コウテイくんのポーチ
城下町に向かう穏やかな空気の中で、ロザが歩幅を緩め、皆を見回す。
「歩きながらでいいわ。これからのこと、少し決めておきましょう」
その声音は柔らかいが、どこか大人としての判断を求める響きがあった。
「まず——スマホのことなんだけど」
ロザの視線が、自然とハルとリュカへ向く。
大人たちが表情を引き締めるのを見て、二人も小さく背筋を伸ばした。
「私たちは、この存在を知らなかったことにしましょう。ギルド職員の私たちが持つということは、上に報告しなければいけない……ということだから」
ロザの言葉は穏やかだが、その裏にある現実は重い。
スマホは、異世界と世界を繋ぐ越境の通信機。
噂だけでも国を動かす力を持ってしまう。
「だから……無かったことにする方が、いちばん無難よ。それでいいかしら?」
サイルも静かに頷き、眼鏡の奥の瞳が柔らかく光る。
アオミネは肩にのったクロを指で軽くつつきながら、口を開いた。
「万が一、健太さんに連絡を取りたくなったら、その時に借りればいいしな。俺たちは……カイルも戻ってきたし、また冒険に出る予定だ」
クロもこくこくと頷きながら、
「拙者らには荷が勝ちすぎる代物ゆえな」と、いつもの調子で笑う。
リュカは後ろを歩くハルを振り返り、明るい声で言った。
「ハルに持っててもらう方が安全だよな。ポシェットに入れておけば奪われる心配もねぇし」
ハルの顔がぱっと明るくなる。
「い、いいんですか……? じゃあこれは預かるってことで。みんなの共有財産だね」
言い終わったあと、ふとポシェットへ視線を落とし、表情が曇る。
「……でも、ポシェットは——」
小さく、つぶやくように続けた。
「願いの石のおかげでアイテムボックスになってたと思うんです。石は砕けちゃったし……容量も、少しずつ減ってる気がして……。いつか、普通の布袋に戻るかも……」
その言葉には、大切な相棒への想いが滲んでいた。
カイルが歩み寄り、優しく問いかける。
「……砕けた石はどうなったんだ?」
ハルはコウテイくんをそっと取り出し、胸元で抱えるように持つ。
「アザルを倒す時に……力を使い切って、ここで溶けて……消えちゃったみたいです」
コウテイくんの中を見下ろすハルの目は、寂しげで、けれどどこか誇らしさも宿していた。
カイルはそっとハルの頭に手を置いた。
「そうか……破片でも残ってれば、どうにかできそうだったんだがな。……残念だったな」
その掌の温もりに、ハルの肩がわずかにほどける。
失ったものもあるけれど、守られた想いが確かにそこに残っていた。
「……うん。これでよかったんだ」
ハルは、誰に聞かせるでもなく、そっと自分へ言い聞かせるように呟いた。
その声は小さく揺れていて、胸の奥に溜めていたものが、
はらり、とほどけていくようだった。
視界がじわりと滲む。
こらえようとして瞬きをすると、溢れかけたものが逆に大きく揺れ、
一粒の涙となって、ぎゅっと握りしめたコウテイくんの布へ落ちた。
ぽたり。
——その瞬間だった。
コウテイくんの小さな体が、ほうっと微光を帯び始めた。
布の縫い目が淡く輝き、内側から灯りがともるように光が広がっていく。
「……え?」
ハルが目を見開く。
リュカが振り返り、アオミネが足を止め、クロがぴょんと身を浮かせる。
やわらかい琥珀色の光。
さっきまで“ただの布”だったはずのポーチが、まるで——応えるように息づいている。
サイルも目を細め、魔力の流れを探るように静かに言った。
「反応しています……何かが、目覚めようとしている」
ハルの両手の中で、コウテイくんはさらに強く、あたたかく輝いた。
眩しい光がしばらく脈打ち、ふっと収まったかと思った次の瞬間だった。
ドクン——
ドクン——……
まるで心臓の鼓動のように、コウテイくんの小さな体が震え始めた。
光の残滓が布の表面を走り、ハルの掌までかすかな振動が伝わってくる。
「……っ!」
ハルは驚いて、思わずカイルの顔を見上げた。
カイルも目を大きく見開き、息を飲んでコウテイくんを見つめている。
その視線には明らかな“想定外”の色が宿っていた。
みんなが思わず瞬きを繰り返しながら、
小さく震えるポーチに視線を吸い寄せられていた。
息を呑む音すら飲み込み、ただ見守るしかない。
ただ一人、クロだけがそろりと半歩後ろに下がり、目をまん丸にして小声でつぶやく。
「こ、これは……もしや新手の召喚儀式でござるか……?」
その声にアオミネが肩を震わせて笑いをこらえるが、
視線だけはしっかりとコウテイくんに釘づけだった。
ハルは、コウテイくんを抱えなおすが、掌に伝わる震えは強くなったり弱くなったりしていて、
生き物みたいに、まるで何かに変化しているようにも感じられた。
「ど、どういうこと……?」
誰に聞くでもなくつぶやいたハルの声はかすかに震えていた。
期待と不安が絡み合って胸の奥で跳ね回り、
視線はコウテイくんに吸い寄せられたまま離れない。
周りの仲間も固唾を飲んで見守っているだけで、
誰一人として、この先に何が起こるのか予想できないでいた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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