嵐を呼ぶ
6 宝来警察署スケロクビルほか二棟放火事件捜査本部
百名を越す警察、消防、科捜研が神奈川県警捜査一課と集結している。
設置されたホワイトボードが三組、それぞれ「現場見取図」「事件概要」「時系列」が示されている。
右隅の宝来警察署副署長の加藤が立ち上がる。
「今回放火事件と断定され神奈川県警から捜査一課長が任命された。諸君から見て左からイワサキ捜査一課長、キヨモト副本部長だ」
宝来警察署の捜査一課長が立ち上がりホワイトボードを書き示す。
「宝来警察署の徹底した捜査では特徴からするとスケロク商事に対する怨恨が強い。それに昨日深夜起きた事件について報告をする。挙動不審者四名、立ち入り禁止区域にもかかわらず証拠物である中型耐火金庫を強引に奪った。投げつけられた金庫により殉職した警察官二名骨折等重症者八名」
重伝と神崎は淡々と聞いている。
「放火の次は金庫か……」
うんざり顔の神崎だ。
「金庫の話は神奈川県警捜査一課の片平刑事からの報告を受けているけど、中味に関しては曖昧な点が多いようね」と重伝はヒソヒソ声で神崎に言う。
「――であるからして宝来署としては放火事件と金庫強奪の事件は個別に当たる。以上だ」
捜査一課の締めの言葉に一同起立し散会するが、その中で捜査一課長が重伝を呼び止めた。
「重伝君、こっちへ」
「は」
「君たちは金庫強奪へ回れ。あと六班ほど人選する。三十分後第四会議室へ来い」
「承知しました」
第四会議室では二十名ほどの刑事が詰めかけ各々配られている捜査資料を読み込んでいる。
「五十キロほどの中型耐火金庫ですよ重伝刑事」
捜査資料目を通していた神崎が目を丸くする。「それを投げつけたって?」
重伝も同調した。
「そうだね、信じられないわね……お、来たね」
「諸君お待たせした」と恰幅の良い捜査一課のミヤハラが入室すると、一同起立し迎え入れた。
「捜査資料、目を通してくれたかな。諸君は金庫強奪の捜査をして貰うが、まずリレー捜査主任から足取りの報告だ。ミヤケ主任」
「は。リレー捜査責任者ミヤケです」
そう言いながらミヤケはホワイトボードをたぐり寄せ印刷された地図を貼り付けた。
「容疑者と思われる四人は犯行二十分前、この場所」と言いながら路地裏の一角に赤い丸印を付けた。
「たむろしていた画像を確認しました。時刻は午前一時半。防犯カメラは通りに出て火災現場へ侵入、商店街の防犯カメラ解析では金庫をかかえ上げた四人の姿がここで記録されています」
ミヤケは説明しながら赤ペンで次々と足取りを書き加えてゆく。
重伝が手を上げた。
「質問。四人は金庫を抱え上げたと言いますが、五十キロはあるんですね」
ミヤケも当惑した顔つきだ。
「そうなんですよ、僕も映像確認するまでは信じられなかったんですけどね。これが切り出した写真ですがね」
そう言いながらミヤケは別のホワイトボードを引き寄せ、写真を貼りだした。モノクロでやや映像が荒れた写真だがよく見ると「抱え上げる」と言うより、まるで『神輿のように』四人が肩に担ぐようにして走っている。
「ここのドラッグストア」と言いながらミヤケは店舗の片隅を書き示した。
別の捜査員が声をあげた。
「まるで神輿だな、で、この先に逃走用車両が?」
ミヤケは首を横に振る。
「逃走車両は見つかってません、このままの姿が他のカメラに写っています」
「は? 担いだまま走って逃走? そんなことあるかよ。それでなくても警察官二名が殺されているんだぜっ。重大事案じゃないかっ」
机を叩く捜査官。
「僕も信じられませんが、動画分析しますと時速二十キロ相当で走ってます」
「金庫持ったまま? 何を馬鹿な」
別の捜査官が顔を出した。「映像、出来上がりました」
ミヤケは磁気カードを受け取り、映写用大型ディスプレイに接続した。スイッチを入れると……確かに猛スピードで走る切り貼り動画がでた。
さらにミヤケは動画をコマ送りにしたりストップモーションをかけたりする。
「走りに乱れがない? 体幹にぶれが見られない……」
重伝は映像を見ながら眉をひそめ信じられないという顔をした。
「僕も映画ではないかと思いましたよ。さらに角を曲がる際の映像ですが四人は完全に同期してます……これって人間業ではないような……ホントに人間ですかね」
映像は変わるがそれでも一糸乱れぬ動きだ。
「この動きは何だ?」との声にミヤケは地図を指し示し「逃走経路を隠すためかも知れません。日本大通りから裏路地に入りますが、防カメが設置されておりませんので映像は切れます。それと容疑者達はカメラの位置を博して逃走しているようです」
「何処に運び込んだんだ? まあ、それを捜査するのが俺たちの役目だ」
「他に疑問点はないか」とミヤハラが声をあげる。それに同調するように質問が飛んだ。
「殉職者が二名いるんだ。全員で残されたピースを探せ、以上だ」
ミヤハラが声を荒げるように言うと全員が腰を上げ本格捜査に立ち向かっていった――
日本大通りの裏路地。
「通りからここに入って行ったんですね」と神崎。
「他の班も一通り調べていると思うけど」
重伝は辺りを見回す。昼間でも人影もないうらぶれた通りだ。裏口付近にはゴミバケツが点在している。
「通りから急にここを通るなんて」
見上げる重伝。そして指をさした。
「ビルの角見て。何かぶつかった様に角が欠けてる。神崎巻き尺」
重伝は神崎から巻き尺を受け取ると高さを測った。路地をゆっくりと進んでゆくと、所々引っ掻いたような跡があるのを発見する二人。その先は広めの通りに突き当たる。その先のビルにも建物に傷が見つかった。
その度巻き尺で高さを測る重伝。そしてスマホを取り出し撮影する神崎。二人の息はぴったりだ。
「何処も同じぐらいの高さ」
「それは重伝刑事……ぶつけながら走り抜いた?」
「そうね。いくら一糸乱れぬ動きとしても、こんな狭い路地だ。ぶれは起こるはずだ。他に傷跡がないか調べよう。もしかすると行き先が判明するかも」
「承知しました」
キョロキョロしながら歩く様は、何か獲物を狙う空き巣のようで怪しさ満載だ。
「あの電柱に防カメがある」
「その先にもありますね。ここはリレー捜査してないのでしょうか」
重伝達は与えられた地図上にカメラの位置をプロットしてゆく。そして四つ角に出た。
「どっちに向かったかな? 傷跡の有無調べながら捜査だ」
「左方向に傷痕発見」
「良し行こう」
後を追っていくと広い通りに出た。通りが広くなった分ぶつけた痕跡が見つからない。更に調査していると正面にザキの通りが見えてはじめ、平日にかかわらず通りを歩く人間もかなり増えてきた。
初夏を感じる季節になり、汗ばむ中二人は信号待ちで佇む。
「そういえば……」
思い出すような重伝。
「何か思い当たることでも」
重伝は顎をしゃくった。
「この場所ってあの珠伊師党首が狙撃された場所に近くない?」
神崎は頷く。
「そう言われれば……犯人の逃走用バイクも向こうのスタジアムの近くでしたね」
改めて重伝はザキの通りを見つめる。
「民主今平党の党本部はこのザキの通り左側にある。広範囲に散らばっているようにも思えるが、こうやって見ると意外と狭い範囲、とも言えそうだな」
人々が動き出す。
「信号が青になりましたよ。わたりましょう」と促す神崎。
渡り終え、立ち止まる二人。
「でも重伝刑事、僕たちは千葉まで出張したではないですか。そこで犯人と思しき容疑者に接触を試み……」
「――毒を飲んで死んだわね。でも遠くまで捜査したのはそれだけ。なんか、近場で踊らされてるようだ」
「どっちにしろこの広いザキの通りでは犯人の痕跡を捜査するのは無理でしょう」と諦めるような表情の神崎。
「いや……ここは商店街だ。一軒一軒聞き込みを開始する。深夜とはいえ、開いている店もあるはずだ。ほら、その先、牛丼チェーン店がある」
入店すると重伝は警察手帳をかざす。
「あれー? さっきも別の刑事さんたち、来ましたよ」
如何にもアルバイトと思われる若い店員が言う。
「複数で事件を追ってますので」
有力な証言もなく二人は表に出る。
「多分吉川班でしょうねえ」と神崎。
「ブツブツ言ってないで次。アソコのブティックに聞き込みだ」
「タフですねえ……」
重伝は神崎を睨む。
「タフでないとやってられないよ」
深夜でも開いてそうな店をしらみつぶす重伝達――そして民主今平党党本部までたどり着いた。
「先ほども刑事さんたちがお見えになりました……夜間は党本部の出切りは出来ません」と受付嬢そっけなく言う。
「珠伊師党首は?」
「八王子の選挙応援でこの所不在です。それに大規模災害庁の役目も仰せつかっておりますので、この所ほとんどお帰りにはなさっておりませんわ」
「考えることはみな同じね」と重伝。
「こうやって見ますと」神崎は手帳を広げる。「手がかりは傷跡ですね」
「帰って報告だ」
「ご苦労」とミヤケは労うように言う。「十七時から情報会議だ。リレー捜査の進展もあるぞ」
「進展ですか?」
「容疑者四人の姿形を捜査Aiで解析した。やはりただの人間ではなさそうだ。細かいことは会議を待て。君たちの報告は?」
「ビルの壁面についた傷跡です。同じ高さで傷があります。これは逃走の撹乱だと思います」
打ち出された写真を見るミヤケ。
「うむ、いいところに気がついたな。発言の機会を与える」
「承知しました」
7 山下埠頭倉庫
「広すぎちゃってさあ、落ち着かないよ。なんだか寒いし」と願成寺。
「取り敢えずここを拠点にしないと、次に進まないわ」
疲労感が濃い寺家は答える。
「水道だって建屋の外だし憚りもひとつだけ。男女の区別もないしガスもないよ。ここでどうやって暮らせっていうの?」
不満たらたらの願成寺だ。
寺家は携帯を取り出し天馬に連絡をいれる。
「そちらどう? ……変わりない? 全員で……いや……何かあると困るから越狩さんと天馬さんは閉店時間までそこにいてもらって、その他はこっちにきてください」
電話を切った天馬は寺家の指示を伝えると、越狩と天馬二人以外は祖父江の運転でトラックが山下倉庫に向かって動き出した。
「閉店時間でやんすか」
「そうね、寺家先生の考えだと七時開店十七時閉店でしょう。営業時間は守らないとね。こんな状況でも仕事の依頼がこないとも限らないし」
越狩はスケロク二三号車の中で大きく伸びをした。
「でも開店即休業でやんすよ」
「越狩さん、諦めないでください。社屋は消失しても立て直しはできますから。頑張りましょう」
「天馬さんって前向きでやんすねえ」
二人話している最中に帝国日日新聞社の佐野がやってきた。
「おや? お二人だけですか」
「そうですが……貴方様は?」
天馬は佐野に会うのは初めてだった。佐野は名刺を差し出す。
「妙な噂さがネット上に広がっておりましてねえ、出処はどうもスケロク商事さんのようでして……」
「妙な噂さですか?」
「単刀直入に言いますよ、HAL9000ってどなたですか。名前からすると日本人ではないような番号ですね」
越狩が口を挟む。
「ウチんとこにいたパソコンでやんす」
「パソコン? どうりで記号番号の呼び名だから、おかしいなと思いましたよ」
「そのHAL9000がどうしたというのです?」と天馬。
「珠伊師党首に関する噂がありまして今度の八王子選挙では多額な金銭が飛び交っているというのですよ。これって買収工作ではないかと思いましてね、そこでHAL9000に事情を伺いたいと思いましてねえ」
越狩は言う。
「燃えちゃったでやんす」
「へ?」と驚く佐野。
「今回の火災の犠牲者ってやつでやんす」
「あー、だから焼死者なしと言う記者発表だったんですねえ。でも聞けないのは残念だなあ」
越狩の言葉に妙に納得する佐野だった。
「聞いてどうなさるつもりでしたか?」と天馬。
佐野は真面目な顔を天馬に向けた。
「更に――ジークランド共和国とか、六聖人とか、なんだか不穏なキーワードがならんでてて、それは何だろうって。社内でも週週刊日々のネタになろうかって、ちょっとした騒ぎになってましてね。……お尋ねますが、僕以外に報道関係者、きてません?」
越狩と天馬はお互いを見た。
「いいえ、全く」と天馬は答える。
なぜか喜ぶ佐野。
「ホントですか? ホント? ……やった、一番乗りだ」
佐野の不穏な言い方に天馬はイライラした。
「だから何ですかっ、週刊誌のゴシップネタ探しですかっ」
天馬に対し声をひそめる佐野。
「もしそれが事実なら、政界を揺るがす事態になりかねませんよ……」




