第三十六話 ――彼の『名』――戦いの神
無垢な純白色のその髪、黄金のその瞳は欲望に燃える。
「……そうだろう、それがお前の名前だ」
自分の胸の内に、抱きとめられる彼。その見た目その物は、最初に会った時と変わりはない。つばの広い三角帽子、黒のローブ。想像上の魔法使いその物だ。しかし、黄金に輝く『槍』。存在感、形状、全てが圧倒的に違う。機械音を立てながら、その『槍』は眩いばかりの輝きを放つ。
「そうだな、間違いない。『槍』が起動している、これが何よりの証拠だ」
『真名』の開放により、四肢を取り戻した《バーレイグ》は、嬉しそうにその『槍』を握る。
「さて、もう一度呼んではくれぬか? 子が親を呼ぶように、妻が夫を呼ぶように」
――隻眼に、白の長髪。煌めく『神槍』。遍く知識を渇望する。
「『焔の眼』、『滅ぼす者』、『槍を持つ者』。汝の名は」
「――『オーディン』」
「そうだ。『オーディン』。我は汝に知恵を授け、勝利を与える者」
「そして、汝と婚姻を結ぶ者」
「さっきは、こんな『契約/呪い』は解約しろと叫んでた癖に、な」
俺の言葉を受けて、鼻で笑う彼、いや――
「条件が変われば、答えも変わる。そうであろう?」
指先から、青白い光が放たれ、象形文字を形作る。ルーン魔術だ。それを自らに、刻み込むとすぐさま変化――は見られない。
「これならば、なお嬉しかろう?」
俺の手を取り、触らせる――男であれば、あるべき物が無い。魔法でやりやがったコイツ……。
「はッ、『真名』を得れば勝てるとでも?」
支郎は笑う。真逆、ここまでの三下台詞を吐かれるとは、驚きだ。
《オーディン》が俺に『槍』を向ける。そうして、幾つかのルーンを描くと、ニヤリと笑ってみせる。今まで以上に、惹かれる笑みだ。
「さて、あの調子付いた三下を、懲らしめて来るがよい」
俺は、その言葉に頷くと、支郎に向かい、進む。
「何だ、気でも触れたか? 神でも無く、貴様が戦おうと言うのか?」
彼の周囲の空間が、歪み、今一度、《時の氏神》がその姿を表す。
だが、関係は無い。俺は真っ直ぐ、確りと、地面を踏みしめ、支郎の前に立ち――その顔面を殴ってやった。
「なっ……!?」
支郎の顔から笑みが消える。奴の口から流れる血――効いてるようだ。
「『第四障壁』、それが何をされようと、傷一つ付かなかった理由であろう?」
『真名』を得たことにより、《オーディン》に最初に開放された力が、この 『全知の座』。知りたいこと全てを知れる、そう言う階位に押し上げられている。
「ようは、『全知の座』の相互互換か」
『第四障壁』は不可視不可侵の概念的な壁だ。使用者は多くの知識を無理矢理落とし込まれる。まぁ、簡単に言えば攻略wikiを見ながら、デバックモードと言う状態だ。ただし、得られる情報は推測に近く、取捨選択も出来ない。全能も、自分の支配領域の中だけ。
「否――有悟よ、間違えるでない。下位互換だ」
そう言い、笑う《オーディン》。
「『第四障壁』は、物語を優先する。我が『槍』の持つ逸話、「槍を向けられた者は勝利する」を、奴は自ら再現しようとしている」
どうやらこっちのwikiは攻略法もバッチリ教えてくれるようだ。
「wikiだの、デバックモードだの、ガキ臭ぇ事考えてんじゃねぇぞ!!」
支郎が俺を殴る。痛ぇ。ルーン魔術が無意味かよ。
「すまん、遠距離無効、魔法反射、武器無効と即死無効では、ステゴロは防げん」
「テメェが何だって『世界の中心』なんだよ!!」
だいたい、わかってしまった。コイツの言うことが。
「貴様の『第四障壁』、情報源が、有悟なのであろう」
「そうだ、コイツの考えが流し込まれるんだよ。延々とな」
俺は全力で殴る。それを返すように支郎も殴る。何が悲しくて、神の力を借りた人間同士、戦いの手段が殴り合いなのだろうか。
「貴様が素直に死ねば良いだろうッ! 殴り合いが嫌ならなッ!」
「死ぬほうが嫌に決まってんだろッ!!」
痛みは大きい。だが、殴り合いは長くは続かなかった。
「ッ!?」
――拳が届かない。
「使いたくなかった。貴様を殺せる確信も無しに、コレをバラしたくなかった」
彼の身体を包むように、歯車が、木目調の外殻が、鎧を形成する。
「――【逸神導態】」
全身が、鎧に包まれた支郎は、俺を殴ろうとして――《オーディン》が間に入る。『槍』を持って、防ごうとするが、俺ごと吹き飛ばされる。
「――自分を媒介に、召喚を行う、か」
《オーディン》が呟く。『全知の座』のおかげで、だいたいわかる。内宇宙内を神格で埋めて、『人=神』に変換する技だ。神なら、逸話により、弱点が存在し、過去の勝敗を覆せない。だが、人間であれば、変化の可能性がある。勝ち得ぬ相手に、打ち勝てるかもしれない。そしてなにより、あの状態ならただの人間よりも丈夫だ。
「魔倣士は、神格を無視して、契約者を殺せばそれで終わりだ。だから、編み出した。身を守る術として」
だが、と支郎は言葉を続ける。
「攻めの手段としても、これは悪く無い」
いつの間にか、俺達の後ろに居た士郎がまた、俺達を殴る――《オーディン》が全力で『槍』を振るう。吹き飛ぶ、支郎。しかし、無傷だ。
まるで、人間大の《時の氏神》だ。大きさが小さい分、密度が高い。速い、硬い、強い、だ。
「チッ……。外宇宙と、内宇宙の狭間に第四障壁を置くか」
外部から干渉できない位置に存在する、無敵の障壁――つまり、傷付ける事能わず。
「思ったよりは、調子が良い。君達のwikiでも、今の私の攻略法は出ないようだな」
俺は、ちらりと横目で『オーディン』を見る。彼女の瞳が告げる――手はある。
「『真名』が開放されただけの神格相手に、ソコまで手が必要か」
小さい奴め、と一言文句を言ってやろうかと思ったが、思った時点で伝わっているので、コレ以上は不要だ。
「ふん、手があるか。やって見給え」
ほらな。
「『真名』の開放により、得られるのは神格の励起だけではない――むしろ、こちらが本命だ」
「テメェの言った事だろう? ”王の”『槍』だ」
機械音を唸らせる『槍』。その穂先が、開く。そこには、水面があった。深く、澄んだ泉が、その内に存在している――ミーミルの泉、対価により、知恵を与える。
「――ッ!? 対価を強請るかッ!」
答えは分かってる。俺は、自らの左目を抉り出す。ルーンのおかげか、怖いほど痛みはない。
「ほらよ、さっさと決めるぞ」
「――有悟ッ!? お主何をしているのか、わかっているのか!?」
わかってるさ、そんなこと。
「残った眼入れたら、何も見えねぇだろお前は。全知に相乗りしたんだ、駄賃は払うさ」
「お主と言う奴は……。わかった、目にもの見せてくれようぞッ!」
彼女は穂先を、俺の前に置く。俺は、その穂先、その中に存在する泉の中に、自らの眼を入れた。
けたたましい駆動音を上げながら、黄金が更に輝き、光が『槍』を更に巨大な姿に変える。
「二次励起状態ッ! 導けッ! ――『剣戟の響き』ッ!!」
それは、巨大な槍だった。大剣かと、勘違いするほどに肥大化した光の穂先。その中心部分は、黄金で出来た機械のようで、演算、駆動を続けている。
それを持つ、《オーディン》の姿もまた、変わっていた。黄金色の鎧を纏う、高貴なる戦神。銀の長髪が、槍より放たれる光と風により、更に輝きを魅せる。スラリと伸びた肢体。鎧の内からでもわかる、女性らしい身体付き。美しき女神が、そこに居た。
「なるほど、『グングニル』にミーミルの泉が「Syncretism」、我と戦女神が「syncretism」」
「御主人の影響かのう? こういうの、好きかえ?」
そう言い、笑顔を向ける《オーディン》。
――俺は、彼女を綺麗だと思った。
「イチャついてんじゃねぇぞ!!」
支郎が迫る。しかし、恐怖は無い。俺には勝利の女神が付いているのだから。
《オーディン》が『グングニル』を振るう。支郎の姿は変わらず、傷一つ無い。だが――
「あ……あぁ……!?」
ぶらりと、振り上げた右腕が落ちる。
「我が槍は決して射損なう事は無い。例え、この世界にあらずとも、な」
そう言い、大きく振りかぶり、グングニルを――投げた。
「逃げたか」
「アイツにとっては、逃げることが負けだったようだのう」
プライドが高いってのも面倒だな。グングニルは確実に、奴の心臓を貫いたが、死と言う敗北を与える事は叶わなかった。《オーディン》の言うには、第四障壁の物語優先により、逃げるという敗北に結果を書き換えて、逃げたとの事。今の俺には良くわからん。
既に『槍』は、、一次励起状態に戻っており。その担い手も背丈の小さい、子供のような姿に戻っている。《バーレイグ》の頭に手をやる。そうすると、嬉しそうに俺の手に頭を押し付けてくる彼女? 彼? 俺はコイツの頭を撫でつつ言葉を掛ける。
「《バーレイグ》……今の俺達なら、助けられるか?」
「ここまでの被害者は救えん。だが、これ以上傷付く人間を増やす必要もあるまい」
つまりは、出来ると言うころだろう。今更になって痛みだした左目を抑えながら、俺はしゃがみ込む。否、立っては居られなかった。
「無理をするな。お主は初めての戦いで、気が高ぶっていただけのこと。終われば、そうなるだろう」
段々と意識が薄れていく。
「今は、しばし休め。我が愛しの御主人よ」
その言葉を最後に、俺は意識を手放した。
「クソッ……」
溜息と共に、悪態を吐く支郎。彼は、ぷらりと皮一枚で繋がった右腕を振り回し、寄り添う少女に叩き付ける。血塗れの姿、銀の長髪、黄金の瞳――その姿は、《バーレイグ》に瓜二つだった。異なるのは、両の目が有る事、身に纏うのが純白のペプロス一枚と言うこの二点程度のものだ。
「無様だな、我が主」
「黙っていろ。舞台装置如きが、私に口出しするんじゃない」
そう言い、残った左腕で頭を抑える支郎。右腕、胸元から止まらぬ出血。それをただ少女は舐め続ける。少しずつ、少しずつ、その傷は癒えてゆく。
「あの小僧、気を失ったな。どうだ、聞こえるだろう『奴ら』の声が」
「お陰様でな」
「そう、睨むな。布石は打った。この負けに意味はある」
「――『有悟の強化』、確かに覚醒は促した。だがあの程度の神格で『奴ら』に勝てるものか」
「アレも『手』の一つだ。『奴ら』相手に、一人で勝てるわけがないだろう」
「なに、今に揃う。永劫神族に挑む刃が、周回世界に終わりをもたらす者達が」
少女は、笑った。まるで出来の悪い人形のように、不気味に笑った。




