第八話 警告
カヴァルカント学園の放課後にて。静粛にしなければならない廊下で喧騒の声が聞こえてくる。
「人の婚約者に手を出しておいてよくもぬけぬけと!」
「聖女が効いて呆れますわ!」
「貴方なんて元をただせば庶民なのに!」
三人の令嬢に囲まれている一人の令嬢、あれは確か私と同じクラスのお三方。もう一人は・・・。
「何よ、私は公爵令嬢よ!アンタ達なんか父様に告げ口すれば家ごと叩き潰してあげるんだから!!」
義妹のラウレッタ?三人に囲まれているにも関わらず気丈にも言い返している。しかし。
「な・・・なにを」
「み、身分を学園に持ち出すなんて・・・」
「そ、それでも聖女なのですか!」
言われた三名は今にもラウレッタに飛びかかりそうだ。このままだと暴力沙汰にまでなり兼ねない。
「皆さま、御機嫌よう」
「「「そ、ソァーヴェ嬢」」」
「お姉様!」
驚きの顔で見つめる3人と縋るような目をするラウレッタ。ラウレッタを庇うように前に出て毅然と振る舞う。
「ラウレッタが何か粗相でも致しましたか?姉として見過ごす事はできませんので」
「わ、私は婚約者を・・・」
「そうです、人の婚約者に色目を使って」
「いくらケガを治したからと言って・・・」
令嬢達は感情を上乗せしてくるので話が見えにくい。要約すると昨日の実戦訓練での事のようだ。察するに戦闘訓練で怪我をした自分達の婚約者をラウレッタが治療したのだろう。
彼女は治療専科にて最高の成績を出して学園内では「聖女」と言われているほどだ。その代わり教養科目では中の下の順位のためか他の令嬢たちからは侮られているようだ。
「ラウレッタは実戦訓練で怪我をした方を治療しただけです、貴方がたの婚約者への想いと混同なされても困ります」
「で、でもっ・・・私の婚約者なのに!」
「そうですっ!治療だからとベタベタと触りまくって」
「いくらスキルが優れているからと言って!!」
確かこの方々は治療専科にもかかわらず、怪我人が出た時には右往左往するばかりで何も出来なかった様子。せっかくの勉学も実戦で活かされなければお話にもならない。
「それほど婚約者がお大事ならば貴方がたがしっかりと護衛や治療をなさるべきです、これ以上ラウレッタを問い詰めるおつもりでしたらこちらもそれ相応の対処をさせて頂きますので・・・いきますわよ、ラウレッタ」
ラウレッタの手を引いてその場を去る。校舎を出るとラウレッタが嬉しそうな顔をして両手を握りしめてくる。
「お姉様、ありがとう!やっぱり頼りになるのはお姉様ね!」
しかし手を優しく振りほどいて一言。
「毎回身分を嵩に着るのもいい加減になさい、こんなことをしていてはお父様の名前に傷がつくわよ?」
助けてもらったと思っていたラウレッタは心外とばかりに反論する。
「で、でもあの娘達が絡んでくるもの!火の粉を振り払っただけじゃない!!」
「それでももう少し言い方があるものでしょう?あれほどマナーの勉強をしておきなさいと言っていたのに・・・」
そう、一般教養に含まれている貴族の令息令嬢が学ぶべき礼法科目はこの娘が最も苦手とするもの。いくら人命救助が優先されるからと必要以上に殿方の身体に触れていては令嬢達の気持も穏やかならざるものがある。
「だってだって!マナーなんていらないじゃない!今までお家でも怒られた事なんてなかったし!!」
「自分で公爵令嬢だと名乗るのなら礼儀作法を心得ているべきよ、それに理鬼学の成績が優秀で生徒会に入っているなら尚更・・・令嬢としての身分を弁えなさい」
「身分を弁える」、この言葉は本来身分の高い人間こそ守るべきだというのは母フランカが教えてくれた事だ。身分の権利を扱う時にはどうしても果たすべき義務も発生する。貴族のマナーなどはその最低条件として身につけておくべきものだ。
「何よ何よ何よ!そうやっていつも難しい事言ってイジメて・・・もうお姉様なんかに助けてもらわなくてもいいんだから!私お家に帰る!!」
そう言って足早に去って行った。ラウレッタは寮生の私と違いソァーヴェ家からの通学。多分今日の事もお父様に告げ口するんだろう。頭の痛いところだ。