プロローグ 神々が消えた朝
はじめまして。お読みいただきありがとうございます。
ててららと言います。
これは、最弱職と嘲笑された鑑定士の青年が、亡き祖父の遺したモノクル一つを頼りに、世界の隠された真実へと近づいていく物語です。
まずは、すべての始まりとなった「三百年前のある朝」から。
地の底に、神々の悲鳴が満ちていた。
王都ソルバルトの地下深く、巨大な円形の空間。そこに穿たれた八つの祭壇を囲んで、初代王ライナルトと大神官、そして数十人の高位聖職者たちが、低く呪文を唱え続けている。
その中央で——八柱の神々が、捕縛の魔法陣に縛められていた。
火の神は怒りに燃え、声の神は静かに涙を流し、秤の神は黙して目を閉じている。神々の足元から、黒い鎖のような魔力が這い上がり、一柱、また一柱と、地の底へ引きずり込んでいく。
サラフィアは、走っていた。
鑑定士一族の長である彼女は、数人の仲間と共に、儀式場へ続く隠し通路を駆け抜けてきた。だが、遅かった。
「やめてください……!」
サラフィアの叫びは、呪文の渦に飲まれた。
「これは、神々と人との契約を破る行為です! あなた方は、世界そのものを敵に回すのですよ!」
呪文は、止まらなかった。
✦ ✦ ✦
「世界の魔力は、神々に依存しすぎている」
呪文の合間に、大神官が振り向きもせず答えた。
「神々の気まぐれで、豊穣も飢饉も決まる。そんな不安定な世界を、我々は終わらせる。神々の力を、我々人間の手で管理する。それが——人類の進歩だ」
「進歩……?」
サラフィアは、足を止めた。
「神々を地の底に閉じ込めて、その力を吸い上げ続けることが、進歩だと?」
「そうだ」
王が、初めて口を開いた。冷たく、揺るぎない声だった。
「神なき世界を、人の手で統べる。それのどこが、間違っている?」
サラフィアは、言葉を失った。
この人々は、本気だった。狂気ではなく、信念で、神々を封じようとしている。それが何より、恐ろしかった。
兵士たちが、サラフィアの仲間を次々と取り押さえていく。残ったのは、彼女ひとり。
サラフィアは、懐から、ひとつの片眼鏡を取り出した。鑑定士一族が代々受け継いできた、神々との契約の証。
その時——
声が、聞こえた。
誰の声でもない。だが、確かに、彼女の胸の奥に直接響く声。
封じられゆく神々の、最後の一柱。名を呼ぶことを禁じられた、無名の神の声だった。
✦ ✦ ✦
『サラフィア。よく聞け』
声は、男のようでも、女のようでもあった。
『我が眼の光を、お前の手にあるモノクルに——我らと、お前たち一族の契約の証に——込める』
モノクルが、サラフィアの手のひらの上で、青白く光り始めた。
『これは、世界を見続けるための、最後の光だ。我らが地の底に消えても、この光だけは、地上に残る』
「無名の神よ……なぜ、私に」
『いつか、これを継ぐ子が現れる。お前の一族の中から、純度の高い眼を持つ子が』
声は、静かに、だが確かに、告げた。
『その子が、いつか、世界を見つけ直すだろう。我らを、もう一度、地上へと』
光が、モノクルに吸い込まれていく。
そして——八柱目の神の気配が、地の底へと、消えた。
儀式場が、しん、と静まり返る。
神々は、すべて、封じられた。
「サラフィアを捕らえよ! その片眼鏡を奪うのだ!」
王の声が響く。兵士たちが、彼女に殺到する。
サラフィアは、モノクルを胸に抱きしめ、身を翻した。
来た時と同じ、隠し通路へ。背後で、兵士たちの怒号と足音が追ってくる。
闇の中を、彼女は走った。
涙が、頬を伝った。神々を救えなかった悔しさと、託された光の重さと——そのすべてを抱えて、ただ、走った。
「いつか……」
サラフィアは、走りながら、囁いた。
「いつか、必ず。あなたの言う、その子が」
闇が、彼女を包んだ。追手の声が、遠ざかっていく。
✦ ✦ ✦
——そして。
三百年の時が、流れた。
神々が封じられたことを知る者は、もういない。歴史は書き換えられ、「神々は天に還った」と語り継がれた。
鑑定士一族は散り散りになり、その血は薄れ、やがて忘れられた。
ただ、ひとつの片眼鏡だけが。
世界を見続ける、最後の光だけが。
いつか現れる「その子」を、静かに、待ち続けていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
封じられた神々と、託された一つのモノクル。物語はここから三百年の時を超え、現代の主人公・ロイへと受け継がれていきます。
次話より、本編が始まります。




