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wink killer  作者: 優月 朔風
第4章 家族
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第19話 届かぬ想い

 今日は、隣の席の子が休みだ。


 いつもあの子が隣にいるだけで、私は毎日が楽しかった。

 だから、隣の机が寂しそうにぽつんと空いているのを見ると、胸が苦しくなってくる。


 もう、あの子が学校に来ることはない。

 これから先も、ずっと。

 私の隣の席はこのままずっと、空席のまま。


 私が彼の死を知ったのは、つい先日のことだった。

 だから正直、気持ちの整理は全くといっていい程ついていない。


 それは突然私に訪れた、不幸の知らせ。

 あまりに突然すぎて、それが到底現実のことだとは思えなかった。


 まさか、死んでしまうなんて。

 突然いなくなってしまうなんて。


 彼は何の前触れもなく、たった一人でこの世から姿を消した。

 私は覆しえない現実を目前にして、どうすることもできなかった。


 もう彼と会うことはできない。

 その事実を拒絶し、絶望し、そして私の中である思いが込み上げてきた。


 一体何故、彼が死ななければならなかったのだろう。


 彼を死に追いやった犯人への激しい怒りは、瞬時にしてやり場のない痛みへと変わる。

 いくら問い詰めようとしても、

 いくら罪を償わせようとしても、既に犯人は死んでいるのだ。


 時間を巻き戻すことなどできず、何をもってしても覆すことのできない「彼の死」という現実が、容赦なく私に襲い掛かってくる。


 (どうして死んじゃったの……?)

 答えが返ってくるはずのないことを知りながら、私は左隣の空席を見つめ、祈るようにして問いかけた。


 (どうして……答えてよ……)

 無意味な祈りだってことも、分かってる。

 でも、いつものようにこう思わずにはいられないのだ。


 (聞いてるの? 拓也君……!)


 一方通行の質問が、何もない空間に霧散していく。


 ああ、そっか。

 そうだよね。当たり前だよね……今は私しかいないんだもん。

 拓也君が勝手にいなくなっちゃうから。


 《ありがとう、片梨。また月曜日な》


 また月曜日、って言ってたのに。

 初めて名前、呼んでくれたのに。


 拓也君の嘘つき。

 死んじゃったらもう会えないじゃん。


 死んじゃったら……

 拓也君が死んじゃったら、私……


 そうだよ、……私、

 結局、拓也君に一回も気持ち伝えられなかった……。



 窓の外で、曇り空が重たい風を運んでいる。

 曇天に遮られ日の光の差さない街が、ひどくよどんで見えた。


 1時限目の授業は彼の嫌いだった世界史で、

 教師の話も聞かずに彼とやり合った手紙のことを思い出して、


 現実という空間にひとり残された私は、声を押し殺し、ただただ泣いていることしかできなかった。


  ☆★☆


 次第に雨の降りだした街の中で、俺は自分の居るべき場所へと向かって走っていた。

 空中を駆ける彼のスピードは次第に増していき、俺を駆り立たせる本能が「急げ」と忠告する。


 つい先日感じた妙な「違和感」。

 それは何か嫌な予感めいたものをはらんでいるような気がしたが、ちょうど自分の追うターゲットの気配を近くに感じていたということもあり、その時はそのまま放置することにしていたのだが……。

 はやり、何かの前兆であるような気がして、気にならずにはいられなかったのだ。


 (未玖……無事でいてくれよ……!)


 切なる願いを抱きながら、未玖の家へと急ぐ。

 そして彼女の家に着き、窓の中を覗いた。


 既に夕刻、部屋の中には明かりが灯っていて、どうやら一見したところいつも通りのようだ。

 彼女の身の安全を確信し、とりあえず俺は胸をなで下ろした。


 部屋の窓を軽く叩き、「入れてくれ」と中に声を掛ける。

 未玖はいつものように窓を開け、中に入るよう促した。


 「ただいま」

 俺が部屋の中に入ると、未玖は小さく「おかえり」と呟いて微笑んだ。


 (良かった……。君に何かあったんじゃないかと思ったけど……何もなさそうで、本当に良かった)


 自分の心配が無用の長物となったことに安堵しつつ、俺は雨で濡れた黒いコートをたたみ、いつものように机の前のイスに座った。

 隣でぼんやりと窓の外を眺める彼女を見ながら、俺はいつもの口調で話した。


 「その……しばらく帰って来れなくて済まなかった。いつも、その……君を置き去りにするつもりはないんだけどさ」

 しばらく会えない恋人同士のようなセリフを吐きながら、思わず照れ笑いを浮かべる。


 「また……しばらくは君の厄介になることになるんじゃないかな……と思うんだよね。恥ずかしながら」

 しかし、依然として黙り込んだまま何も話そうとしない――いやむしろ、先程からずっと窓の外をぼんやり眺めたままの彼女を見て、さすがに俺も違和感を覚えた。


 「未玖?」


 俺の呼びかけに我に返ったのか、未玖は一瞬はっとしてから、すぐさま俺の方へ顔を向ける。


 「何、ミタ?」

 その笑顔はいつもと変わらないように見えた。

 だが、何かが違う気がする。


 「いや、……何でもないよ」

 未玖の浮かべる表情が、どことなく固いような気がした。

 いや、しばらくぶりに会ったせいか。

 でも……本当に気のせいだろうか?


 「そっか」

 未玖はそう言うと、再び窓の外へと視線を戻す。

 その目が何だか寂しそうに見えて、自分の中で再び違和感が沸き起こってくるのを感じた。


 はっきりとは分からないが、何かがおかしい。

 今の彼女からは、何だかそんな印象を受けた。

 何かを諦めてしまったかのような表情が、そこにはあった。

 彼女の視線は外を見つめていて、どこを見つめているのかはっきりしていないような感じを受けた。


 まるで生きているのに疲れた、とでも言うような無気力な表情。

 笑うともなく、泣くともなく、喜怒哀楽の一切を忘れたとでもいうように、ぼんやりとただじっと外を見つめる彼女の顔は、どこか以前とは違うような感じがした。


 俺の中に、一抹の焦りが生じた。


 あたりを見渡してみる。

 部屋の中は特にこれといって変わった様子はなかった。

 整えられたベッド。クローゼットの前に掛けられた制服。相変わらず積まれたままの机の上の教科書……。


 そして、俺は机の上に不自然に伏せられた写真立てがあるのを見つけた。

 立ち上がってその写真立てを手にとる。

 そこには彼女が家族と写っている一枚の写真があった。

 写真の中の彼女はいつもと同じで、まだあどけなさの残るその表情には、幸せそうな笑顔が満面に写し出されていた。


 ――「できた家族」。

 ふと、俺の頭の中にそんな言葉がよぎる。


 俺がその写真を眺めているとき、背後から彼女が小さく呟いた。

 そしてその言葉に、思わず全身が硬直した。


 「拓也はね……死んだんだよ」

 「……!」


 思わず声が詰まって、外に出せなかった。

 そして、未玖の声が先程から変わらず依然として落ち着き払っていることに、俺はいやに違和感を覚えた。


 「ミタは居なかったから知らないよね。……私、また力使ったんだ」

 「…………」

 彼女は淡々と言葉を続ける。


 「でもね……私、拓也のこと救えて本当に良かったと思うの」

 「……どういう、ことだよ……?」


 彼女はにこりと微笑む。彼女の言葉に、俺は背筋の凍りつくような思いがした。


 「ミタ……ありがとう」


 違和感が俺を支配した。

 台詞と表情と、状況が矛盾している。


 一体君は、何が言いたいんだ?

 何を……考えているんだ……?


 彼女の中で何かが、矛盾している。

 その矛盾に、俺は身体の底が冷えきるような恐怖を覚えた。


 「未玖……」


 伏せられた写真立て。

 整えられたベッド。

 依然として積み上げられた教科書。


 変わらない、何も変わらない部屋。

 彼女の目の下の隈は、いつもより濃く、深く刻まれていた。


 まさか。

 君はずっと寝ないで――


 ずっと、そんなところに座って――俺のことを待っていたとでもいうのか……?


 「俺は……その……」

 「ん、何? ミタ」


 彼女のいつも通りの変わらない笑顔が胸に突き刺さった。

 自分のいない間に一体何があったのだろうか……そう思うと、やりきれない思いでいっぱいだった。


 自分がいなかったせいで、彼女にどんな思いをさせてしまったのだろう。

 結局俺は、彼女を守るために何もできなかった。


 「済まなかった、未玖」

 「…………」


 言葉が思いつかなかった。

 ただ、謝罪の言葉を述べること――今の俺にできることは、それくらいしか残されていなかった。


 「俺がいない間に、……その……辛い思いをさせてしまって」

 「…………」


 《俺……戻ってくるから》

 《必ず戻ってきて……未玖のこと絶対に守るから》


 君の命を守る、と決めたのに。

 君を危険にさらさない、と決めたのに。


 全部嘘じゃないか。

 俺は……本当に嘘つきだな。

 最低の、嘘つきだ。


 「君を守るために、俺は、何も……」

 「ミタ……?」


 彼女の不思議そうな顔が視界に入る。

 それから、未玖はにこりと笑って言った。


 「良いんだよ、ミタ? 何も気にしなくて」

 「えっ……」


 今にも消え入りそうな表情で、彼女はかすかに微笑みながら言った。


 「私はもう、あなたがいなくても……自分の存在価値が、見つけられるようになったから」


 彼女は再び視線を窓の外に戻す。

 その瞳が既に自分を捉えていないという事実に、俺はこの時点でようやく気がついたのだった。

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