いっしょに歩こう
その傷じゃ、もう助からないよ。
そいつは痛みに顔をしかめながら、けれど何も心動かされた様子のない静かな瞳をして、そうかとだけ呟いた。
ただ事実を述べただけ。
僕は悪くない。
だけど、嫌がらせしたくなったのも事実だった。
いつもみんなの中心にいて。
金はないけど、愛情も信頼も勝ち得て満足だったはずだ。
そんな「良いヤツ」のお前を、僕が嫌っている事くらい、誰だって知っている。
これまで送ってきた、充実した人生。
これで終わりなんだと伝えてやるくらいの嫌がらせ、させろよ。
お前ときたら、僕が無視しても話しかけてきて。
壁を作っても易々と越えてくるんだから。
最期ぐらい、僕を憎んで逝けよ。
そいつはそのまま眠るように死ぬかと思ったのに。
じゃあ、肩を貸してくれないかと頼んできた。
何を言っているんだ。
もう助からないってのに。
分かるだろ?
まだ歩きたいんだ。
行かなくちゃならないところがあるんだよ。
お別れを言いにいきたいんだ、と頑固に呟くそいつの手を、何も言わずに僕の肩に回した。
歩調もあわせない、スピードを緩めてもやらない。
僕に合わせてみせろ。
いつものように、嫌味なくらいに長い足で立ってみせろよ。
僕の顔をちょっと驚いたように見つめながら、そいつはくすりと笑った。
君は優しいな。
嫌味か?
僕が聞き返すと、いいや、とほとんど吐息だけで囁く。
俺はいつも君をライバルだと思って頑張ってきた。
でも、君だけはいつも上辺に惑わされずに、俺を見てくれたよな。
ありがとう。
わけがわからない。
でも、よく分からないはずなのに、視界はぼやけてくる。
やめろ、零れるなよ。
お前もそんな台詞を言うなんて、反則だろう。
手当たり次第に、八つ当たりしたくなった。
けれど肩にかかる重みが、僕を無理やり現実に引き戻す。
それと同時に、誰かの非難する声が聞こえる。
やめてあげて。
もう意識は朦朧としているのに。
出血をさらに早めてどうするの。
最期くらい、優しくしてあげてよ。
余計なお世話だ。
あんたらはこいつのことをちっとも分かっちゃいない。
対極にいたからこそ、嫌っていたからこそ。
こいつのことは誰よりも知ってるんだよ。
こいつは見栄っ張りなんだ。
こいつは格好を付けたがるんだ。
こいつは誰よりもプライドが高いんだよ。
ずるり、と落ちかける体を支えなおす。
生きてるんだろ?
あそこまで生きたいんだろ?
なら、まだくたばるなよ。
お前なんか大嫌いだ。
だけど、気持ちが分かってしまうから。
最後くらい、お前の望みどおりにしてやるよ。




