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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第26話 やるべきこと

 放課後練を終え、すっかり暗くなった夜道を歩きながら帰路につく。

 家に帰ると、薄暗い玄関が私を待っていた。


 「ただいま」

 返事はない。いつものことだった。


 私はソファに荷物を置き、とりあえずそのまま寝転がって疲れを癒した。


 暗いリビングの中でそのまま疲れ果てる私を見ながら、ミタが呆れている。

 それから、ミタといつもの他愛もないやりとりを交わす。


 しばらくして、部屋の明かりがついた。

 母親がリビングに入ってくる。第一声は、私に対する迎えの言葉。


 「おかえり、未玖。今日も遅かったわね」

 「お母さん、前に言ったでしょ。しばらく放課後練なんだって」

 「あら、そうだったかしら、ふふ」


 今日はどうやら機嫌が良いようだ。

 彼女はステップを踏みながら、作っておいた食事を温めている。


 「あなたが帰ってくるのが遅いから、ご飯もすっかり冷えちゃったのよ」

 彼女はため息をつきながら言った。

 電子レンジから取り出されたお皿から、何やら良い匂いが立ち込めてくる。


 私の鼻をくすぐる、この匂い。

 そうだ。この芳しい香りは……


 「今日、から揚げなんだね!」


 私はソファから飛び起きて叫ぶ。

 お母さんのから揚げは私の知る料理の中で一番美味しい。

 例えそれが一度冷えたものを温めなおした代物だとしても、その美味しさ、到底揺るぐことなし。


 「君は本当にから揚げが好きなんだね」

 半ば呆れながら言うミタに対し、私は「この美味しさが分からないなんて、可哀想に」と言い返す。


 「落ち込んだ拓也の機嫌も復活させた、最強の一品――それが、我が家の誇るから揚げなのよ、ミタ!」

 「ふぅん」

 「何かしら、その興味のなさそうな顔は!」

 「いや、逆に何だそのキャラは、っていう感じなんですけど」


 私のから揚げに対する情熱を見ても平然としているミタはとりあえず放置するとして、私はテーブルに向かって飛んで行った。


 「ねえお母さん、今日は仕事大変だった?」

 「何、未玖? 私のこと心配してくれているの?」

 「いや、別に? 何となくね」

 「ふふ、母さんの仕事はいつも大変よ」


 母親の返事はいつも通りだった。

 私はテーブルに座り、母親はまだ台所で残りのおかずを温めている。

 私は、後ろで何だかんだいってから揚げに目を奪われているミタに小声で呟いた。


 「食べたいなら、またお母さんが見てないときにあげるよ?」

 「……遠慮します」


 以前にも何度か実施したことがあるおかず分け与え作戦(ひどい命名である)は、どうやらあまりミタには好かれていないようだ。

 まあ、仕方のないことではある。力加減、方向……私のコントロール力のなさが原因なのだろう。


 母親が席に着く。彼女は、私の斜め前の席に座った。

 いつも通り。


 「いただきまーす! ん~、やっぱりお母さんのから揚げは最高だね」

 「そうよ、母さんのから揚げはこだわりがちがうもの」


 そう言って母親は得意そうに笑ってみせる。

 後ろでミタが「すぐに調子にのるのは遺伝だな」と呟いていた。大変失礼である。


 彼女は斜め前の席で、いつものように自慢の料理の秘訣を語り出す。

 今まではこうやって、隣の拓也と母の自慢話を呆れながら聞いていた。


 でも今は、私の隣には誰もいない。


 「困るわよね~。二人ともいっつも帰りが遅いんだもの」


 自慢話の後は、いつもの彼女の愚痴である。

 私は「そうだね」といつものように返事をした。


 「お父さんは単身赴任が長いし、拓也も合宿が長引いているのよね。二人とも、なかなか帰ってこないんだもの。私のご飯なんて、食べたくないのかしらね」

 「……そんなこと、ないよ」


 私はから揚げを食べながら、いつものように彼女を励ます。

 「お母さんの料理、美味しいよ」



 家の中は、暗いままだ。

 食卓だけに灯った明かりは、決して明るくなんてなかった。


 テーブルに空いた空席が埋まることは、もう二度とない。

 私の前の父親の席は、もうとっくの昔に空っぽになってしまった。

 私の横の弟の席は、この間空いてしまった。


 私達の家は、暗いままだった。

 私はそんな家全体に再び明かりを灯すことはできなかった。

 家族を、母親を励ます言葉をかけ続けることしかできない。

 こんな、空虚な言葉でしか。


 「大丈夫だよ。……お母さんには、私がいるよ」


 私には、拓也を守ることができなかった。

 私の力では、大切な人を守ることができなかった。


 母親の目を見ることができなかった。

 母親を追い込んだのは、私のせいだったから。

 私が拓也を守れなかったから。


 家族を二人失い、現実から逃避した母を現実に引き戻すことはとても残酷なことのように思えて、

 私には何もできなかった。


 母を追い詰めた私の空虚な言葉に意味はなく、

 そんな私の言葉が、母親に届くはずなんてなかった。


 彼女は愚痴を続けた。

 私はいつも通りの相槌をうつ。


 もうこの生活にも慣れてきた。

 母はあの時からずっと、止まった時間の中で生きている。



 でもね、お母さん。

 私は、前に進むよ。

 こんな私でも、できることがあるって思えるから。


 私は大切なものを見つけた。

 それは、私の進むべき道――私の、やるべきこと。


 こんな力を得ても――私が存在する価値を、見つけたから。


 大切な人間を失った母や私のような人間を救うことが、私にはできる。


 あの事件で命を落としたのは、拓也だけじゃない。

 多くの人が苦しんだ。多くの人が命を落とし、その家族が、大切な人を失った苦しみを味わった。


 私は全ての苦しみの元凶となったあの男を殺すことで、多くの人を救うことができたんだ。

 それが、私が力を奪ってしまった――いや、きっと神様から力をもらった理由なのだろう。


 所詮は人殺しの力。人を守ることなんてできない。

 でも、私は他の人のために、この力を使うことができる。


 私は、同じように苦しむ沢山の人の心を救うことができる。

 この力はきっと、神様からもらった力だから。


 ミタには、大事な仕事があるんだよね。

 それなのに、力を奪ってしまって……迷惑を掛けてしまったかもしれない。


 でも、ミタの邪魔にはならないと思う。

 これ以上、ミタに迷惑を掛けたくない。


 もう、大切な人が苦しむのは、見たくない。

 そのために私は、私のやるべきことをやるだけ。



 そのために私は、苦しみの元凶を……消すだけ。

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