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wink killer  作者: 優月 朔風
第4章 家族
20/96

第18話 門田刑事

 狭い個室の中、下谷は自らの職務を全うすべく励んではいたものの、なかなか思うようにいかず難渋していた。


 (それもそうよね……。あんな事件の現場に居合わせて、きっと相当強いショックを受けたはず)


 彼女の目の前に居るのは、高校2、3年生くらいの女の子。

 先程から声をかけ続けてはいるものの、彼女はうつむいたままで、何も話そうとはしなかった。


 今まで何度か被害者のために力を尽くしてきたことがあったが、今回は今までにない凶悪な事件でもあり、彼女の抱える苦しみは計り知れない。


 事件は数人の被害者を出し、その内の一人には彼女の身内が含まれている。

 さらには彼女自身も脅威にさらされ、ずっと死と隣り合わせだったのだ。


 まだ高校生である彼女にとって、この事件は耐え難いものであったことに間違いない。

 彼女はきっと、今も恐怖に苦しんでいるのだ。


 下谷に出来ることは、彼女が少しでも元気を取り戻せるようにとり計らうこと。

 そのためには、彼女が少しでも心を開いてくれる必要があるのだが……。


 彼女は先ほどから押し黙ったまま、うつむいていて何も話そうとしないのだ。



 この事件の犯人は、既に死亡している。


 原因は不明。

 そう――この犯人は、実に不可解な死に方をしていた。


 以前からこのような不審死が無かったという訳ではない。

 下谷の知る限りでは、最初の事例が起こったのは2か月前のことだった。


 警察署内を騒然とさせた、ある男の不審死。


 死亡者の身元も定かではなく、これといった確かな情報が手に入らない。

 そもそも、誰かの意図した事件なのか、何らかの事故なのかも分からない。

 仮に事件であったとしても、犯人は愚か、凶器については推測のしようもなかった。


 犯人の動機も、その人物像も、全くもって雲を掴むような捜査だった。


 そんな中、不審死は再び起こった。


 試行錯誤。

 空前絶後とも言える異色の狂気的なこの事件に難渋した挙句――

 警察は、捜査を中止することとした。


 以来、警察ではこの不審死については触れることがなくなった。

 そして、「事件」ではなく「事故」であるとして、捜査は完全に打ち切られることとなった――のだが……。


 それからしばらくして、今回の不審死である。


 あれ以来、これに関連する事柄については一切に報道規制がかかっている。

 警察でもこれに関する話題はタブーとされ、それは世間一般でも同じような風潮であった。

 しかし、それが今回の不審死の後どうなるだろうか。


 (またマスコミがざわついたりするようなことがあれば……警察はどう対処するべきかしら)


 彼女はこれから世間がどれほどの混乱に包まれるか想像し、頭を横に振った。


 (このままこのことを報道したりしたら、いたずらに世間を騒がせるだけ。やっぱり、このことは黙秘すべき……人々の不安を煽るようなことはマイナスにしかならないもの。それに……)


 彼女はテーブルを挟んだすぐ前でソファーに座る彼女を見ながら心の中で呟いた。


 (もうこの子には、今回の事件絡みのことで思い悩んで欲しくない)


 そう思いながら彼女が再び未玖に声をかけようとしたとき――

 事情聴取室……否、カウンセリング室内に、突然とある人物が乗り込んできた。


 「お話中かな? 失礼するよ」

 茶色いスーツを身にまとったその人物は横柄な態度で入口のドアを開けると、ずかずかと中に入ってくる。

 半ば強引に見えたその登場をきっかけにカウンセリング室内の沈黙は破られたが、その人物の姿を捉えるや否や下谷の表情は一変した。


 「門田(かどた)さん……!」

 「やあ、君は、えっと……」

 「下谷です」

 「そうか、下谷君か」

 はは、と笑いながらそのまま机に向かう門田を見て、下谷は明らかに不快といった表情を浮かべた。


 「え、えーと……その、今回は一応僕もご一緒させていただきますので……」

 門田の後ろから、影の薄そうな男性が弱々しい声を上げる。


 「……あなた、誰でしたっけ」

 「ひっ、ひどい」

 「俺の部下の宮田(みやた)だ。影は薄いが熱意は人一倍でな。是非一緒にって言うもんだから、連れてきたんだ」

 「そうですか……って、そんなことはどうでもいいんですよ、門田さん! 何しにいらっしゃったんですか」

 「どっ、どうでもいいんですね……」


 下谷は、宮田のことなどさておき、門田を睨みつけた。

 が、門田はあっけらかんと笑って答える。


 「はは、何って、決まってるじゃないか。……この子に少し質問させてもらうだけだよ」

 「……!」

 門田の返答を聞いた彼女は、すぐさま門田を遮った。


 「質問って……! 門田さん、あなたがやろうとしているのは……」

 「ハア……どいつもこいつもうるせえなぁ。いいか、俺の仕事の邪魔はすんなよな?」

 「なっ……」


 すぐ横で下谷が止めようとするのも構わずに、門田はニヤニヤと笑みを浮かべながら未玖に声をかけた。


 「初めまして、だな。……蒲田未玖さん?」

 「…………」


 未玖は、今目の前にいる刑事が、自分に対して女性警官と明らかに違う態度を示しているということは分かっていた。

 机に手を付き、勝ち誇ったような笑みを浮かべている目の前の刑事が何を言ってくるのだろう、と身構えながら、未玖は彼の次の言葉を待つ。

 が、その言葉に彼女は一瞬驚いた。


 「君は……一連の、不可解極まりない『連続殺人事件』について何か知っているかな?」

 「……!」


 いや、もともと聞かれるだろうとは思っていたことだった。

 しかし、ここまでまるで一人としてそのことを聞いてくる人が居なかったのも事実なので、正直彼女は突然の質問に驚いていた。

 でも考えてみれば、ここまで一人もそのことについて触れてこなかったのもおかしい。

 未玖がしばらくの間沈黙していると、下谷が声を荒げて言った。


 「門田さん! そのことについては、この子とは何も関係がないはずです! それに、それは『事件』ではないと決まった話じゃないですか!」


 下谷が門田を睨みつけながら放った言葉に、門田はハア、とため息を吐いて言った。


 「これだから今の警察はダメなんだよ……。いいか、あんなもの俺は『事故』とは認めないからな。この俺が生きている限り、俺は例の『事件』を追い続ける」

 「あなたがそう言って独断で動くことで、あなたに着いていく部下も巻き込まれていることをご存知ですか」

 「ぼっ、僕は……門田さんが間違っているとは……お、思えないです……」

 「ほらな、こいつ含め、俺の部下は自分の意思で俺に着いて来てるんだ。君達のような腰抜けがいくら警察に多いからって、まだ俺の周りにはちゃんとした部下がいるんだよ」

 「なっ……私が腰抜けですって……!?」


 下谷がいよいよ怒りを顕にしたところで、門田は機嫌の良さそうな表情のまま未玖に質問を続けた。


 「で、どうなんだ? 君は何か知っていることは……」

 「門田さん!」

 「……知りません」


 未玖が小さい声で呟く。

 それを聞いた門田は、「へえ……そうか」と言いながら、ニヤついた笑みをさらに綻ばせる。

 その横で下谷は「もう彼女に事件のことで質問するのはやめてください」と叫ぶが、相変わらず門田は聞く耳すら持たない。


 「じゃあもう一つ質問だ、蒲田未玖さん」

 「…………」

 未玖はうつむいたまま、彼の言葉を待っていた。


 「君は一連の『連続殺人事件』について、どう思うかな? 次々と人間が不可解な死を遂げていく、あの『事件』について」

 「もうやめてください、門田さん!」

 「君は黙っててくれ」

 「…………」


 少しの間沈黙が続き、門田は未玖を見ながら終始ニヤついた笑みを浮かべていた。

 そして彼女はゆっくりと顔を上げ、門田を見上げゆっくりと口を開く。


 「私は……感謝しています。あの男が死んだこと」

 「……へえ」

 門田は未玖の返答に意外だとでも言いたそうな表情を一瞬浮かべた後、次の彼女の言葉に耳を傾けた。


 「あの男がもし死んでいなければ……私の悲しみは……この怒りは、もっと大きかった。あの男が死んで……実際に救われた人は私の他にも沢山いると思います。少なくとも、今回の被害者は」

 未玖の真っ直ぐな瞳に、門田は予想外といった表情で口を開いた。


 「じゃあ君は、一連の『事件』の犯人を支持する、と」

 「犯人」という言葉に対し下谷が咎め、宮田がそれをなだめる中、未玖は門田の予想に反し驚く程に冷静な口調で答えた。


 「犯人……その存在を信じる信じないにせよ、私の気持ちは一つで変わりません。私は……弟と私を救ってくれた神様に感謝するだけです」

 「……神様、か」

 すると、門田は小さく「それも面白いな」と呟き、再び未玖を見て言った。


 「君の意見は面白い。大いに参考になる。……また来るからそのときはよろしく頼むな。蒲田さん?」

 「…………」


 機嫌の良さそうな表情のまま、彼は再び勢いよくドアを開け部屋を出て行った。

 彼の出て行ったドアを眺めながら、下谷は未玖に一言声を掛けた。


 「ごめんなさい……辛い思いをさせてしまって。あんな人の言うこと、気にしないで良いからね」

 「…………」


 その後も再びうつむいたままの未玖に向かって彼女は慰めるようにして声をかけ続け――

 こうして、初日の事情聴取及びカウンセリングは終了したのであった。


  ☆★☆


 被害にあった女子高生――蒲田未玖のケアを終え真っ先に彼女が向かったのは、カウンセリング途中に乱入しその場をかき乱すだけかき乱していった乱入者達の元だった。


 「門田さん……先程はよくも……」

 「ああ、君か。毎日おつとめご苦労様なことだ」


 顔色一つ変えずケラケラと笑いながら自分をあしらう門田を見て、下谷の怒りは徐々に高まっていく。

 それと同時に、自分という存在に気づいてもらえなかった宮田が、門田の背中から小さく声を上げる。

 「あの……僕もいるんですけど……」

 「宮崎さんは黙っていて下さい!」

 「あ、あの、僕、宮田……」

 「門田さん! あなたは、自分のしたことが何か分かっているんですか!」


 下谷が声を荒げると、門田は飄々(ひょうひょう)とした態度で答えた。


 「もちろん――ただ参考人に質問をしただけだ。『事件』解決のためのな」

 「彼女は例の……一連の『事故』とは関係ないはずです! どうして関係のない彼女を巻き込んで……ただでさえあの子は今回の事件で親しい身内を亡くしているのに……彼女の精神状態にさらに追い討ちをかけるようなことをするんですか! そんなことして、何が楽しいんですか!」


 そう言うと、下谷は門田を睨みつけた。

 彼女の言葉を聞いた門田は少し黙ってから、ゆっくりと口を開く。


 「彼女は重要参考人だ。例の『事件』を『事故』とみなして隠蔽しようとする今の警察には分からないだろうがな。……また話を聞きに行く」

 「門田さん……もうあの子には会わないで下さい。あの子の前に現れることも」

 「ほう? ……何の権利があってそんなことを?」

 「私があの子を……あの子を心配しているからです!」


 下谷が門田を睨みつける。

 門田は少し黙ってから、低い声で呟いた。


 「とにかく、俺はあの『事件』を追うためなら何だってする。いやなら俺を止めてみろ」

 「…………!」


 そのまま門田(と宮田)が去っていくのを、下谷は止めることができなかった。

 何を言っても聞く耳を持とうとしない彼を止められるだけの言葉を、彼女は見つけることができなかった。


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