第40話 未玖の記憶力
文化祭の後片付けということで、遅くまであちこちの係を手伝わされた私はすっかりくたびれていたのだが、その上花が打ち上げに誘ってくるので、それを断るのにもかなりの労力を要し……って、結局結論を言うと。
「ああ、もうダメだ~動けない~」
「また君は……そうやってすぐソファでごろごろする」
「別にいいでしょミタ~。私はもう疲れて動けません~」
ミタのお小言をいつものように受け流し、私はソファで本日の疲れを癒す。
「それにしても、未玖、今日はなかなか頑張ったんじゃない?」
そういう君は、いつも上から目線じゃない?
「私はいつも頑張ってますよ~だ!」
「……何か、ご機嫌だね」
ミタが引いているのも無視して、私はいつにないハイテンションを続ける。
「だってね、今日は私だってちゃんと、永美に言えたんだから~!」
「…………。」
そう、あんな風にちゃんとハッキリ永美に言えたこと、今までなかったもんね。
いつもオドオドしてた私だったけど、今回はちゃんとビシっと、言えたんだから!
――って、ミタ、ちゃんと聞いてる?
「ん? ああ、聞いてる聞いてる」
返事がいつになく適当だよ!
まあ、いいや。そんなの気にならないくらい、今日は気分が良いからね。
その一方で、身体はもうボロボロに疲れているけれど……。
「そういえば君、あの時どうやって台詞思い出したって言ってたっけ」
「え~、そんなのよく覚えてないよ~。とにかく必死だったし……」
ソファを転がりながら、とりあえず適当に考えてみる。
「う~ん、何かイメージがこう、目の前に浮かんでくる感じっていうか……」
「へぇ、なるほどね。分かんない」
分かんないんじゃん。
「ちょっと、今やってみせてよ」
「え、何を?」
「台詞だよ、台詞。思い出せるだけ思い出してみてよ」
「え~。疲れるもん、いやだ~」
私が文句を垂れていると、ミタは諦めた(呆れた)ように「じゃあもういいから」とため息をついていた。
だがその次に呟いた言葉に、私の耳がピクリと反応する。
「もしかしたら‘wink killer’の力の副作用かもって思ったんだけどなー」
「……え?」
「練習して上手く使いこなせるようになれば、本当に君の才能に……」
――何それ、どういうこと。
というか、……本当に?
ゴクリ、と咽喉がなる。
「ミタ、それ本当なの……?」
「そう。だから、ちょっとやってみてよ」
もし。もしそうだとしたら、もう試験で困ることもないじゃないか!
よし、頑張るぞ。蒲田未玖、行きまーす!
――1分後。
「……あれ」
「どうだ、未玖、台本の台詞、どれだけ思い出せた?」
「…………」
「…………」
「やっぱなんか、駄目だよミタ」
「えー。もうちょっと頑張ろうよ」
「駄目なものはダメだよ~。だってなんか、あの時はほら、無我夢中の必死だったんだもん。やっぱ無理だよ」
「……君さ、諦めるの早くない?」
ミタは不貞腐れる私を見ると、ハア、と一際大きなため息をつく。
それから、もはや脈なし、と諦めたのか、「じゃあ仕方ないね」と言って私の部屋へ向かっていった。
一人リビングに残された私は、相変わらずソファに横たわりながら、天井を眺めて呟いた。
「それにしても、ミタ……何でこんなこと聞いてきたのかな」
☆★☆
先に未玖の部屋に戻った俺は、窓の外を眺めながら思考を巡らせていた。
先程の未玖の様子について。
未玖に訪れた現象について。
‘wink killer’の力に副作用があるなんて聞いたこともない。
いや、違う。
そもそも俺が「あの人」から受けた説明に、この力についての説明など殆どなかったのだから。
分からないことだらけだ。
それに、何故こんなに胸騒ぎがするのかも分からない。
何か、嫌な予感がしてならない。
それは、未玖の記憶力と関係があるのか?
それとも、全く関係がないのか?
そもそも、この力について俺は何も知らない。
俺が下界に来た目的は、天界の大罪人を捕えることだった。
けれど……下界に降りた俺の目の前に、突然「ある映像」が流れたんだ。
そんなこと、今までに経験したことがなかった。
そして俺は、その「映像」に従うようにして――未玖を救うことを決意した。
今思えば、何故あの時彼女を救おうと思ったのかは分からない。
下界の人間がどうなろうが、構わなかった筈なのに……。
「俺は……下界に来てから、何かがおかしい……のか……?」
どうして俺は――未玖に‘wink killer’の力を分け与えることになった?
どうしてあの時、俺には――未玖の「未来」が視えたんだ?
どうして――“蒲田未玖”だったんだ?
未玖に力を与えたあの時のことについて、思考を巡らせていたその瞬間――突然、頭の奥が激しく痛んだ。
「な……くっ……何なん……だよ……っ」
訳の分からない、突然の頭痛。
下界に降りてからというもの、こんなことは初めてだった。
痛みの中で、途切れ途切れ、誰かの声が聞こえてくる。
『……お前……』
『……した』
それが誰の声なのか、何を意味するのか、俺には分からなかった。
訳の分からないまま、次第に意識が遠のいていき――
俺は意識を失い、その場で倒れ込んだ。




