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wink killer  作者: 優月 朔風
第7章 死神の過去
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第54話 やっと会えたな

 ――時は数日前に遡る。


 雨の中、俺は目的の気配を追いながら、先程の出来事を振り返った。


 突然意識を失い、目を覚ました自分が見た光景は衝撃的なものだった。

 明かりもつけず、暗い部屋の中で一人、少女は泣いていた。


 少女の名は蒲田未玖――俺が力を与えてしまった人間。


 数か月前、不審な男に殺されそうになっている彼女を、俺は助けた。

 男が少女にナイフを振り上げようとする数秒前、脳裏に唐突に、鮮明に浮かんだ「映像」。

 今までに感じたことのない感覚に、俺は疑問を呈するより先に行動していた。


 今思えば、何故彼女を助けようと思ったのかは思い出せない。

 力の与え方も知らなかったはずなのに。


 下界の人間がどうなろうが、知ったことではなかった。

 目的を果たすことができれば、下界がどうなろうと構わなかった。

 ――はずなのに。


 何故あの時、自分は人間に力を与えたのだろうか。

 何故あの時、力を与えたのが、蒲田未玖という少女だったのだろうか。


 この力について俺は何も知らなかった。

 疑問が駆け巡る。


 力を得た少女は、ひたすら困惑していた。


 下界の人間がどうなろうと――。

 どうなろうと――


 少女は泣いていた。


 自分の命が助かったのに、何故、泣いている?

 何に怯えている?

 ――自分のせい、なのか……?


 少女は優しい心の持ち主で、俺はそれに気がついていないわけではなかった。

 だから、少女を放っておくことができなかった。


 《危なくなったらその力を使えば良いじゃないか》

 《君が奪った力だろ》


 自分の心の奥底で感じていた罪の意識から逃れるために、

 無意識のうちに、少女に全ての罪をなすりつけていた。


 「彼女を守るために」嘘をついた――その嘘で守っていたのは、他でもなく自分だった。


 少女に与えたのは、死神の力と、一生背負い続けなければならない十字架。


 では何故、俺は少女に力を与えることになったのだろうか。

 あの映像は何故、突然自分に見えたのだろうか。

 何故、彼女だったのだろうか――


 下界に降りる際、「あの方」から渡された’wink killer’の力。

 それと何か関係があるのだろうか――


 それを深く考えようとしたとき、俺は意識を失い、そして目覚めたとき、力を与えた少女は泣いていた。


 また、泣いている。

 何故泣いている?


 ――また自分のせい、なのか?


 《必ず戻ってくる。だから、今だけは――》


 下界に来た目的である自分の使命を果たすか、罪をなすりつけてしまった少女を救うか。

 俺はあのとき、自分の使命を優先した。


 けれど――少女もいつか、必ず救い出す。


 少女の心がいつか癒える日まで、ずっと傍にいて――

 そして、自分の罪を告白するのだ。


 雨の中をひたすら突き進む。

 頭の中を離れない、最後の光景。


 すがるように自分を見つめる少女の姿。

 それを突き放す、自分の姿。


 彼女の叫ぶ声が頭にこだまする。


 全て、自分のせいだ。

 だから、

 だから、だから……


 「全て終わらせて、いつかきっと必ず君を救い出すから……今は待っていてくれ、未玖」


 俺は小さく震える声で「すまない」と呟いた。

 小さな声は激しい雨音に掻き消され、俺は再び前を目指した。


 奴の気配は、今までに感じたこともないほど近くに感じられた。

 下界に来てからずっと追っていた気配が、目の前にあった。


 もうすぐ――やっと全てが終わる。


 天界の宮殿中を騒がせたこの事件も、自分が人間に力を分け与えることになってしまったのも、もとはといえばあいつのせいなのだ。

 あいつが牢獄を抜け出したりしなければ。あいつが下界に向かったりしなければ。


 あいつに会って、話して、確かめる。

 何故、下界に来たのか。

 その目的は。動機は。


 ――お前はあの牢で全ての記憶を失い、生きる気力すら失っていたはずだろう?


 下界に降りてから、俺は時折ある「映像」が見えるようになった。

 何故かはよく分からないが、その「映像」が確実に、目的とした人物の近くまで俺を導く手掛かりとなった。


 それがまるで、一つの未来を表しているかのように――


 突然、ズキリと頭が痛み、辺りがセピア色に包まれる。

 脳内に映し出されるその映像は、断片的なシーンを映し出していく。


 誰かの家。散らかったままの部屋。

 何故か、どこか懐かしいような感覚のするその部屋で、俺はその大罪人と向かい合っていた。

 部屋の窓から外の景色が目に入り込む。

 どこかで見た公園。人の居ない寂しい風景。

 さびれたベンチ。枯れた噴水……

 そこまで見えたところで、「映像」は途切れた。


 「っはあ、はあ、はあ……」


 ついに見えた。

 今まで見ることのなかったシーン。


 俺と大罪人は向かい合っていた。

 ようやく追いつくことができた――俺はそう確信した。


  ☆★☆


 その公園はすぐ近くにあった。

 あっけなく辿り着いた手がかりを前にして、まず最初に浮かんだのは素朴な疑問だった。


 「手掛かりはこんなに近くにあったのに……何故今まであいつを見つけられなかったんだ?」


 公園に降り、近くの家を見渡してみる。しかし、奴の居場所を特定することができない。


 「おかしい……確かにあの窓からは、この公園が……」


 大罪人の居場所を特定すべく辺りの家々を回っていたとき、俺の頭がズキリと痛み、再び、脳内に「映像」が流れ始めた。


 「岩見」と書かれた表札。リビングでくつろぐ夫婦。

 その光景を確かに彼はどこかで見ていた記憶があった。


 玄関を上がる自分。彼らに手を伸ばそうとしたところで――「映像」は途切れた。


 「はぁ……はぁ……」


 今までにない鮮明な「映像」が途切れると、全身にどっと疲労が押し寄せてくるのが分かった。


 「力を……使い過ぎた……」


 バランスを崩してベンチに倒れこむ。


 ――そうか、この公園……

 前に、来たことがあったな……。


 ベンチで足を延ばす俺を上から面白そうに覗き込むのは、天然でいつも自分を困らせる彼女。

 その時の俺は、自分の使命と、自分のせいで傷つけることになった少女と、どちらかを選ぶことができず、前に進むことができずにいた。

 そんな俺の背中を押したのは、紛れもない彼女だった。


 《だって、あなたが志願したのでしょう? あの死神を捕らえる、と》

 《あの子ならきっと大丈夫ですよ》


 彼女――「あの人」の言葉を思い出し、俺はベンチから再び立ち上がる。


 「『岩見』――あの家で、俺はあいつと会うことになります。だから、もうすぐですから……あなたは天界で大人しく待っていてください」


 俺は息を整え、公園近くの「岩見」家を探した。


  ☆★☆


 「ここか……」


 公園近くを捜索しているうちに見つけたのは、とある古い家。

 入口にあった「岩見」と書かれた表札は、長年の時を経て所々が欠けていた。


 「ようやく、俺の使命が果たせそうだ」


 玄関の扉をすり抜け中に入ると、奴の気配はより一層強くなった。

 家の中に入った瞬間、どこか懐かしい匂いが俺の鼻を突く。

 見覚えのないはずの景色に対して抱く不思議な感覚にそこはかとない疑問を抱きながらも、使命を果たすため、些細な疑問などかき消すようにして奴の気配を探した。


 (あいつがいるのはどの部屋だ……?)


 奴がいる部屋を探るため、しらみ潰しに家の中を探っていく。

 リビングに足を踏み入れた時、先の「映像」の中で見た老夫婦の背中が目に入った。


 (あのときの……)


 この家の住人であろう老夫婦は、テレビを付けて談笑していた。

 彼らは自分に気がつくこともなく、穏やかな微笑みを浮かべてる。

 その丸まった背中を、どこかで見たことがある気がした。


 「あの……」


 思わず彼らに手を伸ばす。

 しかし、華奢な自分の手はふわりとすり抜け、彼らは自分の存在に気がつくこともなかった。


 「……何やってんだ、俺は」


 あいつを捕まえるためにここに来たのに。

 早く使命を果たさなければならないのに。

 心のどこかで、この老夫婦に気づいてもらいたいという思いが込み上げてくる自分がいた。


 「……早くあいつを見つけ出さないとな」


 彼らに背を向け、俺は奴の気配に集中した。

 心の奥がズキリと痛むのをかき消すようにして、ひたすら部屋を探っていく。


 畳の部屋、夫婦の寝室……


 そして、二階にあった一番奥の部屋――そこに、奴はいた。


 「…………」


 部屋の窓の縁に腰を下ろし、慌てる様子もなく、落ち着いた様子で――奴は、そこに佇んでいた。

 腰まで届くほどの長い紫色の髪が、雨上がりの夕日に照らされてキラリと輝く。


 「お前……」


 ここまで辿り着くために、どれだけ苦労しただろう。

 わざわざ下界まで降り、こいつを探した。何度も探しては気配を見失い、関係のない人間を巻き込み、傷つけ――それが今、やっと終わりを迎えようとしている。


 「ようやく見つけた……大罪人、チサ」


 すべての元凶はこいつにあったのだ。

 こいつを捕らえ、使命を果たし――俺は未玖の元へ行かなければならない。


 俺は窓の近くに佇む大罪人を睨みつけた。

 しかし、一方の奴はというと、天界からの追い人に見つかったことを悔やむわけでもなく、逃げ出そうと構えるわけでもなかった。


 天界の牢獄に捕えられていた大罪人。生きる気力を失った目をしていた大罪人。

 窓から外を眺めるそいつは、遠い昔の記憶をなぞるようにして――どこか懐かしそうな、そして、とても悲しそうな表情を浮かべていた。


 「その声……やはり、お前か」


 俺が現れてから一向に口を開くことのなかったそいつは、ボソリ、と重たそうに口を開いたかと思えば、

 突然、俺の方を見て――涙を流しながら微笑んだ。



 「やっと会えたな……高弘(たかひろ)

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