第50話 不可解
下谷観月は、何も分からなくなっていた。
立て続けに起こる例の事故は、もう数え切れなくなっていた。
ある日突然、頻度が増したのだ。
それは、門田刑事の娘さんが亡くなってから、突然――
事情聴取に呼び出された彼女――蒲田未玖と出会ったのは、以前彼女の弟が巻き込まれ亡くなった事件があった頃のことだ。
怯える彼女を守ることが、自分の使命だと、そう思っていた。
だが――
今自分の中にある感情は、それだけではなかった。
自分でもわかっている、この違和感の正体は、疑念。
下谷は心のどこかで、彼女のことを疑うようになっていた。
何が正しいことなのか、分からなくなっていた。
目の前で繰り広げられる事情聴取。
娘を殺された、と激高する門田刑事と、沈黙を守る蒲田未玖。
この子がそんなことするはずない。
そう思っていた。
頭ではそう考えていた。
それでも、心が着いていかなかった。
証拠は何もない。
それなのに、違和感が頭の中を駆け巡る。
彼女が、今までと何か違うような気がしてならなかった。
感情的になる門田刑事を冷静に見つめる彼女の表情に、下谷は違和感と――心の奥底で、恐怖のようなものを感じていた。
これは事件ではなく、事故。偶然の事故。警察は既にそう決定づけた。
しかし、ここまで頻発して起こる事故に違和感を感じていない者など、もはやいなかった。
既に情報規制は限界を迎え、ネットでは様々な情報が溢れかえっている。
頻度を増した原因不明の死は、あらゆる所で起こった。
その犠牲になる者の多くは、死亡時に何らかの凶器を持っていたり、誰かを傷つけようとする意思を持っている者だった。
殺意を持った者を裁き、事前に被害を防ぐ「救世主」、あるいは「神」――
中には――いると仮定するならば――その殺し屋をそう呼ぶ者も居た。
もはや、これが事故か事件かなんてどうでも良いのかもしれない。
どこまでが正しいのか、全て嘘なのかは正直もはや分からないが、この事故が、この事件がもたらした影響によって、社会の秩序が乱れていることは事実。
一連のこの事故が、誰か人間の手によって引き起こされているものだなんて信じられなかった。
門田刑事の言うことが、信じられなかった。
それでも、もし、この事件に犯人がいるとしたら――
本当に、その殺し屋がいるとするなら――
その犯人を、私達は捕まえることができない。
証拠を一切残さないことなんてできるはずがない。それに、殺意や悪意を持った人間を認識して殺害するなんて、人間にできるはずがない。
それができるとするなら、この事件の犯人は――あるいは、神に近い何かなのかもしれない。
目の前で繰り広げられる事情聴取の様子を見ながら、下谷は何もすることができずにいた。
蒲田未玖に掴みかかる門田刑事を、いつもなら迷わずに止めにかかっていたのに。
怒鳴りつける先輩刑事に歯向かっていたのに。
今日は何も言うことができなかった。
何故なら、下谷の中で彼女を――蒲田未玖を疑う気持ちができてしまったからだ。
弟を殺され、辛いなかにあるであろう彼女を守ろうと決心した。
定期的に様子を見て、彼女にずっと寄り添ってきたつもりだった。
そんな彼女がこんな事件を――凶悪な事件を起こし続けているなんて、信じられなかった。
信じたくなかった。
それでも、門田刑事を見据える彼女の目を見る度に、下谷は心がざわつくのを感じた。
もし、彼女が犯人だとしたら。
一見無垢に見える女子高生が、今世間を騒がせる「殺し屋」だとしたら。
下谷はもはや誰を信じれば良いのか分からなくなっていた。
何が正しいのか、分からなくなっていた。
下谷観月は自らの信念と葛藤しながら――取り調べ室の隅で、ただただ二人の様子を傍観していることしかできなかった。




