第三十五話 ――時の『氏神』――
「――さて、楽しんでいただけたかな?」
そんな台詞と共に、俺達の目の前に現れたのは、『槍』を持ち込んだ男だった。
『ふむ、男同士の付き合いと言うのも悪くはない。貴様とはお断りだがな』
そう言いながら、俺の影に隠れる《バーレイグ》。見れれたくない相手、と言うのがあるのだろうか。男同士だし、とは俺も思うところだ。ただ、アイツに《バーレイグ》の裸を見られると考えると、なぜかモヤモヤとする。
「コレは、アンタが?」
「『アンタ』、か……私の名は、久留場 支郎。覚えておきたまえ、世界を支配する『王』の名だ」
「『王』? 息巻いておいて、『槍』に選ばれなかったアンタが?」
鼻で笑ってしまう。どれだけ格好良く振る舞おうとも、俺達に見せた情けない姿は消せやしない。
「そうだな、『槍』との縁はなかったようだ……」
意外にも、素直に認めた。俺も、《バーレイグ》も驚きを隠せない。
『随分と、理解が良いことで。その調子で、『王』等という妄想も、消えれば良いのだがのう』
「――しかし、そんな『物』に価値もない」
そう言い放つ彼の手には、小さな木製の歯車が在った。一瞬、妹に渡した歯車と見間違え、驚きはしたが、どうみてもただの歯車だ。
「で、その歯車が『槍』より凄いと?」
『――有悟ッ! それはッ!』
笑えるぜ。俺は、ゆっくりと、波打ち際に戻り、《バーレイグ》のローブを拾い上げ、彼に返す。
――その過程で、彼の脚の傷が綺麗サッパリと消えている事に気がついた。
「はっ! やっと理解したか」
『完全では無いとは言え、一次励起状態の『槍』に因る怪我を治すか……』
「貴様のような出来損ないの神では、私とは吊り合わない。そう言う事だ」
そう言うと、支郎と名乗った男は、指を一つ鳴らす――それに合わせ悲鳴を上げながら、空間が展開していく。暴かれる世界、収束する力場――それは神の姿。
無数の歯車が、空に浮かび回転を続ける。連動し、駆動するそれは、世界を殻として纏い、一つの大きな人型を成す。空間を切り出したような装甲、雄々しきその姿。鎧兜を模したその頭部の内、火のように燃える二つの瞳。古い技術と、神秘の混合。あまりの大きさに、下半身は世界その物だ。
「紹介しよう、《時の氏神》。詰らぬ呼び名で呼ぶのならば、『世界の修正力』とでも呼んでくれ」
《時の氏神》は、俺達に雄叫びで挨拶をする――そして、青空と海は砕け散った。
俺達に与えられた足場は、奴の手のひらの歯車一つ。しかし、その上に俺たちも、旅客機も乗っている。
『《時の氏神》ッ! 確かに概念的信仰対象に相違あるまい!』
《時の氏神》の胸元、ゴンドラに乗った支郎はニヤリと笑って見せた。
『だがッ! 『真名』を忘れているとは言え――神を舐めるなよ』
《バーレイグ》が黄金に輝く槍を構える。そうして、放たれる一撃。人の膂力では起こしえぬような、暴風が世界を揺らす。
「――舐めているのはどちらだ」
しかし、支郎の髪の毛一本揺れてはいない――届いて、いない。
「『真名』の有無がどれだけ大きいのか、それすらもわからんか」
支郎が髪を掻き上げる。ただ、それだけの動作で、世界に無数の罅が生じる。《バーレイグ》は、いつの間にか手元に戻っていた『槍』を持って防ぐ。
――ただ、それだけの事で、《バーレイグ》から戦おうと言う意思が失われたのが分かった。
ガタガタと震える脚。『槍』にも、《バーレイグ》にも怪我はない。だが、心が折れたのだ。
「コレが『格の違い』だ」
『――ッ、有悟……何でもない。我の側を離れるな』
「《バーレイグ》……」
既に、『焔の眼』ではない。その瞳は、死を覚悟した者の冷めた瞳だ。
「あぁ、その顔だ。その顔が見たかった。私を虚仮にしてくれた貴様らには、お似合いの表情だ」
そう言い、支郎は腕を振り上げる。世界が引き裂かれ、《バーレイグ》の左腕と胴体が別れを告げる。
『……痛みも、無いのか。空間断裂――いや、『繋がった』まま、切り離すか。皆目見当もつかんな』
切り離された腕を二人して見つめる。離された腕は、掌を開き、閉じを、繰り返す。出血もないところを見るに、本当に『繋がって』いるのだろう。
「その腕と身体に限った話ではない。万物の間には隙間が存在する。分つこと無く、その隙間を広げてやっただけの事だ」
そう言うと、更に空間の裂け目が開く。
『――くッ!!』
バランスを失い、倒れこむ《バーレイグ》。とっさに、俺はその身体を支えるよう抱きしめた。倒れる右足。
「別に、君たちを殺す気はない。そんな事をした所で、何の意味もないからな」
どこまでも底冷えするような、そんな冷たい声色で支郎が語る。だが、その眼には『怒り』が見える。
「ただ、哀れな存在として、世界に見下されていろ」
指を鳴らす。そうして、《バーレイグ》は四肢と別れを告げた。
「支郎ッ!! テメェ!!」
「『久留場さん』だろうッ!? 礼儀を知れ!!」
支郎が、俺の胸と、《バーレイグ》の胸を指す。そうして、何かを失うような感覚が、俺を襲う。胸の内から、大切な何かが抜け落ちたようだ。
『――何故そんな事をしたッ!!』
《バーレイグ》は何かに気づいたのか、眼の色を変え、支郎に食って掛かる。支郎は、嬉しそうにそれに応える。
「少年よ、君はその『神』と心臓を共有した。離れられるのは30cm。それを超えれば、共に仲良く死に至る」
「――決して来ない未来、変わり得ぬ現実、共に苦しみを味わえ。エンゲージを結んでやった」
嫌らしく笑う、支郎。俺は、それにニヤリと笑って返す。
「別に、悪くないぜ。《バーレイグ》《コイツ》とならな」
「そうかい。まぁ、好きにしたら良い」
そう言い、手を鳴らす支郎――砕け散る世界。
世界は、見覚えのある状態へ、また飛行機の中へと姿を変えた。最早、手足は失われてしまった。
倒れこむ俺と、何の力も発揮できない《バーレイグ》を確認すると、男は随分と機嫌が良さそうに、去っていこうとする。
「生きていれば、何とかなる。二人でならば、何とかなる」
《バーレイグ》に、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
胸元が随分と冷たい。嗚咽混じりの声で、ごめんなさいごめんなさいと、繰り返している。そんな子供のような神を撫でる。
喪失感が、悲しみが、心を冷やす。
――コレで、満足なんだろう?
冷めた心で見てみれば、随分と小さな男だ、久留場 支郎と言う奴は。馬鹿にされた、だから見返す。そのやり方が、コレだ。
戦いと言う場では、完敗だ。手も足も奪われた。だが、その小ささは笑えてしまう。
そう考えていると、クルリと、支郎が振り向く。
「誰が、小さな男だって――何故そんな顔で『観る』! 何故私を見下す!」
まるで、心を読まれたような気分だ。
「『読んで』いるんだよッ!! 『読まされて』いるんだッ!!」
俺の心の声に応えるようにして、支郎は俺と、《バーレイグ》を蹴り飛ばす。とっさに背で庇った為か、呼吸が止まる。息を吸うことも出来ない。
「何故『貴様』が『世界の中心』なんだ! クソがッ!! 何様のつもりだ『貴様』はッ!」
そんな俺の痛みなど素知らぬ顔で、蹴りを続ける支郎。
「最初に仕掛けてきたのは貴様だろうがッ!! それで負ければ私の心が小さいッ!? 随分と偉い男だな『穂村 有悟』!」
何を言っているのか、支郎は、錯乱した様子で、俺と《バーレイグ》を蹴り続ける。俺はただ、必死に庇うだけだ。
「錯乱などしては居ない!! ただただ許せないんだよ貴様のような奴が!! 貴様の見ている、自分勝手な『世界』が! 『その上に居る奴ら』がッ!!」
『もう良い! 我の事など放っておけ! 我が先に消えさえすれば、『契約/呪い』も解除される! だから!!』
心の中、「思い通りになんてなってたまるか」と心が燃えるのを感じる。これは怒り。手も足も出ない、死を待つだけ、それでも今の俺は、『焔の眼』だ。
「それで、俺の命が助かったとして――その先に何の意味がある?」
『――有悟?』
「俺は、逃げたくない。こんな奴に、逃げて、御情で生かされて、お前を失う。そんな結果になると言うなら――ここで、二人して死んだほうがマシだ」
こんな状況になって、やっと気が付いた。結局、俺はコイツを放ってなんて置けない。初めて会った時から二度と離れたくないと、全て投げ捨てて良いと、そう思ったんだ。
「倫理も誇りも命も捨ててやるッ! ただお前と居られれば良い!」
馬鹿にすればいいさ、気持ちが悪いと指を差せばいい。幼い少年の姿をした神に、惚れ込んで命を捨てる。それに一切の後悔はない。
怯えて震えてる《バーレイグ》を放って、逃げて、生きる――そんな選択肢は選べない。
「格好付けてるんじゃねぇぞ!! クソガキがッ!!」
俺の何もかもが気に食わないのだろう、支郎は汚い調子で声を荒げる。
「テメェのソレは、厨二病の言い回しで、少年愛∧同性愛を宣言してるだけだ!」
――厨二病、666、『The Edda of a dawning era』、アイスランド、そして――『北欧神話』。
「――あぁ、そうか。全部、全部が繋がっていたんだ」
体中の力が抜けるような感覚。深い悲しみ、激しい怒りの末、全てが『成った』、そんな時、人は崩れ落ちそうになるのか。
先程まで、煌々と燃えていた心の中の炎が消え失せた。
自分の身体ですっぽりと覆えてしまう、小さく、手折れてしまいそうな《バーレイグ》の身体を、抱きしめる。
『あぁ、温かい。愛する者に抱き止められ、眠りに落ちるのは……なんて温かいだろうな』
必死に力を入れようとするが、もうダメだ。答えは、こんな簡単だったんだ。笑みは止めようとしても止んではくれない。
「――『 』」
俺は、小さく形の良い《バーレイグ》の耳へ口を寄せ、囁いた。
ソレは彼の本当の名前だった。




