Side C-1
この感情はなんだろう。
恋と呼ぶには足りなくて
愛と呼ぶには幼くて
彼女の黒い髪と白い肌は、
今でも鮮明に覚えている。
***
ホルン国の南部に広がるローレルの山
虫の声が響く森の中で、集まった僕たち学生を前に先生は簡単な説明をする。
「では、各自テントを張り終えたら夕方まで自由時間だ、森の中ならどこに行っても構わないが、必ず二名一組で行動すること。それでは解散」
その言葉を皮切りに、学生たちは散り散りに作業に取り掛かる。
僕とペアを組むトールも大柄な体を生かして重い荷物を持ち早速テント作りをはじめた。
「こっちを選んで正解だな!さっさと準備して探検しようぜ!」
「うん、これだけ暑いから早く泉に行きたいね」
夏真っ最中の今、僕たちが避暑地であるこの山に来た理由には、少し話が遡る。
***
照りつける太陽と青い空
赤いレンガ作りの3階建て校舎は夏の陽射しと耳障りな虫の声を反射させていた。
ひとつの階に2クラスずつあり、3階は卒業を控えた少年兵たちが自分の入りたい軍に対するレポートを仕上げている。
そんな上級生の下、2階の端のクラスの窓際に頬杖をついて座る僕、そして横から聞こえてきた暑苦しい友達の声
「ライナス!夏の滞在はどこにした?」
「あつい・・・・・・」
「そりゃ夏だもん!俺さ、やっぱ先輩のオススメ通りに南のローレルの山にしようと思うんだ!」
「違う、いや、違わないけど・・・・・・暑いのはお前の声だよ。トール」
「へ?」
黒々と焼けた肌に黒い髪、遠い南の国からやってきたというトールは、僕と同じクラス。
父親が海軍の将校らしく見事に血を受け継いだ体型をしていて、僕と並ぶと二回りはでかいと思う。
「あ、ごめん。明日から夏の滞在前のオフだから楽しみになって・・・・・・で、どこ選んだんだ?モリソン海岸か?」
「一緒だよ、ローレルの山のほうが涼しそうだからそっち」
「よっしゃ!じゃあチームも一緒だな!」
トールは肩を揺らして笑うと、鞄を取りに席へと戻っていった。
僕はまた高くに雲が流れる空へと視線を向ける。
軍人を親に持つ子供たちが通うこのカールベルテ学校は、未来の軍人を育てるための教育と訓練をしている。実践はもちろん無線機や救護活動の専門分野や、空軍希望なら飛行機の操縦から天候の読み方、海軍なら海図や潮の流れ、陸軍は山でのサバイバルなどその分野に特化した授業も受けることが出来る。
そんなことは置いておいて、中級生である僕たちの関心は明日から7日のオフのあとに予定している20日間の課外講習だ。
この課外講習は海と山のどちらかを選んでそこで自炊生活や実践講習を目的としている。
海こと国の東側のモリソン海岸は、砂浜近くにあるロッジに泊まるとあったが、去年体験した先輩の話によると、朝ごはんのために起きて早々海に投げ込まれ自分の魚を捕ってくるまで上がれないらしい。
一方のローレル山はテント暮らしで山菜や木のみのほかウサギや鳥の捕獲も予定している。
鳥はともかくウサギは罠を仕掛けるだけだと聞いたし、明らかにこっちのほうが楽だと思った。
去年は狩りの調子にのって、イノシシを捕まえた先輩も居たそうで、先生たちも驚いていたらしい。
「でもよ、ローレル山のほうはだいぶ田舎だって聞くけど、大丈夫なのかな」
ぼんやりと空へ気をとられていた僕に、鞄をもって戻ったトールは図体に似合わない弱気な声でつぶやいた。
「大丈夫もなにもどっかの町に入る訳じゃないんだから関係ないんじゃない?」
「そうだけどよ、なんていうのかな・・・・・・こう、」
「捕まえられて食われちゃうとか?」
「そうそう!だってまだそういう考えの村がどっかにあるっていうじゃんか!」
「たしかにトールの図体なら数日分は事足りるよね、ちょっと硬そうだけど」
僕も鞄を持って立ち上がると教室を出て歩き出す。
その隣で、トールは体を振るわせているが、まるで武者震いのようにも思えて、とても本来の理由である恐怖からかけ離れている。
「怖いこと言うなよ!でもま、森の木の実くらいじゃ腹は膨れないけど」
「食べ物制限されたら体引き締まるっていうし……実践してみたら?」
「どういう意味だこら!」
炎天下の下を寮へ向かって歩く。
「暑い……」
「そういうなよ、暑いんだから」
その言葉を最後に、喋る気力を歩く力へ換えて寮へたどり着く。
「じゃあ、またなー!」
寮では部屋が少し離れているが、それぞれの旅行準備のため早々に別れた。
必要なものの買い物と、両親への手紙と、荷造りと・・・・・・やることはたくさんある。
なんにしても、課外講習は楽しみで仕方ない。
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