第30話 「依頼も疑問も増えるだけ!?」
「……ある」
答えると、ギルドマスターは俺とリシェルを交互に見た。
「なら話は早い。教会から、お前たちに直接話を聞きたいと連絡が来ている」
「教会から?」
「ああ。シスター・マリエラから上がった報告についての確認らしい」
思わずリシェルを見ると、向こうも少しだけ目を見開いていた。
「……報告、届いてたんだ」
「何だ。聞いてなかったのか?」
「報告するって言ってたのは知ってます。でも、昨日の発表には何もなかったから」
「そこは俺じゃなくて教会に聞け」
「その人は?」
「教会のグランツ支部にいる。話を聞きたいのはお前たち二人だそうだ」
ギルドマスターが机の上の紙をこちらへ滑らせる。
「今日の依頼は終わったんだろ。行ってこい」
「十一件目じゃん……」
「依頼じゃねえ」
「報酬は?」
「出ねえ」
「じゃあ依頼より悪いじゃん!」
「さっさと行け!」
◇
セレス調和教会のグランツ支部は、中央広場から少し離れた場所にあった。
石造りの二階建てで、入口の上には三つの輪を重ねた印が掲げられている。中へ入ると、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。
「教会って、こんな感じなんだな」
見回していると、隣のリシェルがこっちを見る。
「教会に来たことがないの?」
「リト村にはなかったからな」
「祈りは?」
「村でもするよ。祭りのときとか。女神セレスティアの名前くらいは知ってる」
「その程度なのね」
「何だよ」
「別に」
なんか馬鹿にされた気がする。
受付で用件を伝えると、そのまま奥の小さな部屋へ案内された。
机と椅子が三つ。それから壁一面の本棚。
しばらく待っていると扉が開き、白い法衣を着た男が入ってきた。マリエラさんより少し年上に見える。胸元には、入口にもあった三環の印が下がっていた。
「お待たせしました」
男は向かいへ座ると、軽く頭を下げた。
「セレス調和教会で記録の調査を担当している、エリアスと申します」
「レインです」
俺に続いて、リシェルも名乗る。
「リシェルよ」
「よろしくお願いします」
エリアスさんは机の上へ何枚かの書類を置いた。
「シスター・マリエラからの報告について、いくつか確認させてください。取り調べではありませんので、そう緊張なさらず」
「今ので緊張しました」
横からリシェルが呆れた声を出す。
「あなたはすぐ怯えるわね」
「教会の奥の部屋で『取り調べじゃありません』って言われたら怖いだろ」
「何もしていないなら堂々としていればいいでしょう」
「お前がそれ言う?」
「何よ」
エリアスさんは俺たちを一度見比べ、それから書類へ視線を落とした。
「では、アルベルト様が一度死亡したことは、お二人とも確認していますね?」
「はい」
「ええ」
「その後、再び動き出した」
「はい」
エリアスさんの指が報告書の上を滑っていく。
「そのとき、レインさんにはいくつかの《意味》が見えていた。《再構築》《標的》《攻撃》《迎撃》――そして」
指が止まる。
「《接続》」
その言葉に、俺も報告書へ目を落とした。
「……はい」
「レインさん。この《接続》という言葉を、それ以前に何らかの現象を示すものとして知っていましたか?」
「ないです」
「書物で読んだことは?」
「ないと思います」
「教会の教えや、聖職者から聞いたことは?」
「俺の村、教会ないですよ」
エリアスさんが少しだけ目を見開いた。
「……そうでしたね。失礼しました」
「でも、マリエラさんからは聞きましたよ」
「何をです?」
「俺が《接続》を見たって話をしたとき、教会にも似たような話があるって」
「なるほど」
エリアスさんは何かを書き込んだ。
「それを聞いたのは、あの現象を見たあとですね?」
「もちろんです」
「なら問題ありません」
「……何が?」
聞き返すと、エリアスさんはペンを置き、別の紙を取り出した。
他の書類とは違い、文字がところどころかすれている。紙そのものは新しいから、古い文書を書き写したものらしい。
「こちらを」
差し出された紙を受け取り、リシェルと一緒に覗き込む。
『――死してなお、その務めを離れず――』
その先は欠けている。
少し下にも読めない部分が続き、さらに離れた場所に一つだけ、はっきり残った言葉があった。
『――《接続》――』
「……え?」
もう一度見る。
見間違いじゃない。
「それって!?」
思わず声が大きくなった。
エリアスさんがわずかに身を引く。
「この記録に残されていました」
「マリエラさんが言ってた『似た話』って、これ?」
「彼女がどの伝承を念頭に置いていたかは分かりません。ただ、報告を受けて記録院で調べ直したところ、この文書が見つかりました」
「いつの記録なんです?」
「正確には分かりません」
「誰が書いた?」
「それも」
「何があったんです?」
「分かりません」
「何にも分かんないじゃん!」
「だから調べているんです」
真顔で返された。
なんかこの人、ちょっと俺と似てる気がしてきた。
隣では、リシェルが紙の欠けた部分をじっと見ている。
「《接続》という言葉が残っているのは、これだけ?」
エリアスさんはリシェルへ顔を向けた。
「今のところは。ただ、似た現象を思わせる記録はいくつかあります」
「なら、昔の教会は《接続》を知っていたということ?」
「そこまでは言えません」
エリアスさんは俺から紙を受け取る。
「同じ言葉が使われているからといって、同じものを指しているとは限りません。この記録が何を示しているのかも、まだ分かっていない」
「ずいぶん慎重なのね」
「間違ったものを同じだと思い込めば、その先も全部間違えますから」
リシェルが少しだけ頷いた。
「それはそうね」
なんかリシェルには妙に評判がいい。
「それで」
エリアスさんが今度はマリエラさんの報告書を開いた。
「ここからが、お二人に直接確認したかったことです」
視線が俺へ向く。
「《接続》が消えたとき、何をしました?」
「俺が見つけました」
「見つけた?」
「アルベルトの身体が《再構築》されてる途中で、一瞬だけ何もないところに《接続》って出たんです。それで――」
俺は隣を指した。
「リシェルがそこを斬りました」
エリアスさんのペンが止まった。
今度はゆっくりとリシェルへ顔を向ける。
「リシェルさんにも、《接続》が見えていた?」
「いいえ」
「何か魔力を感じたとか?」
「何も」
「では、どうしてその場所を攻撃したんです?」
リシェルは当然みたいな顔で答えた。
「レインがそこだと言ったからよ」
エリアスさんが黙った。
「……それだけですか?」
「ええ」
「何も見えない場所を?」
「そうよ」
「そこに何があるのかも分からないのに?」
「レインには見えていたのでしょう?」
話を振られて、俺は首を振る。
「いや、俺も《接続》って見えただけで、それが何なのかまでは」
リシェルが呆れたように俺を見る。
「『いいから斬れ』って言ったじゃない」
「その前に説明しただろ!」
「私が『そこって斬れるの?』って聞いたら、『知らねえよ』って言ったわよね」
「知らなかったんだから仕方ないだろ!」
「ちょっと待ってください」
エリアスさんが俺たちの間に声を挟んだ。
「つまり、レインさんは、それが切れるものなのか知らなかった」
「はい」
「リシェルさんには、そもそも何も見えていなかった」
「ええ」
「それで攻撃した?」
「はい」
「斬ったわ」
エリアスさんが俺を見る。
リシェルを見る。
もう一度、俺を見る。
「……よくやりましたね」
「俺もそう思います」
「私がやったのよ」
エリアスさんが額を押さえた。
「それで、直後に何が?」
「《切断》って見えました。それまであった《接続》は消えて――」
今度はリシェルが続ける。
「再構築も止まったわ。そのまま崩れて、それ以降は動いていない」
「なるほど……」
エリアスさんは何かを書き込もうとして、やめた。しばらく古い記録と報告書を見比べてから、ペンを机へ置く。
「……分かりませんね」
「そっちも?」
「むしろ聞く前より分からなくなりました」
「俺と同じだ」
「喜ばないでください」
真顔だった。リシェルが小さく息を吐く。
「もう一つあったでしょう」
「何が?」
「あなたが見たものよ」
「あ」
忘れてた。
「《修正》」
その言葉を口にすると、エリアスさんの表情が少しだけ変わった。
「それについても調べました」
「何かあった?」
「ありません」
「即答だな」
「かなり探しましたから」
エリアスさんは古い記録を指先で軽く叩いた。
「《接続》には、少なくとも同じ言葉が残っている。ですが《修正》については、現時点で該当する記録が一つも見つかっていません」
「じゃあ、あれ何なんです?」
「分かったら、私が教えてほしいくらいです」
「俺に聞かれても」
「でしょうね」
なんだろう。
この人と話していると、分からないことだけ増えていく。そこで、昨日から引っかかっていたことを思い出した。
「じゃあ、なんで昨日の発表には何もなかったんです?」
エリアスさんが俺を見る。
「発表?」
「アルベルトが死んだあとに動いたことも、《接続》も《修正》も。マリエラさんはちゃんと報告してたんですよね?」
「しています」
「だったら、なんで?」
少し考えたあと、エリアスさんは逆に聞いてきた。
「もし昨日の広場で、『死亡した勇者アルベルト様が再び動き出しました。原因は分かりません』と発表したら、どうなったと思います?」
「……騒ぎになる」
「でしょう?」
「あー……」
それだけで分かった。
「確認できていない現象を公表しても、市民を混乱させるだけです。今回の発表は、アルベルト様の死亡と、それに伴って市民が注意すべきことを知らせるためのものでした」
「魔王が生きてるって話は?」
「市民の安全に直接関わりますから」
「そっちは言わなきゃ駄目か」
「そういうことです」
納得した。少なくとも、マリエラさんの報告が握り潰されたわけではないらしい。
「確認したかったことは以上です」
エリアスさんが報告書を閉じる。
「終わり?」
「今日のところは」
「今日のところは?」
「調査は続きますから」
「嫌な言い方するなあ……」
「何か分かれば、こちらから連絡します。逆に、同じような《意味》を見た場合は知らせてください」
「分かりました」
俺が答えると、エリアスさんはリシェルにも目を向けた。
「リシェルさんも、それでよろしいですか?」
「構わないわ。ただし、私たちも知りたいことがあるの」
「何でしょう」
リシェルが古い記録を指した。
「これが何なのか分かったら、私たちにも教えて」
「もちろんです」
「ならいいわ」
話がまとまり、俺たちは席を立った。でも、扉へ向かいかけたところで、もう一度だけ机の上を見る。
古い記録。欠けた文章。そして、その中に残っていた一つの言葉。《接続》
あの時、俺にはたしかに見えた。リシェルには見えなかった。それでも、リシェルの攻撃で切れた。
そして、いつ書かれたのかも分からない記録の中に、同じ言葉が残っている。
「レイン?」
「ん?」
振り返ると、リシェルが扉の前で待っていた。
「行かないの?」
「ああ」
部屋を出ようとして、ふとエリアスさんを見る。
「一個だけいいですか?」
「どうぞ」
「俺が《接続》って見たこと、そんなに変なんですか?」
エリアスさんはすぐには答えなかった。古い記録を見て、それから俺を見る。
「少なくとも、この記録を知らないあなたが同じ言葉を見た。それは、調べる価値があると思っています」
「……なるほど」
「怖いですか?」
「ちょっと」
「あなたはすぐ怯えるわね」
「だからお前は黙ってろ!」
リシェルに笑われながら、今度こそ部屋を出た。
◇
外へ出ると、夕方のグランツはいつもと変わらなかった。
通りを荷車が走り、店先では夕飯の支度が始まっている。パンの焼ける匂いがして、どこかから子どもの笑い声も聞こえた。
「結局、何だったんだろうな」
歩きながら呟くと、リシェルが隣を見る。
「何が?」
「《接続》」
「分からないわ」
「教会にも分からない」
「そうね」
「《修正》はもっと分からない」
「そうね」
「何にも分かってねえじゃん」
「最初からそうでしょう?」
「そうだけどさあ……」
リシェルは少しだけ笑った。
「でも、一つ分かったじゃない」
「何が?」
「あなた以外にも、《接続》という言葉を残した誰かがいた」
足が少しだけ止まった。
「……そっか」
俺が見ているものを、俺以外の誰かも見たことがあるのか。それとも、全然違う何かを同じ言葉で呼んだだけなのか...それすら、まだ分からない。
「考えて分からないなら、今日はもうやめたら?」
「お前がそれ言う?」
「何よ」
「さっき古い記録めちゃくちゃ見てただろ」
「見ていただけよ」
「気になってんじゃん」
「気になってないわ」
「じゃあなんで欠けてるところまで読もうとしてたんだよ」
「うるさいわね」
いつもの調子で言い合いながら、ギルドへ戻る道を歩く。
分かったことは増えた。マリエラさんの報告は、ちゃんと届いていた。
教会の古い記録にも、《接続》という言葉が残っていた。
それなのに、答えが増えたはずなのに、聞きたいことは昨日より増えていた。




