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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第21話 文化祭の打ち合わせ

 外から蝉の鳴き声が聞こえてくる、残暑のしぶとい9月半ば。

 現在私達は、教室で学級会を開いているところである。

 テーマはそう、来たる10月のイベント――


 「さて、このクラスで行う文化祭の企画についてですが、何かやりたいことがある人はいますか?」


 学級委員の前原さんが黒板の前に立ち、意見を募る。

 クラスのあちこちで文化祭の出し物についてざわめきが起こる中、私はというと、「文化祭かぁ」と呑気に一人構えていたところであった。


 特に有益な意見も出さず、ただただ呆けていた私を後ろの席からつついてきたのは、神崎(かんざき)花――いつもお世話になっている私の友人である。


 「もう文化祭の季節かぁ~。なんか一年って早いよね~」

 そう言うと、花は後ろからだらり、と日に焼けた腕を伸ばしてきた。


 「えっ、でもまだ9月だから、一年の半分くらいしか経ってないよね?」

 「そーいう細かいことはいいの。で、未玖は何かやりたいことあんの?」

 「わっ、私?」


 さっきまでまったく文化祭のことなど蚊帳(かや)の外のことのように考えていた私にとって、その質問はあまりに唐突に感じられた。


 「私は特に……」

 「ふーん、じゃあ何が良いのかね~」


 花は首を軽く傾げながら、あれこれとぶつぶつ呟いている。

 私はというと、いつもこういった話し合いには積極的に参加する方ではないので、クラスの方針が決定したらそれに従えば良いや、などと軽く考えていた。


 「未玖……君ちゃんと考えてないでしょ」

 ――ギク。


 隣でミタが訝しげな表情を浮かべているのが見える。

 私はぎこちなく笑って誤魔化していると、ミタはハァ、とため息をついて「ダメだこりゃ」と呟いていた。


 しかし、この時私はまだ知らなかった。

 この後決定するクラスの方針が、クラスの出し物が、私にとって最悪の相性であることを。


 そして、20分程経過した頃。

 その決断は、多数決によってなされたものだった。故に、私の力ではどうすることもできなかった――いや、多数決でなくても私にクラスの意思を揺り動かす力などないですけれども。


 様々な候補があがった中で最終的に絞り込まれたのは、お化け屋敷か劇だった。そして、多数決で決定することになったのだが。

 私はお化け屋敷になることを激しく望んでいた。なぜなら、私は劇をやりたくなかったからである。

 一瞬劇という候補があがっていたときに阻止できれば良かったのだが……自分で言うのも悲しくなってくるが、それを阻止する力など私が有しているはずもなく。


 そういうわけで、私の必死の祈りも空しく、私のクラスの出し物は結局劇に決まったのだった。


 一人、心中で絶望しフリーズする中、後ろからニヤついた笑みを浮かべながら私に話しかけてきたのは、何やら面白そうなことでも見つけたかのような意地悪い顔をした花であった。


 「どうしたの~未玖、フリーズしてますけど」

 ニヤニヤ。一体何がそんなに嬉しいのだろう。私はこんなにも絶望しているというのに。


 「だって……まさか劇になっちゃうなんて……」

 「ん? 未玖イヤだったの、劇?」


 私は小さく頷いてから、うつむいて呟いた。

 「でも、もうどうしようもないもんね……」


 花は「まあもう決まっちゃったしね~」と軽く受け流しながら、ニヤニヤ。

 一体何だというのだ。


 「ぐふっ、だって、未玖、演技とかめっちゃ下手そうだもんね、ぐふっ、あっははは!」

 どうやら、君の辞書の中に「失礼」という言葉は無いようだね?

 「そんなに笑わなくたって……私は大変なのに~」

 「ごめんごめん。ぐふっ、でもさ、未玖なら何とかなるって。ぐふふ、だ、大丈夫っしょ」

 言葉の一つ一つに悪意が感じられるよ!

 「でもまぁ、そういうのも味があっていいじゃん。そうだね、ふむ……技術云々じゃなくて、クラス全体でつくることに意味があるのだよ」


 わぁ、何か変な口調だし、良いこと言ったみたいな顔してるけど。

 ああでもそうだった、この人はこういう人だった。


 はぁ。劇かぁ……嫌だなぁ。

 だって私、小学校で劇やった時には脇役でも緊張しちゃったし……。


 それに、実際花の言う通りなわけで。

 やっぱり私、演技下手なんだもん……。


 私が力なくため息をつく中、後ろの席では花が私の不幸を笑い、私の隣ではミタが面白そうにケラケラと笑っていた。


  ☆★☆


 「で、未玖は主役張んなくてよかったの?」

 「えっ、何言ってるの花! いいよ、私が主役なんて!」


 お昼ご飯を広げる私の横から、花がニヤニヤ笑いながら「それじゃ面白くないじゃんー」と不満をこぼしていた。

 というか本当に、私が主役なんてやろうものなら、劇が崩壊する。ダメ、ゼッタイ。


 「でも、『ロミオとジュリエット』って定番だけど、やっぱりいいよね。私、人生で一度はやってみたかったんだ~」


 満咲は小さな卵焼きを頬張りながら、にこにこしていた。

 微笑む彼女の柔らかな黒髪が、ふわりと揺れる。


 「そうだね~。でも、未玖が主役だったら面白かったのにさ~。……皆してアイツ推すんだから」


 花は急激に声のトーンを落としてから呟くと、弁当の肉を箸で思いきり突き刺した。



 今回の劇で主役を演じるのは永美だ。

 劇の配役決めの際、真っ先に主役としてクラス中の視線が向けられたのは彼女だった。

 理由は単純で、彼女なら一番器用にこなしてくれる、とクラスの誰もが思ったからである――今私達の隣で不満をこぼしている、神崎花を除いて。


 昔の二人はこんなんじゃなかった。

 こんな、犬猿し合うような仲じゃなかったはず。


 それが今では、お互いに顔も見たくない、という程に仲違いをしているようだ。


 以前は四人で向かい合って座って食べた昼食。

 今は永美が居なくなって、三人で食べている。


 今、永美がどこに居るのかは分からない。


 お昼になるとすぐ、教室を出て行ってしまう永美。

 私達が追いかけて話を聞こうとすると、花がそれを制止する。


 「あんな奴、関わらない方がいい」――そんな台詞を花が永美に対して言ったことなんて、一度もなかった。


 一体、花と永美との間に何があったのだろう。

 そう考えて不安でたまらないのはどうやら満咲も同じようで、先程からチラチラと居なくなったいつもの永美の席を見つめている。


 一人分、居なくなった机。

 三つの席を合わせたときの埋まらない空間が、ひどく寂しく感じられた。


 永美と、もう一度一緒に過ごしたい。

 またいつものように四人で、他愛もない話をして、笑って過ごしたい。


 永美と花を傷つけずに仲直りさせる方法――

 果たして私に、それができるのだろうか?



 悶々と頭を悩ませる私の横で、当の花はというと、笑いながら満咲をおちょくっていた。


 「アイツが主役ってのはまあ甘んじて許可するとして……満咲はなんで裏方に回ったのかね」

 「えっ、い、いいよ私は~。演技だってあんまり上手くないし……」

 「でも未玖よりはマシなんじゃない、演技?」


 ニヤリと笑う花。対して、満咲は返すべき言葉が見つからず、

 「えっ、そ、それは……」

 「はは、冗談冗談」

 そして散々に侮辱されているとも一向に気がついていない私に、花が話を振った。


 「でも、未玖は一応ちゃんと役あるんだよねー。何だっけ、未玖の役って」


 うっ。そうなんだよね……。

 確か一番最後に残ってた役で、

 「村人Q……だったかな? いや、Sだったかも」

 大した役じゃないからまだ良かったけど。


 私は演技は大の苦手だ。

 でも、優柔不断な私は、いざとなると物事を決めることができない。


 満咲は平気そうにしてるけど、メイクに道具のスタンバイ、照明器具の扱い、音響諸々……

 裏方もいざとなると大変そうで、それに比べて一言くらいしかしゃべらなくて済む村人役のどちらがマシか、払わなければならない労力を天秤にかけて悶々としていたところで(それに、ミタのちょっかいも入ってきたし)、いつの間にか私の配役は残っていた村人夫婦役になっていたのである。


 「……ま、仮にちょっとしか台詞がなかったとしても安心してよ、未玖! あたしが指導してみせるからさ」

 「なんか自信満々だね、花」


 私が思わず苦笑していると、花は「まぁ現役の演劇部ですから?」と得意げにしたり顔を浮かべていた。


 「さっそく、明日から放課後に練習かぁ」

 そう言って、何だか文化祭モードになってきたね、と微笑む満咲の言葉に、私達もそれぞれ文化祭が近いことを実感した。


 文化祭では劇をやることになった挙句、思わずながらまた緊張する舞台に立たなくてはならなくなってしまったが……。

 まあ大丈夫だろう。どうせ、私の台詞は一言二言だけ。ステージに立つのも、一瞬だけだし。


 それより今一番問題なのは――どうやって永美と花を仲直りさせるか、なのだ。

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