第39話 義務
すっかり日も暮れ、風が季節に合わぬ生暖かい風を運んでいる。
マンションの外は車の往来の一つもなく、部屋の中を異常な程の静寂が包み込んでいた。
明かりのない暗い部屋の中で私は一人、ベッドの上に座っていた。
父が今日事情聴取をしている。
でも――そんなことを何度繰り返したって、結果は変わらない。
《あの子を逮捕することはできないんだ。警察では、証拠を掴むことができない》
あいつが犯人だという証拠が掴めない限り、私達はあいつを「連続殺人犯」として罰することはできないのだ。
《何……演技してるの……?》
《演技じゃないよ? 永美》
あいつは――私達の前で、ずっと「お人好し」の未玖を演じ続けてきた。
そんなあいつが、警戒している相手に対してそう簡単に自白をするとは思えない。
だから――私がやるしかない。
もはや意味のない事情聴取も、これで最後になる。
私は殺人を行おうとする者を未然に殺害し、これから起こり得るであろう様々な悲劇を防いだ、正義の救世主となる。
……これしか、方法はないんだ。
《あなたのような駒がいてくれるから、私はこのゲームをよりたのしむことができるの》
あいつを生かしておいてはいけないんだ。
あいつがやっているのはゲーム感覚の人殺し。
そんな人間を生かしておいて何のためになる?
……殺してしまわなければならない。
《あんたは……人の命を何だと思ってるんだ……!》
《別に……何とも思ってないけど?》
私を真っ直ぐにとらえる、「連続殺人犯」の濁った瞳が脳裏に浮かび、両手が震え出した。
(私も――殺されるかもしれない)
吐き気のするような恐怖が、私の全身を覆う。
私は震える両手を必死に抑え込み、ゴクリと唾を呑んだ。
――覚悟を、決めなければ。
だって――あいつを止めることができる人間は、私しかいないのだから。
警察では、証拠を掴むことができない。
でも、私なら――油断させて自白させることができるかもしれない。
この殺人鬼を止めることができるのは、もはや私しかいないのだ。
そのためなら、私はやってみせる。
――やるしか、ないのだ。
《私は、永美の友達だから》
やめろ。
違う……あんたの言うことは全部嘘だ。
ならない……そう、これは義務……。
何故なら、あいつは……。
《俺は、あの子のところに行くんだ》
堀口君はあいつに利用されて、殺された。
あいつは私から彼を奪い、彼を弄んだ。
私の苦しむ姿を見るために、そのゲームの一環として彼は殺された。
左の掌に握りしめたキーホルダーを眺めて、涙が零れ落ちて止まらなかった。
彼からもらった、たった一つのプレゼントだった。
私に残された、彼との唯一のつながり。
あいつを許してはいけない。
あいつは、私から大切なものを奪った人間……
他人の命を何とも思わない、そんなクズみたいな人間……
警察にできないのなら、私がやるしかない。
私が諸悪の根源を排除することで救われる人が、必ず居るはずだから。
明かりのない部屋で私は一人、声にならない泣き声を上げ、
堪えきれない怒りで震えながら、拳を強く握りしめた。




