第七話 助手
書物の匂いが充満する研究室。ようやく目の前の膨大な書類を整理し終えた。
私の隣に立っている眼鏡をかけた赤毛の青年、ルカーノ・ビアジーニ教授がつぶやく。
「ふう・・・ようやく終わったか、感謝致しますソァーヴェ嬢」
「恐縮です、教授こそお疲れ様でした」
何でも大陸の向こうにあるエーゼスキル学園から送られてきた理鬼学の研究結果だけど途中で一度盗難に遭ってしまったとか。盗んだ盗賊からすれば貴重なものでもなかった事から幸いにも遠くない場所で資料が欠損する事なく打ち捨てていたらしい。
順序がバラバラになった資料を内容と照らし合わせながら整理する必要があったため私が手伝う事に。確認のために目を通していると効率の良い鬼力の伝達法やスキル発生の条件など先取りして学ばせてもらった気分だ。
「ソァーヴェ嬢、お茶を用意しますので」
「そ、そんな!教授にそんな事をさせては!」
「勝手知ったる研究室、ここは僕に任せて下さい」
そう言ってビアジーニ教授は控室に向かわれた。その穏やかな顔と年の若さからは想像出来ないけど、教授はイラツァーサ出身ながらエーゼスキル学園の首席卒業生。優秀な方だから王国の士官でも文官でも思うままに就けるにも関わらずこの学園の教授をされている。
「ご令嬢のお口に合うものかどうか自信はありませんが・・・異国のホウジチャと呼ばれる茶葉です」
目の前に出されたティーカップからは焦がしたような香ばしい香りが漂い鼻をくすぐる。貴族家や王宮では嗅いだことのない匂いだ。
「頂きます・・・香ばしくて口の中が引き締まるような渋みが美味しいですわ」
「それは良かった、ソァーヴェ嬢のお陰でエーゼスキル学園での最新研究結果ももれなくこのカヴァルカントで活かせそうです・・・僭越ながら教授達を代表してお礼申し上げます」
教授は椅子から立ち上がって一礼する。その礼儀に私も慌てて立ち上がる。
「恐縮です、私も先取りして学習させて頂いたようなものですから」
「王太子殿下の婚約者を学園の私用で扱い、また貴女のようなお若い方の貴重な時間を使わせてしまって申し訳ない限り・・・お困りの事があれば僕が相談に、というか成績優秀なソァーヴェ嬢には余計なお世話ですね?」
「とんでもない、そう言って頂けると心強いです」
正直書類の整理整頓は楽な仕事ではないけど、ビアジーニ教授はいち生徒の私にも真摯に接して下さるので苦にはならない。
「すみません、明日は治療専科での実習訓練がありますのでそろそろ・・・」
「これは僕とした事がうかつだった!つい引きとめてしまいました・・・学生寮の近くまでお送りしましょう」
「申し訳ありません・・・私は王太子殿下との婚約中の身分、異性の方と共にする訳に参りませんし、あらぬ疑いを掛けられては教授にまでご迷惑をお掛けしますので」
「そう言われると面目ない、それではどうかお気をつけて・・・明日の実習訓練では力を出し過ぎない様、貴女のお力は凄まじ過ぎる・・・無理をしては元も子もありませんので」
「お言葉、有り難く頂戴致します・・・それでは失礼致します」
研究室を引き取り学生寮に向かう。
ビアジーニ教授は限りなくお優しい。今までお父様や国王陛下、それに王太子殿下からもこういう扱いを受けた事がないので自分の立場を忘れてしまいそうだ。
思わず甘えたくなる気持ちを急いで消す。私の未熟な行動で王太子殿下だけでなく前途有望な教授にまで迷惑を掛ける訳にはいかない。
◇◇◇
治療専科の実習訓練が始まる。
実技訓練を終えた騎士科の負傷者を治療するのが実習内容。
本来私は普通科生なので専門外だけど、私が治療スキルを持っている事から担当教授に出席を求められている。
「さぁ治療スキルを使うわよ、袖をまくるからね!」
「あ・・・す、すまなぃ」
そんな中でラウレッタは臆することなく男子の袖をまくって治療スキルを使い始める。自分の義妹ながら手際の良さに感心してしまう。
負傷者が次々とラウレッタの元へ集まる。
「こっちも治してくれぇ・・・」
「いてぇよぉ・・・早く!」
「ちょっと待ちなさいよ!こっちがまだ終わってないんだから・・・そこのアンタ達もサボってないで手伝いなさいよ!」
ラウレッタのはしたない言葉が他の治療専科生に飛ぶ。しかし多くの生徒が男子達のケガを見て怯えていて動けない。
治療専科の多くは貴族令嬢で占められているので血を見た事がない方々ばかりだ。私もガストーニ砦に行くまではあの方達と同じだったからよく分かる。
見兼ねた私は負傷者に近づく。
「私が致します、さぁこちらに」
「ぅぐ・・・もう剣が握れねぇ・・・」
ケガの具合を見ると右手首が青くなって腫れている。この程度なら少ない鬼力で。
「ああ・・・ありがとう!傷みどころか腫れまで無くなったよ!!」
「無理はなさらないでくださいね?さぁ次の方・・・」
理鬼学を習っている今なら鬼力をコントロール出来るので、軽傷者なら一人ひとりに全力を出さずに対処出来る。これも学園に入学させて頂いた陛下のお蔭だ。




