036 魔法使いになろう
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四人娘が螺旋階段に消えたことを確認したベルは、また一つ満足気に頷いた。
「よしよし、これで邪魔者は消えたの。では、さっそく魔法を教えようではないか。ほれ、そこの椅子に座るがよい」
ベルは魔法を教えてくれると言うが、ルシードには確認しておかなければいけないことがある。
「あの、ここに来ておいてなんですが、指導料はいくらほどかかるのでしょうか? 実は、あまり持っていないものでして……」
そう、金だ。ルシードの所持金は銀貨二枚。賢者に会いたい気持ちはあったが、まさか本当に教えを請えるとは思っていなかったのだ。魔法を教わったあとに払えませんでは、ベルもいい顔はしないだろうと思い、聞いておく。
「クハハ、金か。気にするでない。ワシはお主が気に入った。特別に無料で見てやるわい。ほれ、はよ座らんか」
「あ、ありがとうございます」
思いがけない幸運に、ルシードは促されるまま椅子に座る。すると、ベルはルシードの膝の上へと腰を下ろした。触れ合った方が教えやすいのかもしれない。
「覚えたい魔法はあるか?」
「えっと、俺はミレット村の出身なので、水魔法が覚えやすいのではないかと言われました」
「ふむ。では、まずは水魔法をやってみるかの」
ベルは机の上に置かれていた水差しとコップを視界に入れると、身を乗り出してコップだけを手前に引き寄せた。
しかし、ルシードには授業を受ける前に、もう一つ聞いておかねばならないことがある。
「その前に、もう一つだけ聞いておきたいのですが……」
「む? なんじゃ?」
「ベル様は、どうして俺にここまでしてくれるのでしょうか?」
賢者はルシードを気に入ったと言うが、ルシードには自分のどこが気に入られたのかわからないのだ。何故か、聞いておかねば取り返しのつかないことになる予感があった。
「ベル――じゃ。ベルと呼ばねば答えてやらん」
ルシードはベルの意図がわからず困り顔。まさか、塔に引籠もっているから友だちが欲しいというわけでもあるまい。
だが、ここでごねても意味はないと、従うことにする。
「わ、わかりました。……ベルは、どうしてここまで親切にしてくれるのです?」
「うーむ。いきなりそれを聞かれては困ったの……できれば恩を売ったあとに言いたかったのじゃが、名前で呼べば答えると言った手前、教えねばなるまい」
恩を売ったあとで、とは不穏だ。ルシードは一気に不安になる。
「――ワシの名前は知っておるな? 先程小娘が言っておった……長ったらしい名前の方じゃ」
セラフが最初にベルのことを呼んでいた名前のことだろう、ルシードはその時のことを思い出して頷く。
「そういえば、何やら長い名前を言ってましたね。確か――」
「い、言わんでよい。まあ、若気の至りというやつじゃ。今となっては黒歴……いや、それは置いといてじゃな。若いころに調子に乗って色々と名乗っておったら、ワシのことを妬んだ他の賢者が言いふらしおってな……。どれもこれも一度しか名乗っておらんはずなのだが、どこで耳にしたのか、よりにもよって一番長い名で定着してもうた」
「はぁ、それは大変ですね」
ルシードはベルが何を言いたいのか、まだ理解できないでいるため、気のない返事だ。
「そこでワシは考えた。ワシが誰かに嫁げば姓が変わるではないかとな! そこで出会いを待っておったんじゃが、ワシのところへ訪ねてくる男といえば他の賢者、とは言っても、他の街で新たに生まれた賢者が顔見せで来るくらいじゃ。しかし、ワシに言わせればどいつもこいつも年老いたジジイな上に小物じゃ。ワシを一目見て格の違いを悟ったのか、二度と顔を見せに来ることはない。そもそも、基本四属性を使える程度で賢者を名乗るなど自惚れもいいとこじゃ。ワシに言わせれば、魔法使いとも呼べんやつらじゃな」
「た、大変でしたね」
ルシードはなんと言って返していいかわからず、先程と同じ返事をする。テオは基本四属性を扱うことができれば賢者と呼ばれると言っていたが、本物の賢者に言わせれば、その程度で賢者を名乗ることは許せないようだ。
「うむうむ、わかってくれるか。そういうわけで、ワシのもとを訪れる男は歳食ったジジイだけ……ワシはそんなものを出会いと認めるわけにはいかん。ワシも乙女じゃ、相手は若い方がよい。……でだ、そういった者を抜けば……ふむ、かれこれ数百年は出会いがなかったことになる」
「え、ひゃく――?」
見た目は幼女なのだ。それなのに、いったい何歳なのだろうか……ルシードは目を丸くしてベルを見るが、今はそれよりも聞き逃せない単語が出ていたことに気づく。
ベルは出会いがなかったと言ったのだ。そして、出会った若い男と言えば――
「ところでお主、ワシと結婚する気はないか? そうすればワシはベル・ミレットじゃ。今の名前ともおさらばできる。世界最高の賢者と謳われるワシともなれば、新聞の一面を飾るに違いない。そのインパクトをもってすれば、以前の名を捨てられるというものじゃ」
当然、ルシードということになる。
「い、いえいえいえいえ、そんな恐れ多い! 俺はまだまだ未熟者。立派に一旗あげるまでは、結婚する気はありません!」
ルシードは咄嗟に出まかせを並べる。この六、七歳にしか見えない幼女と結婚したとなれば、世間の風は冷たく、うしろ指を指されて生きることになりかねない。せめてあと十年は成長して――いや、本当の年齢はわからないが、本人の話が本当ならば、すでに数百年は生きているようなのだ。これ以上の成長は見込めないのかもしれない。
「そんなことは気にせんでよい。どうしてもと言うのなら、ワシがこの国を手に入れてこようではないか。それをお主の手柄とするがよい」
ルシードに背を預けて嬉しそうに語るベルを見ていると、本当にやりかねない。ルシードはなんとか阻止できないかと、抗ってみることにした。
「あ、あの……実は俺、年下が好みなんです……年上の方はちょっと……」
年齢など気にしたことはないが、動揺していることもあり、今思いつくのはこの程度のことだ。
見た目幼女に使う手ではない気がするが、予防線を張っておくに越したことはないとルシードは口にする。
「と、歳か。ワシは今……いかん。百を超えてから数えておらんかった……お、お主は、今いくつじゃ?」
だが、咄嗟に出た嘘も、意外に効果があったようだ。ベルの背中から、動揺が伝わってくるようである。
とはいえ、まだ終わりではない。諦めた様子のないベルに、ルシードはここが正念場だろうと考える。
なんと答えたものか……ルシードは一瞬の逡巡を見せたが、これから魔法を教わろうとしているのだ。すぐにバレそうな嘘をついては、更に嘘を重ねなければならないことにもなりかねない。今までは十五として通してきたが、冒険者には成人していない者も多くいるようだ。ここは素直に答えるべきだろうと、ルシードは口を開く。
「……十四です」
「なんと、まだ成人前であったか! それではまだ結婚も無理ではないか。……ぐぬぬ、致し方ない。お主が成人を迎えるまでに、じっくりと年上のよさを教えてやるとするかの」
なんとか正解を引けたようだ。ここで十五と言っていたなら、すぐにでも婿入りしなければならないところだった。
しかし、どうやら国の危機は回避できたようだが、別の危機がルシードの元に残された形となってしまった。十五の誕生日が近いことは言わない方がよさそうだ。
「クハハ、話が逸れたが、魔法を教えるとしようかの。確か水魔法じゃったな。では、両手でコップを挟み込むのじゃ」
ルシードは魔法を教わる前からどっと疲れてしまった感があるが、念願の魔法を教わるのだと気を取り直し、言われた通りコップを挟むようにして持つ。自分に魔法が使えるのかはまだ疑問だが、胸の高鳴りは止まらない。
「水をイメージするんじゃ。無から有を生み出すのは容易いことではない。だが、魔法に不可能はないと思え。脳でコップに水を満たすイメージを行い、体内の魔力を外へと流すよう移動させ、世界に具象化させるのじゃ」
ベルに言われてルシードがイメージしたのは、村近くにある湖。年中氷が張った湖ではあるが、氷を砕いて飲む水は美味しいの一言だ。
「あの、呪文とかは……魔法を使う時は、呪文を唱えるものだと記憶しているのですが」
「クハハ、呪文か! 確かに物語に出てくるような魔法は呪文を唱えているものが多い。だが、あれは見栄えをよくしておるだけじゃ。魔法に呪文は必要ない。千差万別、変幻自在。それが魔法じゃ。一つひとつに呪文などあれば、魔法は有限で終わってしまう。想像の数だけ魔法はあると思え。故に無限。それが魔法じゃ」
ルシードはベルの言葉に疑問を感じずにはいられない。今まで魔法を使う瞬間を見た人物――セフィーリア、セラフ、ミラの三人は、誰もが呪文を唱えていたのだ。
「最初はワシが魔力の流れを教えてやろう。魔素を魔力として変換するのは心の臓。己の心臓を意識し、そこから両腕を通すようにして魔力を送り込むのじゃ」
ルシードが疑問に思っている間にも、ベルはルシードの両腕に自身の両手を添え、手の先へと動かしていく。
その姿をうしろから見ていたルシードは、初めて剣に魔力を流した時のことを思い出す。
あの時のアルマリーゼは、ベルと同じようにルシードの手に触れて教えてくれたのだ。それに、今まで気にしたことはなかったが、先程出した人物たちとは違い、アルマリーゼが魔法を使用した際には呪文を聞いたことがなかった。そのことからルシードは、もしかしてベルの教えはアルマリーゼの剣の使い方と通じるものがあるのではないかと思い、剣に魔力を流す時と同じ要領でコップに魔力を流し込む。
「……ふむ。そのまま、先程のイメージをコップの中に満たすのじゃ」
アルマリーゼのように直接魔力の移動を手伝ってくれているわけではない。それでも、ベルはルシードの魔力が移動していることを感じ取っているのか、続きを促した。
「わ、わかりました。やってみます」
ルシードは呪文を口にせず、流した魔力をコップの中へと納め、湖へと置き換えるイメージをする。
すると、空だったコップは、見る見るうちに水で一杯になった。あふれそうになったところで、慌てて手を離す。
「……できた?」
「……お主、水魔法を使うのは本当に初めてじゃな?」
「はっ、はい」
ベルはルシードへと振り返り、怪訝な目で見てくるが、ルシードは魔法を使うのは初めてなのだ。嘘は言っていない。
「……ならば、流石はワシの弟子と言っておくかの。一発で成功とは……いや、待て」
ベルはコップをジロジロと見て訝しむ。
その様子を見たルシードも、成功したように見えたが、何か失敗していたのだろうかとベルに習い、コップを見る。
すると、少し考え込んだように見えたベルは、コップを持ち逆さまにひっくり返した。
「こぼれッ……あれ?」
ルシードは慌てて手で押さえようとするも、ひっくり返されたコップは水をこぼすことなく、静止していた。
「やはり凍っておる」
「え? 凍って? ……あ、本当だ、凍ってる」
年中凍った湖をイメージしたせいだろうか。コップの水は表面が凍っていたのだ。どうやら氷の下にある水ではなく、その表面を覆う氷のイメージの方が強かったようである。
「クハハ、初めてでこれか! 素晴らしい! これは水魔法ではない、水魔法の上位、氷魔法じゃ! お主、見所があるぞ! お主ならばワシ以上になれるやもしれん! しかも、お主が使ったのは現代魔法ではない。古代魔法――いや、精霊魔法に近いものがある」
上位魔法。いきなりそんなものが使えていいものなのだろうか、とルシードは驚いたが、それよりも気になることがあった。
「精霊魔法とはなんでしょう?」
「精霊が使う魔法じゃ。魔力の流れ……色。どれもが精霊の使う魔法の手順に似ておった」
ベルの説明に、アルマリーゼに魔力の使い方を教わったからかもしれないと、ルシードは思い当たる。
「今の魔法は違うのですか?」
「うむ。今の魔法は違う。今は人が使いやすいようにと、かなり制限されておる。魔力を言葉として紡いで使う。……魔力持つ者が簡単に使えるように考慮したんじゃな。万人向けと言ったところか。ワシはわかりやすく現代魔法と呼んでおるよ」
「魔力を言葉として紡いで? 先程、ベルは呪文を必要としないと仰いましたよね?」
「ワシも冗談のつもりで言ってみたんじゃが、まさか本当に使えるとは思っとらんかったんじゃ! それに、ワシにとっては本当の魔法とは言わん。そもそも、古代魔法と現在魔法では魔力の使い方が違うのじゃ。現代魔法は本人が内包する魔力も感じぬまま、ただ言葉に魔力を乗せて吐き出しているにすぎん。逆に、古代魔法や精霊魔法は内包する魔力を感じ、更にそこから魔力を練って操る。現代魔法では魔力を纏うにも体の周囲に集めておるだけじゃが、古代魔法では体の一点に集めたりすることもできる。応用の幅が段違いじゃ。ワシが使うのも古代魔法、現代魔法とは格式も威力も、すべてにおいて凌駕する魔法じゃ。できれば教えてやりたいと思ったが、精霊魔法に近いものが使えるならば必要あるまい。まるで精霊の加護を受けておるみたいじゃな」
ベルの言葉に、剣の精霊であるアルマリーゼと契約していることを話すべきかとルシードは考えたが、勝手に話してアルマリーゼにお説教をされることだけは避けたいところだ。今は口にしないことにした。
「クハハ! こんなに驚いたのは久しぶりじゃが、何事も基本が大事じゃ。次は凍らせずに水だけ出してみせよ」
そう言ってベルは虚空に手をかざすと、何もない場所から新しくガラスのコップを取り出した。いや、正確には生み出したようにルシードには見えた。
「す、すごいですね」
「クハハ、ワシにかかればこの程度、序の口じゃ。ワシの魔力でコップを形作り、土魔法で固定したにすぎん。ちいと錬金術に近いものも混じっておるがの。ほれ、もう一回じゃ」
ベルに促され、ルシードは再びコップに手をかざす。何事も基本が大事。それにはルシードも同意だ。テーオバルトも常々そう言っていたのだから。
今度は湖が凍っていない状態をイメージしようとしたが、湖の氷を砕いたことはあってもわざわざ持ち帰ることはなかったのだ。湖の氷が解けた場面は一度として目にしたことがないことからもイメージできず、別のイメージが入り込んでしまう。
「おおお、今度は湯気が出とるぞ!? どれ……おお、よい温度じゃ。これなら風呂に使えそうじゃな!」
ベルはコップの水に指を入れて確かめると、また腹を抱えて笑いだした。ルシードは前回の失敗を踏まえ、今回は湖の氷を溶かすイメージに変えたが、上手くイメージできず、温めるといったイメージから、風呂のお湯になってしまったのだ。
「クハハ、これは火魔法も混じっとるな! いきなり相反属性も織り交ぜるとはやってくれる。ますます将来が楽しみじゃな! しかし、何度も言うが基本が大事。もう一度じゃ」
ベルが指をクルクル回すと、三つ目のコップが用意された。
イメージが極端すぎた、とルシードは反省する。コップに水といえば水差しの水で十分だというのに、ミレット村出身という話から故郷を思い出したのが悪かったのかもしれない。
今度は食事の時に飲むような美味しい水――村の井戸から汲んだ、美味しい水をイメージしてコップに注ぐ。
「うむ。今度は成功のようじゃな。どれ……」
ベルはコップを持つと口へ運び、飲む。
「くはー! 美味い! これは売れるぞ!」
ルシードはお世辞を言われた気でいるが、なかなかの演技力だと感心する。
しかし、魔法で出した水を飲むことができるというのは嬉しい限りだった、旅で水に困らないというのは大きい。
「クハハ、普通はこれほど簡単に使えるようにはならんのだがな。うむ、免許皆伝を授けようではないか!」
まるで孫を可愛がるかのように簡単に免許皆伝と言ってくれるが、ルシードも本気にするわけにはいかない。
だが、今は思っていたよりも簡単に魔法が使えるようになったことに興奮していた。テーオバルトに魔法の話を聞いた時から、使いたいとは思えど、諦めていたのだ。それが使えるようになった喜びに、つい口元が緩んでしまう。初めて剣に魔力を流した際、アルマリーゼに直接触れて魔力の流し方を教えてもらったのがよかったのだろう。ここにはいないアルマリーゼに感謝する。
これでギルドに登録することは問題ないだろうが、ルシードはまだ何かあるかもしれないと、確認しておくことにした。
「他にやることはありますか?」
「む? そうじゃのう……他にも色々と教えてやりたいところではあるが、あまり血を流すなといったところじゃな」
「血を?」
「うむ。現代魔法とは違い、古代魔法や精霊魔法を習得した者は取り込んだ魔素が血に溶け込む。何故かと言うと、現代魔法より魔力の扱いに長ける分、効率的に魔力を練るためじゃな。血に溶け込むことで魔素を魔力に変換しやすくなり、魔力の回復も高める。そのため、体に流れる血そのものが魔力の塊となるのじゃ。……まあ、何が言いたいかと言うと、魔素が血に溶け込むこと自体に害はないが、ワシらのような者の血を欲しがる連中もいるということじゃな。中には高く買い取ると言う者もおるかもしれん。だが、決して売ってはいかんぞ? 医療目的でもないのに、他人の血を欲しがる連中に碌な者はおらん。お主も自分の血が悪い行いに使われたくはあるまい?」
「そうですね。わかりました、覚えておきます」
人知れず自分の血が悪事に使われているとは考えたくもない。ルシードはベルの言葉を肝に銘じておく。
「うむ。それと、血で思い出したが、治癒魔法を覚えられるなら覚えておくがよい。お主は見所がありそうじゃから、きっと覚えられるじゃろう。治癒力を高めるだけの現代魔法とは違い、古代魔法は復元じゃ。元の姿を思い描き、傷口へと魔力を流し込めばよい。手足の一本や二本飛んだところで、くっつけることは可能。……まあ、飛ばされた腕そのものがなければ傷を塞ぐことしかできんし、再生などはもってのほかじゃがな」
「それはすごいですね。俺も覚えられるように練習しておきます」
ルシードは古代魔法に感嘆する。覚えることができれば、旅の途中で怪我をしても、その場を乗り切ることさえできれば旅を続けることができるということだ。手足が切断されるほどの怪我を負いたくはないが、是非にも覚えたい魔法の一つである。
もしもテーオバルトが死の淵にあった際、その魔法を使うことができていればと考えなくはないが、今ここでいくら考えても仕方のないことだ。過去はやり直せない。今は未来のためにも、テーオバルトの意思を継ぐためにも、過去に囚われている場合ではないと前を向く。
「どの属性も基本は同じじゃ。イメージし、成せばよい。今回は仕方ないとはいえ、本来魔法とは誰かに教わるものではない。己の可能性を広げよ。さすれば自ずと魔法の腕も上がる。『できるのか?』ではない。『できて当たり前』と思え。まるで息でもするかのようにの。『できない』と思った瞬間が限界なのだ。それを忘れるでないぞ? この世は魔素であふれかえっておることも忘れるな。魔素はすべての物質に存在し、形作っておる。故に水とて無から生み出せるし、他の物質へと変質させることもできる。それは己の体に取り込み、魔力となったあとも一緒じゃ。できぬことはない」
「……はい」
簡単なようで難しい。何をするにも、最初はできるかどうか考えてから行動してしまう。今の言葉を忘れないよう、ルシードは心がける。
「あとは魔法を使った時の感覚を忘れるでない。暇を見つけては魔法を使う練習をしておくのじゃ。それと……見たところ、お主は男だが魔力量は多そうじゃ。一度寝る前にでも魔法を使い、自分の限界を知っておくことも必要じゃろうな。魔法は脳を使う。魔力が枯渇すると思考力が弱まり、戦闘中となれば死も同然じゃ」
「わかりました」
ルシードの返事に頷いたベルは、何かを思い出したように顔を上げる。
「そうじゃ、大事なことを忘れとった」
「大事なこと?」
「魔法を使う者と戦うことになった場合の対処法じゃ。魔法の中には目に見えぬものもあるからの」
「それは大事ですね」
目に見えないとは厄介だ。ルシードは聞き逃すまいと耳を傾ける。
「だが、目に見えぬ魔法があるように、見るための魔法もある。それは目に魔力を流し込むことじゃ」
「目に魔力?」
「うむ。先程も少し話したように、通常は体に魔力を流し込んで身体強化を行うが、体の一部だけに流すことで、その箇所を特化させることも可能じゃ。特に魔法は空間に干渉することが多いからの。魔法を使う者と対峙する場合、目に魔力を流し込むことで空間に現れる魔素の乱れを見抜くよう心がけるのじゃ。少々上級者向けやもしれぬが、最上級にもなれば、属性を色で感じることも可能になる。相手の使う魔法さえ事前に察知することができれば、相克させることもできるじゃろう」
「それは覚えないわけにはいきませんね。俺も習得に向けて頑張ります」
ベルは鷹揚に頷き、部屋の入り口へと視線を送る。
「しかし、あやつら遅いのう……もう一時間は経ってしまうぞ」
塔の問題などそう簡単に解決できるはずもない。まだ一時間、だとルシードは思うのだが、ベルには待てないようだ。
ルシードは今も塔の問題で駆けずり回っているであろう四人娘の姿を思い浮かべ、口に出す。
「あの、彼女たちは呪文を口にして魔法を使っていましたが、呪文を唱えることなく魔法を使うには、どうすればいいのでしょうか?」
四人娘には宿から何からお世話になっている。ルシードは何か恩返しができないかと思い、尋ねるが――
「……難しいじゃろうな」
ベルは否定的だ。
「魔法はイメージが大事なんじゃ。現代魔法が呪文を必要とするのも、言葉にすることでイメージを保ちやすくするため。そして、一度呪文を使ってしまっては、前提として呪文が必要と思い込む。そうなってしまってはできん……とは言わんが、矯正するためにどれだけの年月がかかることか……」
ベルの説明に、ルシードは肩を落とす。
ルシードも呪文を使うものだという知識があったが、最初にアルマリーゼから魔力を使い方を教えてもらったことで免れたということだ。知識だけでなく、常日頃から呪文を使っている四人に教えることはできないのだと、落胆する。
「実のところ……元凶はワシなんじゃがな」
「えっ? ベルが元凶?」
続けてばつの悪そうな顔で言うベルに、ルシードはなんのことかと聞き返す。
「これも若気の至りというやつか……この街も昔は小さな村じゃった。魔素が濃いことから女だけの村じゃったが、女しかいないということで苦労しとったんじゃ。ワシは不憫に思ったが……弟子を取るつもりはなかった。そこで、魔法の簡略化をして流布することにしたんじゃ。さっき言った万人向けの魔法はここで完成した。呪文は見栄えをよくするだけ……とも言ったが、実際はそうではない。自分で使う時にわかりやすくしたんじゃ。呪文はなんでもよかった。言葉にすることでイメージしやすくしたわけじゃな。同じ魔法でも、使う者によっては呪文も違ってくるじゃろう」
当時を思い出しているのだろう。ベルは優しく微笑む。
「そして、ワシが編み出した言葉を紡ぐ魔法を女たちは覚え、外へ出た者が更に広めたんじゃろうな。覚えることが難しい古代魔法はすっかり身を潜め、現代魔法が蔓延ったというわけじゃ。今から何百年じゃろ……? ま、まあ、昔のことじゃ。あの娘たちも教わったか、見よう見まねで覚えたか……一度身についてしまったことで、今から変えるのは至難と言える」
「そうですか」
非常に残念ではあるが、難しいと言うのでは諦めるしかない。
別の形で何かを返せないかとルシードは考え、とある案が閃く。
四人娘に何かを返す案が浮かんだわけではない。四人娘のことを考えた時、今はベルの言い出した塔の問題を解決すべく、四人が苦労していることを思い出したのだ。そもそも四人娘が塔の問題を引き受けた原因は、ルシードが賢者に会いたいと言い出したことから始まったということもある。ルシードは恩に着せるつもりも、返した気にもならないが、これなら塔の問題も、ベルの結婚相手も見つかるかもしれないと思い、切り出すことにした。
「……ところで、俺はこのあとギルドに行って登録するつもりなのですが、ベルは冒険者登録をしているのですか?」
「ギルドか……いや、ワシは登録しとらん。冒険者は魔獣を討伐したり、住人の悩みを聞いたりするんじゃろ? ワシには向いとらんと思ってな」
ベルはルシードの言葉に興味がないとばかりに返すが、ルシードは興味を持ってもらうために言葉を続ける。
「そうですね、だいたいそんなイメージだと思いますが……」
「む? 他に何かあるのか?」
「こう考えてはどうです? 依頼を受けるにしても、この街だけじゃなく、他の街へ行くんです。ベルは出会いがないと仰いましたが、他の街には出会いがあふれているとは思いませんか?」
「お、おおおおお! ワ、ワシの目は節穴じゃったか!?」
ルシードの膝の上から半身になって振り向くベルの目の色が変わった。
「ベルは更にこう仰いました。自分で限界を作るものではないと」
「た、確かにその通りじゃ! ワシとしたことがそんな簡単なことにも気づかんとは!」
ベルは両手で頭を抱えてショックを受けたように仰け反る。
「ベルはこの街にいなければならない理由があるのですか?」
「それは……い、いや、大丈夫なはずじゃ。あれから数百年、一度も音沙汰がない。そう考えると何も問題はないはずじゃ! この街に居るのも、なんとなく立ち寄った時に濃い魔素が体に馴染んでのう、色々やっとるうちに賢者だなんだと担ぎ上げられて居座っとるだけじゃ!」
一瞬の迷いは見えたが、今度は苦虫を噛み潰したような表情に。ここまでくればこちらのものだ。ルシードは最後の追い込みをかける。
「……どうです? ベルも冒険者になって、新しい出会いを探してみては。そうすれば、塔の問題もすぐに解決です」
「なる! ワシは冒険者になるぞ! ク、クハ、クハハハハ! そうとわかればこんな塔は用無しじゃ! すぐにでも取り壊すとするか!」
「……そ、そうですね」
上手くいきすぎて怖いくらいだ、とルシードが思った次の瞬間、塔が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「安心せい、魔法で生み出した塔を魔素に還しておるだけじゃ。直にここが一階となる」
ベルの言葉通り、今いる部屋はどんどん下へと下がっているのか、窓から見える景色が次々に変化し、止まった時には、この塔へ来た道がルシードの瞳に映る。
「これでよいじゃろう。では、ギルドへ向かうとするかの」
ルシードの膝から降りたベルは、なんの感慨もないのか、扉へ向かって歩き出す。
「ほれ、どうした、行くぞ」
ベルの呼ぶ声に、ルシードは慌てて椅子から立ち上がり、仮面をつけてベルの背を追う。本当にこれでよかったのか疑問に思いながらも、やってしまったものは仕方ないと割り切ることにした。
「うむ。心機一転とはよいものじゃな。清々しい気分じゃ」
「……そうですね」
ルシードは塔へと振り返るが、街一番の高さを誇る塔はどこへやら、見るも無残な小屋となっていた塔は、もう必要がないのか、最後に残った小屋さえも消えていた。
「そうじゃ! せっかくじゃからワシの正体は隠すとするかの。また賢者と祭り上げられてはいかん。お主も普段通りの言葉で話すがよい」
「わ、わかりま――わかったよ、ベル」
賢者が街を出て行くとなれば、引きとめない者がいないはずはないのだ。賢者を唆した自分に、早まった真似をしてしまったかと思うが、ここで振り出しに戻ってはルシードも困る。素直に受け入れることにした。
「うむうむ。さあ、ギルドへ急ぐとするかの!」
ギルドへ向けてスキップするベルの姿は歳相応にしか見えず、ルシードは微笑ましい気持ちになるのだった。




