変死体
8 十七時の宝来警察署会議室
捜査員一同はざわめいている。
「待たせたな、諸君」と捜査一課長とリレー捜査主任ミヤケが入室すると、全員直立不動でミヤケ達を迎えた。
両名が着席し捜査一課長が発言する。
「早速だが犯人像を公開する。ミヤケ捜査主任」
「は」
ミヤケはホワイトボードを引っ張って来るとボードに数枚写真を貼り付けた。
「これがAIが作成した人物像です。AIは当初、解析エラーを吐き出しました。生物学的な可動域を無視しているからです」
捜査員全員は写真を見つめる。
そこには人間の格好をしているが、明らかに腕周りの筋肉の付き方胸板の厚さ、肉体の張り具合や異常に発達した下半身、など普通に見られる人間とは明らかな違いが見て取れた。
異様な風体に捜査官達は身の毛もよだつ不気味さを感じ、無言で見入っている。
「人の姿をした怪物……?」と重伝は呟いた。
「僕もAIが描いたのを見て、さすがにこれはどうもやり過ぎじゃあ、と思いました。何度も補正し質問を繰り返しました……」
そこでミヤケは横に首を振った。「改めて確認しますとこの様な異形な姿になります」
ミヤハラ捜査一課長が言う。
「私もすぐには信じられない。ただ逮捕しないと真実かどうか、わからない。更にこの不確実なモンタージュを安直に記者発表すれば、混乱が発生するのは間違いない。市民にむやみに恐怖を与えてはならない。犯人確保し検分してからだ。そこでこのモンタージュは当分の間、署の極秘扱いとする。ただ諸君には犯人を特定するためにも、全員この異形を頭に叩き込んでおけ。良いな?」
承知……と声が湧いた。
ミヤハラは総括した。
「さて次だが、裏路地を捜査した重伝班は2.2メートルの高さにある傷跡を複数発見した。これは裏路地を抜ける際、金庫が揺すられ衝動で壁面に傷が付いたと推察する。野口班はごく少量の血痕を数カ所採取した。これは科捜研の分析待ちだ。吉川班の聞き込みはさしたる戦果はなかったが、がっかりすることはない。それぞれ見方の角度が違う複数の班を投入したのはそれだ」
捜査一課長はもう一つのホワイトボードをたぐり寄せ、その上に赤い印が点在している地図を貼った。
「これは君たちから個々に報告を受けた調査動向結果をプロットしたものだ。何か気がつくことはあるか?」
重伝が真っ先に手を上げた。
「偶然かも知れませんが――」
重伝は立ち上がり、ある区域を指さした。
「――民主今平党党本部から先の情報が少ないように思えます」
捜査一課長は頷く。
「そうだ、血痕も発見されていない。大通りでは傷跡も発見できてない。党本部から先の有力情報は少ない」
「では金庫は党本部に?」
署員の発言にミヤハラは怒鳴った。
「何故短絡的に物事を考えるのかっ。見込みで発言するなっ」
ミヤハラの言葉に一同は沈黙する。
「お前ら警官だろう? 地道に証拠を積み上げろ。それに民主今平党党首は大規模災害庁の――」
捜査一課長が言いかけた途端天井のスピーカーから切迫した声が響いた。
「緊急指令緊急指令、スタジアム横通路に変死体の通報。周辺パトロールカー現場に急行せよ、繰り返すスタジアム横通路に変死体通報」
変死体……と聞いてミヤハラ以下全員が色めきたった。
「署から近いぞ。変な予感がする。よし、我々だけでも臨場するぞ」
一時的に会議が中断され捜査員全員がスタジアムに急行するが、すでに規制線が張られ周辺の警備に当たる数十人の警察官の姿があった。ごった返した現場には鑑識が精力的に動いてる。
ミヤハラたちは規制線をくぐり抜け現場に入った。
「お疲れ様ですミヤハラ捜査一課長。現場担当主任ムナカタです」
ミヤハラを見かけたムナカタが寄ってきた。
「ムナカタ君かご苦労。変死体はあれか?」とミヤハラは遠目で見つめた。
変死体は手早くブルーシートで覆われている。
「そうです、今回発生したビル火災との関係で臨場ですか」
「そうだ」
「こちらどうぞ」
ムナカタはミヤハラたちを案内する。遺体そばでは防護服に身を固めゴム手袋をはめた消防がミヤハラに言う。
「伝染病も考えられますので風下には立たないように。シートは僕がめくります。でも驚かないで下さい……」
そういうと被せてあるブルーシートをゆっくりと持ち上げた。
頭が見え始め、覗き込んだ全員がぎょっとした。
大口を広げ両方の眼球が飛び出ている。
さらに胸から腰にかけ露出したが――遭遇した変死体にミヤハラ達は目を疑った。
「なんだこれは?」
――遺体は作業服はきているが、電子レンジで加熱された肉まんのように胴体腹部が異常に膨らみ、作業服がはち切れんばかりになっている。皮膚などは裂けていないが、その姿から想像すると、内蔵が爆発したかのようだ。
変死体には慣れているはずの刑事達にも今まで見たことが無い怪異な『骸』だ。
「体内で何か爆発したようだ……」
捜査官の一人が信じられないと言いたげに目を見張る。
「何をするとこうなるんだ?」
「見たことがない……理解不能だ」
変死体といえども今までにも経験がある重伝だが、この時ばかりは一瞬ふらついた。
「重伝刑事大丈夫ですか」と横から神崎が声をかける。
「大丈夫」
そう答える重伝だった。
しかしこれは後になって悲劇を生む前兆だったのだ――
気を取り直し、改めて腕組みして変死体を見下す重伝。
「この服装は、さっきAIが描いた服とそっくりだ。すると金庫強奪四人のうちの一人か。それとも単なる偶然?」
「偶然とは思えませんよ」と神崎も目を落とす。
ミヤハラも見つめる。
「俺の勘だが、強奪四人のうちの一人に思える。強奪事件の糸口になるかもしれん。様子を見て身元確認だ。ムナカタ、他に遺留品は?」
「遺体に触れて感染症を起こすと問題ですので危険性がなくなれば状態を探りますが、現状ではありません」
「通報者は?」
「スタジアム清掃作業員三名。当初浮浪者が寝ていると思ったらしいですが、この異様な体を見てパニックになってます。……今ですか? 捜査三課が警察車両で落ち着かせながら発見時の事情を聞き取りしてます」
「すると俺らの出番は無いな。後で報告書、見るか」
鑑識がやってきた。
「簡易検査では伝染性病原体等検出されませんでした」
「遺体はどかしても良いんだな?」とムナカタが念を押す。
「大丈夫です」
鑑識の声にムナカタは振り返りながら言う。
「機捜遺体処理班、遺体梱包搬出、司法解剖に回す。ヨコハマ大学法医学部に依頼だ」
了解……と言う声が飛んだ。
9 ヨコハマ大学法医学部
ベッドの上には丸裸にされた異形が仰向けに寝かされている。
検査表を見ながら法医学教授ワタナベは動画撮影をする助手に向かって話し出す。部屋の片隅では現場担当警察官が無言で佇んでいる。
「事前簡易検査では感染症の疑い無し……では只今より司法解剖を実施する。外表観察。死後硬直あり。腹部膨満感異常を認める、外傷の有無、認められず……」
若手法医学医と共に淡々と調べ上げてゆく。
「ひっくり返すぞ、手伝え」とワタナベは若手に命じ二人でひっくり返す。「背部、両側部とも異常認められず。膨満感無し」
二人はもとに戻す。
「三腔開検に入る」
ワタナベはメスを振るう。
まず、気になっている膨らんだ腹部にメスを入れると「ぶしゅー……」と言う音と同時にガスが放出された。若手法医学医は驚く。
「皆、吸うなよ」とワタナベ教授は冷静に言う。
腹部に残ったガスをワタナベは吸引器で吸い出すと内臓の取り出しにかかった。
「各種内臓に異常な膨らみを認める。今のところ原因は不明。――肋骨を剥がし胸部切開――心臓も同様に異常に腫れている――頭蓋骨を外す――脳にさしたる損傷無し。形状、異常見当たらず。各臓器重量測定」
解剖処置は次々に進みカメラも淡々と追う。
「血液――細胞片採取――」
作業を黙ってみているだけのムナカタは思う。
『いつ見ても解体作業はやなものだ……』
「縫合処置に入る」――二時間後司法解剖は終了した。
「お疲れ様でした」
一部始終を無言で立ち会っていたムナカタがワタナベに口を開いた。
「検案書はいつ頃になりますか?」
「二ヶ月後だな」
「異常な死に方です。自殺と思えませんので、この状態では事故死、他殺と両面から追うようになりますので、結果を早く知りたいものです」
おもむろにワタナベが口を開く。
「法医学部としても早く出したいが、いかんせん、物事には順序というものがある。特にこの異様な姿の検体は今までに経験は無い。どこでこうなるのか探るには時間が必要だ」
「なるはやで」とムナカタは言う。
天馬のマンションに居候している重伝が鍵を開けて入ったのが午後十時。
服を脱ぎ着替えながら独り言を言う。
『今日も厳しかったぜ』
冷蔵庫を開け、ギンギンに冷えたいつものビール『昇天』を開ける。
『ぷっはー堪んねえなあ』
今日の疲労を吹き飛ばす勢いがある。一本……二本……とつまみも取らずぐいぐい飲み干す。
三本目を開けて飲もうとした際、口に含んだ『昇天』ビールを勢いよく吹き出し、派手にゲホゲホと咳き込んだ。
変死体の姿を思い出したからだ――
『思い出しまったじゃないかよ』
飛び散った‐ビールを拭き取る。
『このまま寝るか』
すっかり酔いが回った重伝だが、ふと気がついた。
『いつも独り言だよ……楓……何処でどうしてんだよ……楓……話し相手が欲しいよ……』
しかし重伝は天馬がすでにスケロク商事にいることを知らない。
重伝はそのままテーブルに突っ伏し寝てしまった。
深夜午前三時、黄金町の大岡川川沿いに膨れあがった変死体が転がっていた――




