第22話 神峰将
翌日、放課後。
部活をどうしても休めないという生徒を除き、私達の教室にはほとんどの生徒が集まっていた。
早速、学級委員の彼女――前原千夏が先導を切り、私達は授業モードから文化祭モードへと切り替わった。
教壇に立つ前原さんが何やら鞄からごそごそと取り出したのは、劇の台本のようだった。
「これ、皆の分の台本ね。一人一部ずつ取っていって」
脚本製作兼全体監督――それが、彼女の役割である。
しかし一日ですべてのストーリーと台詞を書き上げ、さらに印刷まで終わらせているなんて。
前々から感じることはあったのだが、やはり、彼女の仕事の速さには目を見張るものがある。
私達は各々自分の分の台本を受け取ると、早速パラパラ、と内容を確認した。
ストーリーは基本的に彼女に任せることで合意していたのだが、一体どんな内容に……
「未玖、『ロミオとジュリエット』ってやつをやるんじゃなかったのか? 何かタイトル違うんだけど」
ミタが不思議そうに尋ねてくるので、周りにバレないようこっそりと返事を返す。
幸い、周りも自分たちの劇のストーリーについて賛否両論コメントをつけざわついているところだったので、多分、ばれないだろうと思いつつ、
「私たちはあくまでパロディでやるからね。ストーリーも本物とは少し違うんだよ」
「ふぅん」
ミタは「まあ俺は本家のストーリー自体知らないから、どっちでも良いけどさ」と言いつつ、私の台本を覗き込む。
そしてそのまま、しばらくの間私とミタは台本をパラパラとめくり、物語全体を大まかに眺めていた。
「へぇ、なかなか面白いじゃん、この劇」
「うん、凄いよ……これを一日で書き上げちゃうなんて、さすが前原さんだ」
「あの子、そんなに凄い子なんだね」
ミタが感心したように呟くので、私も彼女について説明を加える。
「そうだよー。前原さんはリーダーシップだけじゃなくて、文章力もあるんだから。成績だっていつもクラスで二番だし」
あぁ、何でもできるってかっこいいなぁ。
その分私の才能は皆無だけど……成績だって、下から数えた方が圧倒的に早い。
私はこの前の数学の抜き打ちテストの結果を思い出して、げんなりとため息をついた。
テストの直後、もちろん呼び出され、補修を受け、鼻眼鏡先生(担任)との面談もした。
それはもう、みっちりと……。
天と地ほどにまで離れた差――とでもいうものを実感しうなだれる私に、ミタが 「まぁまぁ、そんなに落ち込むなって」と励ましの声をかけてくる。
が、私の頭の中に依然として「月とスッポン」という単語が消えずに残った。
「でもすごいな、そんなあの子を上回る成績のやつも居るんだろ? 彼女が二位ってことはさ」
「……それはまぁ、永美は、何でもできるから」
私達の近くから居なくなってしまった永美。
さらに落ち込む私に、ミタの今更な発言が追い打ちをかける。
「あぁ、最近未玖の傍に居る友達の数がいつもより少ないと思ったら、その子が居ないのか」
――ミタ、今まで私達の何を見てきたのよ……。
ミタの周囲の人に対する注意の浅さにげんなりする暇もなく、彼は台本を見ながら再びコメントをつけ始めた。
「それにしても、村人の数なんだか無駄に多い気がするけどなー。未玖はどの役だったっけ」
私は机に肘をつき、机上に広げた台本を眺めながら呟いた。
「……私は村人Qの役だよ」
「へぇ――って、うわ、台詞少なっ! 本当に一言しか喋んないじゃん」
「私にもできる唯一の役だよ……本当にこの役で良かったぁ」
ヘマする心配なし。それに、一番楽にこなせる仕事だし。
「そっか、そう言ってくれて僕も嬉しいよ」
「そう、嬉しいんだ……って、え?」
「僕」という聞き慣れないミタの一人称に違和感を感じ振り向くと、そこにはもう一人別の人物が立っていた。
その瞬間、私は先程の台詞がミタではない別の人間の台詞であったことを悟ると同時に、独り言を思いっきり聞かれてしまったのではないかという不安に駆られた。
「はは、花ちゃんが言ってた通り、本当に面白いね、君。で、誰と話してたの?」
「えっ……あ、えーっと……」
悪い予感は100%の大当たりだったようだ。
私が焦ってまごついていると、彼は「冗談だよ」と言ってにっこりと笑う。
「はは、誰も居るわけないよね。からかってごめん」
「あ、うん……そうだね。あはは……」
やばい。誤魔化す隙もなかった。
彼のペースに完全に乗せられてしまったところで、彼の方が先に口を開いた。
「僕、村人P役でさ、君と夫婦なんだ。だから、一緒に練習した方がいいかなと思って」
「そっか、相手の……」
「という訳で、村人役頑張ろうね、蒲田さん」
「でも、台詞はたった一言だけどね」などとは言えず、私は苦し紛れに笑い返した。
普段あまり話したことのない相手だったが、どうやら私の人見知りが発動するより前に彼の言葉がうまく私を安心させてくれているようで、気がつけば私はすっかり彼の話に引き込まれていた。
それからしばらく二人で話をしていると、背後から首筋に急に衝撃を感じた。
首に抱き付くように背後から攻めてくる人物には明らかな覚えがあった。
こんなことをしてくるのは彼女しかいない。そして、後頭部のあたりから聞こえてきたその声は、紛れもなく私が思い描いていた人物の声そのものだった。
「その声は花でしょ。どうしたの?」
「やっほ、未玖! どう、調子は?」
「はっ、花ちゃん! 何しに来たんだよ」
「えー、良いじゃん遊びに来たってさー。ねぇ、満咲?」
――そこは私に聞くのでは?
花は隣にいる満咲に視線を向けた。
急に話を振られた満咲は、花の隣で苦笑を浮かべていた。
「で、未玖、こいつに何か変なこと言われなかった?」
「へ、変なこと? 別に言われてない……よ」
出会い頭はバッドタイミングで焦ったけど、結局何とか誤魔化せてるし。
「何で僕が蒲田さんに変なこと吹き込まなきゃいけないんだよ」
「えー。だって将だし心配だからさー」
「何だよそれ、ひどい理屈」
「将」……そっか、この人は「将」君だったっけ。
人の顔と名前を積極的に覚えようとしない私にとって、普段あまり話さないような人の名前は覚えているはずもなく。顔すら危ういのに。
私は目の前に居る人物が「将」であることを認識し、とりあえず彼の名前と顔とを一致させた。
「で、未玖は本当に何にも変なこと言われなかったの?」
「い、言われてないよ?」
私の顔を覗き込みながら「ならいいけどさ」とつまらなそうな顔を浮かべる彼女を見て、私は苦笑していた。
昔から家が近所で、幼馴染だという花と神峰将君は、さすが昔からの付き合いだと言えるほど仲が良かった。
それからしばらく談笑した後、サボりの疑惑をかけられた私達は実行委員長の前原さんに一喝されてから、それぞれの練習や作業に取りかかった。




