
――ルシードは街の外へと繋がる門に体を向け、歩き出した。
「それは困るわ」
だがそこで、背後からかかったアルマリーゼの声に、ルシードは街の外へと向けていた足を止め、首だけで振り返る。
「……アルマ?」
「私はこれから怪盗を捕まえるのよ? 行けるわけがないじゃない」
言葉も出ないとはこのことだろうか……呆然とするルシードに、アルマリーゼは不敵に笑って続ける。
「何か文句でもあるの?」
これにはルシードも笑うしかない。ベルと同じく探偵に成り代わり、怪盗を捕まえようと意気込んでいるが、余計な水は差さない方がいいだろう。
「そうだったな。それじゃあ、急いで広場に戻らないとな。だいぶ時間を無駄にしてしまった」
「ええ、戻りましょう」
ルシードは街の外へと向けていた足を広場へと戻す。ちょっとしたアクシデントはあったが、今日は良い一日になりそうな予感がした。




