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第1話 死んだはずの少女

 夜道を一人の女子高生が走っていた。佐藤由奈。高校二年生。肩で息をしながら何度も後ろを振り返る。


「なんなのよ……」


 誰もいない。街灯だけが道路を照らしている。それなのに、由奈の顔は青ざめていた。確かに見たのだ。

帰宅途中の駅前で。人混みの向こうに立っていた少女を。 


雨に濡れた制服。


青白い顔。


長い黒髪。


それはミコだった。


「そんなわけない……」


 由奈は首を振った。ミコは死んだ。二か月前に。学校中が知っている。ニュースにもなった。先生たちも泣いていた。死んだ人間が歩いているはずがない。そう自分に言い聞かせる。だが、胸の奥の不安は消えなかった。由奈は足を速める。早く家に帰りたかった。早く安心したかった。角を曲がる。その瞬間だった。


 街灯の下に人影が立っていた。 由奈の足が止まる。少女だった。俯いている。制服はびしょ濡れ。

長い髪から水滴が落ちている。


ゆっくりと顔が上がった。由奈の呼吸が止まる。見間違えるはずがない。ミコだった。


「っ……!」


 全身に鳥肌が立つ。少女は何も言わない。ただ、じっと由奈を見ている。


一歩。少女が前へ出た。


「いや……」


 由奈は後ずさる。


 一歩。


 また一歩。


 少女が近付いてくる。


「来ないで……」


 震える声。少女は答えない。ただ歩いてくる。無表情のまま。


「来ないで!!」


 由奈は悲鳴を上げて走り出した。全力だった。鞄を振り回しながら必死に逃げる。頭の中は真っ白だった。ただ逃げなければならない。

それだけだった。角を曲がる。そして絶望した。そこにもいた。ミコが。街灯の下に。まるで待っていたかのように立っている。


「いやあああああっ!!」


 由奈は転んだ。膝を強く打つ。痛みを感じる余裕もない。震える身体で後退る。


「ご、ごめんなさい……」


 言葉が勝手に口から漏れた。


「ごめんなさい……」


 涙が溢れる。


 呼吸が乱れる。


 視界が揺れる。


「ミコ……ごめんなさい……」


 少女は答えない。ただ見つめている。由奈の心は完全に折れた。そして――。意識を失った。


 静寂が戻る。


 数秒後。


「ぷっ……」


 誰かが吹き出した。


「ダメだ……もう無理……!」


 少女が腹を抱えて笑い出す。


「あははははは!」


 その正体はミコだった。死んだはずの少女……ではない。生きているミコだった。青白い肌は特殊メイク。長い黒髪はウィッグ。幽霊らしい不気味な雰囲気も演出だ。


 街灯の影から一人の男が現れる。二十六歳。黒崎譲。コンビニで夜勤をしながら自主ホラー映画を作っているフリーターだった。趣味で集めた特殊メイク道具や撮影機材は、本職顔負けの量を誇る。


「見たか今の顔」


 黒崎は笑いながら言った。


「完全に信じてたぞ」


「だって失神したもん」


 ミコも笑う。だが、その笑顔は長く続かなかった。倒れている由奈を見る。笑顔が消える。代わりに浮かんだのは冷たい感情だった。


「まだ2人目」


 小さく呟く。


「終わってない」


 由奈だけではない。まだいる。ミコを毎日笑い者にした連中が。死ねと言った連中が。自分を追い詰めた連中が。全員に償わせる。


 そのためにミコはここにいる。黒崎がポケットに手を突っ込みながら言った。


「しかし皮肉だな」


「何が?」


「俺の映画は誰も見ないのに、幽霊だけは簡単に信じる」


 ミコは少しだけ笑った。そして夜空を見上げる。二か月前。自分は本当に死ぬつもりだった。雨の降る山の中で。誰にも知られず、一人で、崖の前に立っていた。



これは死んだことになった少女の物語。


そして復讐のの物語である。


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