第三十七話 ――燃える『三眼』――
意識を取り戻した俺の眼前には、お姉さんが居た。
金の長髪に、メガネをした、日本人離れした――まぁ、簡単に言えば美形って奴だ。
「意外ですね。久留場さんに打ち勝つとは、思いませんでしたよ」
「そう言えば、朝からの付き合いだったな、お姉さんとは」
立ち上がる俺。既に《バーレイグ》は臨戦態勢をとって居る。頼れる相棒だ。
『有悟、奴は『神格』だ――それも『流星群』と関係のない』
だろうな。そうでなくては説明が付かない。
「結局、『誰』なんだ、アンタ」
「そうですねぇ、『久留場さんの部下』、『綺麗なお姉さん』、好きに選んで頂いて結構ですよ?」
「『全部の黒幕』だろ」
「つまらないなぁ、そんな簡単な答えで、満足かい?」
『黙れ、貴様からは嫌いな匂いがする。良く知った匂いだ』
そう言い、『槍』を向ける《バーレイグ》。良く知った匂いってのはよくわからないが、嫌な匂いってのはわかる気がする。
「有悟さん、『真名開放』を今行えば、死にますよ?」
指差しながら、俺に釘を刺す『世界の敵』。
「オーディンさん、その『グングニール』を使うのでしたら、どちらかが盲目状態になりますよ?」
《バーレイグ》を指差しながら、嘲笑う。
「さて、問題です。この状態で、私に勝てる確率は幾つでしょう?」
「そんなものは決まってる!」
たとえどれだけ絶望的な状況だとしても、可能性は残されている。俺と、《バーレイグ》ならばそれは確実だ。
《バーレイグ》の『槍』が振るわれる。『真名』を一度でも開放された為か、その速さ、威力は段違いだ。並の神格であれば、『真名』を開放されて居ようが、【逸神導態】とか言う状態で在っても致命傷は免れない。
「まぁ、簡単ですよねぇ」
――しかし、そんな一撃を、彼女は人差し指と中指の二指で止めてみせた。
「答えは0ですもの」
軽く、冗談めかして、その手を振るう。叩く振りのような、そんな素振り。それだけで、《バーレイグ》が頭を中心に、360°。
「まぁ、今は貴方達を殺す気も、打ち倒すつもりもありません。まだ、『流星群』は終わって居ませんからね」
「ゲームだって、この惨状がゲームだって言うのかよ!?」
「そうですよ――だって面白いでしょう?」
彼女は屈託のない笑みを浮かべ、答えた。
「貴方のように、何の取り柄もない妄想癖の強い少年が、『グングニール』と『オーディン』に選ばれ、突如世界最強ランクの力を得る」
半笑いで言葉を続ける。
「『オーディン』はカワイイ女の子――になったのはついさっきですが。そうして、貴方と共にある」
もう堪え切れないと言った表情で、お腹を抱える。
「そして、神や悪魔の力を得た人間たちが、欲望のままにその力を振るう」
――直後、壁が弾け、人影が。
「前々から殺してやろうと思ってたんだよ!!」
「やってみろよザコ野郎!!」
サラリーマン風の男二人。その後ろに、オドロオドロしいデザインの『神格』を浮かび上がらせながら、殺し合いをしている。
「パパ! これでずっと一緒だよ!」
奥には、『神格』から借り受けたであろう、武器を持ち、女――恐らくは、自身の母親を殺す少女の姿が。その横で、ただ、頷くだけの父親を支える『神格』も何処か虚ろな眼をしている。
「欲望は素晴らしい。全ての始発点であり。終着点に至る為の起爆剤でもある」
人々が殺し合う。誰かを害し、誰かを傷つけ、誰かが不幸になる。
「誰かが不幸になりました。だからきっと誰かは幸せです。つまりは問題ないんですよ有悟さん」
「何が……」
「貴方は皆さんを救おうとしていましたが、駄目ですよ。そんな事したら、多くの人が不幸になります。だって、救われた人は幸せになってしまうんですから」
彼女は、スキップで俺の前に、立ち、また一振り。360°。故に、身体が言う事を聞かない。
「死んだほうが人の為になる人間は、沢山いるんですよ」
一人の男の首根っこを捕まえて、地面に叩きつけ、その頭を踏む。
「例えば、彼。いい顔しいの癖に、自分より弱いと見た相手には何処までも強く当たる。そのせいで、どれだけの人間に恨まれているか。愛されるよりも強く恨まれて居ます」
――だから、殺しますね。そう言い、潰す。
彼女の右手には、女性の首が掴まれていた。
「例えば、彼女。良妻で通って居ますがね、旦那さんを愛しては居ません。彼女の子供は、別の男との子供です。今の旦那にはお金さえ貰えればと思っています。旦那さんの家族を不幸にしています」
――だから、死んだほうが皆の為です。そう言い、千切った。
彼女の左手、子供が抱きかかえられて居る。
「例えば、この子。こんな良い子みたいな顔して、何人もの人から、お金をスっています。こんな小さい子なのに、薬のバイヤーで、沢山の人を底なし沼に落として来ました」
――だから、生きていてはいけないんです。そう言い、心臓を抉り出した。
「さて、私の行動で、3人死にました。ですが救われた人間は数知れず、ですよ?」
「それでも、お前は間違っている」
「そうですか。まぁ、良いですよ、どうせ今殺したのは――」
「俺だ」
彼女の顔が、潰れたトマトのように砕けた男性の頭に変わる。
「私ね」
彼女の顔が、青ざめ、千切れた女性の顔に変わる。
「僕だよ」
彼女の顔が、心の臓を奪われ、血に染まった少年の顔に変わる。
「つまりは――私なんですよ、このゲームの参加者は」
笑う、彼女の顔。先程までの金髪の女性の顔に戻る。
――戻っている筈なのに、彼女の顔には、燃える三眼が浮かんで見えた。
そして、俺の眼が、燃えるのを感じる。失った眼孔から、炎が上がる。残った眼球から、光が放たれる。額が熱い。触れずともわかる。コレも眼だ。
「『貴方』も、『私』なんですよ」
「お前達は、同じ、『Nyarlathotep』と言うことか」
目の前に、広がる、人々の殺し合い。全ての人のその顔に、燃える三眼が浮かんでいた。




