第1話 三連星の先行投資、あるいは鳥籠への遠征
ムヨクカ王国の路地裏には、今日も乾いた金属音が響いている。
カチ、カチ、カチ。
住民たちは皆、腰を折り曲げ、手元の小さな台座にひたすら真鍮の尖った破片を打ち込んでいる。「星」の鋳造である。
手のひらに収まる程度の、黄色く光るだけのちっぽけな三連の星。これには何の魔力もない。パンと交換できるわけでもなければ、冬の寒さを凌ぐ燃料にもならない。ただの、尖った金属の塊だ。
かつて、この王国が興ったばかりの神話時代には、この星は「魂を揺さぶる叙事詩を書き上げた賢人へ、心からの敬意を込めて捧げられる奇跡の結晶」だったと古文書には記されている。
だが、そんな時代錯誤の伝説を信じている者は、いまやムヨクカ王国には一人もいない。
「おい、新顔。手が止まっているぞ。今日中にあと三千個は配り歩かなきゃならんのだからな」
先輩格の男が、血走った目で指をせわしなく動かしながら、主人公の青年に唾を飛ばした。
青年の足元には、粗製乱造された星と、付属品である薄っぺらな赤い「心臓の護符」が山積みにされていた。
この国では、誰もが自室の前に「羊皮紙の束」をぶら下げている。そこには何かしらの文字が書き殴られているが、誰もそれを読まない。読む必要がないのだ。
重要なのは、他人の家の前に置かれた箱へ、手持ちの星を三つ投げ込み、扉に赤色の護符をペタペタと貼り付けること――それだけである。
「いいか、新顔。星を投げるのは慈善事業じゃない。『投資』だ」
男は濁った声で説く。
「こちらの星を三つ恵んでやり、各部屋の扉に護符を貼り付ける。そうすりゃ、相手の良心に『返済義務』という名の見えない鎖が巻きつく。明日には、あいつがこちらの箱に星を三つ投げ返しにくる。そうやって互いに箱の中身を増やし、見かけの山を高くするんだ」
「……高くして、どうするんですか?」
「決まっているだろう。王都の中央広場にある『長者番付』に、我が家の屋号が載る!」
「載ると、何がもらえるんですか?」
「……載るんだよ! 名誉だ! 隣の奴より数字が大きいという、絶対の安心感が手に入るんだ!」
男はそれ以上、青年の問いに答えられなかった。なぜなら、彼自身も「番付に載った先」にあるものを知らないからだ。
王宮の役人たちはとっくの昔に選考を放棄しており、ただ番付の数字だけを検分して「うむ、今月も石炭のように星が流通しておるな」と満足げに頷くだけの置物と化していた。
青年の仕事は、配るだけでは終わらない。
この国と隣り合う砂漠の異国――通称「青い鳥の飛び交う鳥籠(エックス国)」への遠征も義務付けられていた。
ムヨクカ王国の住人は、定期的に国境の壁をよじ登り、鳥籠に向かって声を張り上げるのだ。
『あなたの家の羊皮紙、全部読みます! 心の底からの賛辞を叫びます! 条件はこの小鳥の羽を拾い、私の名を叫び返すこと!』
その叫びを聞きつけた異国の貧民たちが、我先にと群がってくる。
だが、青年の親方は彼らの羊皮紙など一行も読まない。
届いた羊皮紙の束の一番上に、あらかじめ調合しておいた「大変感動いたしました。涙が止まりません」という定型句のスタンプを狂ったような速度で乱打し、星を放り投げて即座に背を向ける。
すべては、自国の番付をハックするための空虚な取引。
ある日の夕暮れ、青年は親方に命じられ、路地の最深部――誰も足を向けない薄暗い袋小路へと向かった。
そこには、埃をかぶった粗末な家が一軒だけ建っていた。扉の前に置かれた羊皮紙は、他の家のような派手な絵の具の装飾もなく、ただ整然としたインクの文字が、分厚い束となって静かに結わえられていた。
青年は親方の言いつけ通り、羊皮紙をめくりもしないまま、玄関の箱へ星を三つ落とした。
チャリン、と冷たい音が響く。
続けて、扉の木枠に赤い護符を二十枚、一秒に一枚のペースで機械的に押し当てていく。
「よし、これで貸し付けは完了だ」
青年は手帳にその家の目印を書き留めると、夕闇の中に消えた。
返済の猶予は、明日の夜明けまで。
もし朝になっても、この家の住人が親方の屋敷へ星を返しに来なければ――恐るべき「回収業務」が執行されることになる。
それがこのムヨクカ王国の掟なのだ。




