閑話;カイル様の安全(アンジェリカ)
私は今、カイル様やジェシカ、お兄様といった何時も学園で一緒のメンバーに加えて、リリス様、クラック様と共にキャンデロロ伯爵領に来ております。
表向きの理由は、つい先日まで“病気療養中”という事で学園の寮に篭っておられたカイル様に『整った環境でご療養して頂く為』という事になっています。ですが本当の目的は、カイル様の療養が必要になった原因でもある、ヘンリー元王子が引き起こした騒動と、その事によってメチャクチャになってしまった隣国との関係回復です。隣国としても、継承権は低いといっても王子が巻き起こした騒動、しかも皇太子であるカイル様を害したという事で、両国の関係に大きな亀裂が生じるのでは無いかと危惧しているのでしょう。
事件については公にしなかったので、まともな謝罪の場を設けることも出来ずにヤキモキしていらしたようで、なんとか内密に謝罪の場を用意して欲しいと申し出てこられたのです。自国の問題を治める必要もあり、かつ“内密に”という事なので彼方からはヘンリーに変わって外交を担当する予定になっている第六王子様が此方を訪れる予定だそうです。
その第六王子様が、キャンデロロ子爵領までやって来られる事になっていて、カイル様はそこで秘密裏に外交を行う予定になっているのです。
私としては、まだまだ本調子とは言えない体調のカイル様にあまり無理をしていただきたくはなかったのですが、今回の件はは問題が問題なだけにカイル様が足を運ぶ必要がありますものね……。
そ、それに。
「初めての温泉はアンジェリカと行きたい」とか「アンジェリカと一緒に旅行に行って、少しでも2人の仲を深めたいな」なんて、おねだりするような視線を向けられてしまえば、私は何も言えなくなってしまったのです。
ご自分の体調や、私とジェシカに掛かる負担を軽減するために、キャンデロロ子爵領までの移動手段は魔術馬車を用意して下さる事になったので、私の心配も少しは軽減されました。
そして実際の旅程も、本来、普通の馬車であれば一週間以上、魔術馬車を使ったとしてもその半分は掛かる筈の距離をたった半日に短縮させてしまうと言う、物凄いものでした。それも、私達女性陣の事を考慮して下さって、途中に何度も休憩時間を挟んで下さった上でその時間なのですから、強行軍で行くのなら6時間もあれば到着したのだと思います。
この国の一般の貴族であれば、例え魔術馬車を使用したとしても短くて3日、下手をすれば4日は掛かる筈の旅程をたった半日にしてしまうのですから、やはり皇族は……、いえ、カイル様は凄いと思います。
まず、それだけのスピードを出す為に必要な魔石を用意する事を考えただけで、普通なら日数を妥協します。そして、それだけのスピードを出す魔術馬車の制御が出来る者等、執事……それもかなりの高能力の持ち主でなければ無理でしょう。この国にいる執事でそんなことができる者など、現在は両手で余る人数しか居ない筈なのです。
お兄様の執事もその数少ない優秀な執事の内1人ですが、恐らく今回の魔術馬車の制御はほぼ、ダニエルが1人で二台分行っていたのではないかと思います。ドガーはその補助をしていただけなのではないかと。
そんな快適な馬車移動で到着したキャンデロロ子爵領は、雪深い情緒溢れる土地でした。
カイル様は体調が本調子ではなかったこともあって、領に到着して挨拶を終えられた後直ぐに自室でお休みになったようでしたが、私たちは温泉に行ってみることにしました。雪降り積もる屋外に設置された“露天風呂”と呼ばれる温泉は、とても趣深くて気持ちの良い物でした。
普通の馬車の旅に比べれば快適とはいえ、長時間の移動に疲れ果てていたのですが、温泉に入ればその疲れがスッと癒されました。重く感じていた足の疲れも癒え、健やかな眠りに落ちることが出来たのも温泉のおかげなのでしょう。
これは明日には是非、カイル様にも温泉に浸かって頂いて、疲労回復をしていただかなければいけませんわ!
そんな事を考えながら迎えた翌朝。
とんでもない事件が起こりました。クラック様が、温泉で大怪我を負ったのです。
事件か事故か判別がつかないという事もあり、私たちは個人行動を控え、集団で動くこととなりました。
なんだか、学園で起こった一連の騒動を思い出してしまいます。あの時は、カイル様とお兄様が事態の悪化を避ける為、毎日奔走していたのを覚えています。あまりの忙しさに、私と2人きりになる時間を作る余裕もなかった様子で、私もとても寂しい思いをしました。
今回もまたそんな事態になるのかしら……。
そんな事をボンヤリと考えながら、クラック様の部屋の窓から中庭を見降ろします。
カイル様は今、ウルハラの方達と会談をされています。その間、私達の安全が保たれるようにとクラック様の部屋で待つように言付かりました。
私は、この後カイル様がお約束して下さった“デート”を心待ちにしながら、彼の安全を願います。
カイル様は、なんと言うのでしょうか……、危険や厄介ごとに巻き込まれやすいと言いますか……。私もトラブルに巻き込まれやすい方だと思っていますが、カイル様はそれを上回る勢いで色々な問題に巻き込まれ、被害をこうむっていると思うのです。
もしかしたら今この時も、何かトラブルに巻き込まれているのでは無いかと思うと、心配でたまりません。
「カイル様、早く戻って来て下さいませ……」
窓に手をつき、額をガラスに押し付けるようにして小さく呟きます。窓の外に広がる景色は、どこまでも白く美しい物だと言うのに、その美しさに堪らなく不安を掻き立てられてしまい、思わず漏れてしまった言葉でした。
そんな時です。祈るような気持ちで見つめていた景色に、私が求めてやまない姿が紛れて来ました。
共を1人も連れていない無防備な様子で中庭を歩くその姿は、どこか違和感を感じるもののカイル様にしか見えず……。
この地の安全性を信用出来ないと言っていたクセに、何故護衛の1人も連れずに無防備にあんな場所に居るのか。どんな理由があるにせよ、これは抗議しなければいけませんわ!
私は、カイル様との“中庭デート”の際に苦言を呈したのですが、その結果解った事はあれが全くの別人であったと言う事実でした。
あれ程カイル様に似た人物がいると言うことに驚きましたが、それ以上に何だか嫌な予感が致します。
あれだけ似ていれば、カイル様だと偽って何か事を起こしても、誰も疑わないでしょう。この不穏な気配が漂う地で、カイル様によく似た人物が出て来るなど、ただの偶然で済ませる事は出来ません。
そんな私の不安が的中した様に、キャンデロロ子爵を伴って現れたカイル様の偽物。
私とお兄様は直ぐに別人だと気付きましたが、それ以外は誰も……、リリス様でさえ別人だと気づいていない様です。
偽物はクラック様に用があるらしいのですが、彼の身の安全の為にも私達もついて言った方が良いでしょう。
私とお兄様は目配せだけでそう結論づけて、彼らの思惑に乗ることにしたのでした。
カイルは、アンジェリカの巻き込まれ体質をフォローして危険な目にあっているのですが、勿論気付いていません。




