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陰と陽

1 降り注ぐ難題


 民主今平党党本部二階

 パチリ……パチリ……

 ひとり静かに椅子に座っている珠伊師和代は、持っている扇子をちょっと広げたり閉じたりを繰り返している。能面のような冷ややかな顔立ちは静かな怒りを込めたかのように少し青白い。

 パチン――扇子が閉じた。

『岩洞め、あやつには骨まで残すなと命じたはずじゃ。たしかに灰燼と化したが、一匹たりとも死人しびとが出てない……わらわの指示を近藤に命ずれば良かったのか?」


 しかし近藤は阿辺啓吾を踏み殺したことで警察などが捜査している可能性がある、近藤を使えば綻びが出ないとも限らない。六聖人による日本支配の企みが悟られてはいけない――


 珠伊師は内線ボタンを押し岩洞を呼んだ。「岩洞、こっちへ来りゃれ」

 直ぐに飛んできた岩洞は珠伊師和代の前にかしずく。

「あの焼け野原から金庫を奪い返すのじゃ。方策はおまえに任せる」

 能面のような無表情な珠伊師は、さらに付け加えるのを忘れなかった。

「今度はしくじるんじゃないぞえ。しくじれば天誅が下るのじゃぞ」

「御意にございまする」

 珠伊師の前で傅いている岩洞は、能面から吐き出された冷酷な宣言に畏怖を覚えた。

 党本部二階の与えられた部屋に戻ると岩洞は恐れおののくように頭を抱えた。

「ワシは催眠法師だ。催眠効果の維持させる為にワシはいる。それがどうして近藤のような実行役に当てられなければならないのか? ワシには荷が重い……ワシは近藤のような殺し屋ではない。だが今度失敗すれば天誅が下る。……策は任せる……ワシはどうすれば良いのだ?」


 岩洞の葛藤と同じ時間、焼け跡では岡田の後ろに控える男と無言で腰に手を当ている岡田が全員を見つめている。

 いたたまれなくなった管弦が啖呵を切った。

「だからアンタ、何しにきたんだよ? 焼け野原を見て哀れなスケロクを嘲笑いにきたんかさっ」

天馬は遮るように言う。

「瑠那さん、その言い方はないわよ」

 御泥木財閥の凋落、ひいては岡田との関係を知らない天馬。

 もともと相性の悪い関係の管弦は怒鳴る。

「楓、何にも分からんテメーが口出しすんじゃねーよ」

 寺家が強い口調で二人の中に割って入る。

「止めなさい二人ともっ」

 寺家は岡田に頭を下げる。

「二人とも現実を理解できなくて相当混乱しています。暴言お許しください」

 今まで無言だった岡田が口を開いた。

「いや、こちらこそ無礼な振る舞いだった。あまりにも受け入れがたい現実に言葉がなかったのだ――杉田社長の姿が見えないが?」

 やり取りを聞いていた祖父江が言う。

「病院に搬送された。行き先はわからねえ」

「そうか……そうなのか……では杉田社長の容態も分からんのだな?」

「容態ってゆうか」と願成寺。「火災で喉をやられ背中は火傷、左腕も痛みが激しいようだけど生きちゃいる、とおもうよ」

「そうか、ならひとまず安心だ」

 岡田はホッとしたような表情をした。

 寺家が慇懃無礼に岡田に尋ねる。

「――で、改めてお伺いしますが、御用の向きは何でしょう?」

 岡田はひとつ咳払いをした。

「勝彦財閥総統は火災を知り心を痛めている。確かにこの現状はひどい。勝彦財閥総統も私もスケロク商事には恩がある。そこでスケロク商事の危機に何か協力出来ることはないかと思っている」

 唐突な岡田の言葉に寺家は真意を測りかねた。

『この男何を?』――「ご協力、ですか……ありがたいと思いますが、何をなさろうと?」

 岡田は首を振る。

「財界の影響力は著しく低下している御泥木財閥だがこの近辺に財閥が管理する空き物件がある。そこを利用して貰いたいと思い勝彦総裁と相談する。連絡をするので連絡先を教えてくれるかな?」

「私の携帯端末に」と寺家は連絡先を答えた。

「分かった」と言い残し車に向かう岡田だった。

「提供ってどういう意味? まさかタダで貸してくれる、とか?」と願成寺は言うと祖父江は答えた。

「考えが付かんな、ヤツからの答えを待つしかねえだろう。それより寺家先生、今日の俺等、どうしたらいい?」

「そうねえ」と寺家は困惑したように言い腕時計を見た。

「もうそろそろお昼時間――あれから食事、摂ってないでしょ? まず腹ごしらえね」

 御手洗が悲しげな声を出す。

「でもぉ焼けっちゃってるしぃ、一円もないのよぉ」

「あんまし食欲でないよ」と願成寺は服の臭いを嗅ぐ。

「その前に着替えが欲しいでがす」と的場。


 それはそうだ。あの火災から着の身着のままで脱出したのだから、衣服が煤まみれなのは致し方ない。臭気も漂い気分が悪くなりそうなスケロク商事の面々だ。


 あの恐怖を思い出した越狩の手が震えた。

「こんな時に飯って言うのはナンというかでやんす」

「作業服残ってないかしら?」

 「みんな灰になっちまったぜ」と祖父江が首を横に振る。


 焦げ臭い臭いと灰が舞う中、焼け野原では消防職員と警察の鑑識が複数動き回っているのが見えた。時折無線の音が微かに響く。無論何を言っているのかわからない。

 さらに規制線が貼られている以上、スケロク商事は内側には勝手に入ることはできない。野次馬も無言で成り行きを見ているだけだ。


「これからどうするんでやんすか……」

 越狩は捜査風景を眺めながら息を吐き出す。

「今晩寝るとこどおすんのぉ」

 嘆く御手洗。しばらく無口だった伊東が口を開く。

「ここさで野宿だべ」

「何日も野宿は続けられないわ」と考える寺家。

「トラックに寝泊まりするにも布団もベッドもないし」

 管弦はトラック周りを見回す。

「トラックの天板に投げたラグとかおっきなぬいぐるみとかあるし、規制線の外だし拾ってもいンじゃないかさ?」

「あたしも羽毛布団あるねぇ」

 願成寺はトラックに飛び乗った際の、ドロだらけになっている羽毛布団を指さした。

 次々と難問が降りかかる中、今度は別の男二人が現れた。

「大変なことになりましたねえ、なんとお悔やみ申し上げたら良いのでしょう」と若い男が無表情に言う。

「あの、どちら様で?」

 寺家の問いかけに男が答える。

「傘内信金みなとみらい支店、スケロク商事様の貸し付け担当の柴田でございます。今日は上司とやってまいりました。あれ……杉田社長様はどちらへ」

「入院しました。私はスケロク商事取締常務寺家と申します」

「そうですか初めまして」と男二人が名刺を出す。寺家も急ごしらえの名刺を差し出す。何が始まるんだ……と一同は見守る。

「やだな」と管弦。「金返せってんじゃ?」

「瑠那、あの男知ってんの? 人相悪そうだけど」と小声で願成寺が言う。

「しょっちゅう来てんのさ」と管弦も願成寺の耳元でヒソヒソ話す。

 柴田は従業員に聞かれないようにゆっくりと場所を移動する。

「十日後に五百万の返済がございます。が、この様な事態では難しいかと思われますので、多少融資返済の期限を延ばしても良いのですが……いやいや規定ではそうなってはおりませんよ。あくまでも状況を鑑みた私と上司の判断でございます。兎に角十日後に返済がございますことを一言申し上げたくお伺いいたしたのでございます」

 恩着せがましくも、いかにも期限内に返済を迫るような言い方だ。

「従業員の処遇も考えないとなりませんね」と徐に上司が残酷なことを口にする。

「返済を軽くする意味でも一度従業員の解雇も考慮のうちかと思います」

 思ってもいない成り行きに寺家は内心驚く。

 柴田は否定するかのように言う。

「いやいや、これは本社の判断でございまして、解雇したら誰が仕事をこなせと言うのでございましょう。もとより当支店はスケロク商事様のご判断を尊重しておりますので……まあ、十分お考えになってくださいませ」

 そう言うと二人は引き下がっていった。

 皆の環に戻ると天馬と管弦が言い合っている。

「私は自分のマンションがあるので」

 天馬は警察官時代に中古のワンルームを購入し退職後はスケロク商事まで徒歩で通っていたのだ。

「そのマンションに誰か一緒にできない?」と間に入った寺家は言う。

 しかしそこには重伝が居候している。天馬は慌てて手を横に降る。

「申し訳ないけど先客がいるの」

 管弦が悪態をつく。

「テメー、男と一緒かよっ」

「男じゃないわ。同期の女性」

 更にエスカレートする管弦の言葉。

「テメーだけいい思いすんのかよっ」

 火災が引き起こした異常心理の中、管弦は無理難題を天馬に向けるのだった。

「瑠那、やめろ」と祖父江が言う。「俺等は仲間だぜ」

 寺家が割り込む。

「困ったわねえ……スケロク商事の杉田社長と会う以前から日本全国飛び回っていて深夜早朝に帰宅した時のためにマンション買ってあるのね。最近あまり使ってないし、狭いけど女子二人は私のマンションに来てもらって――でも男子諸君には寝袋ぐらいしか用意できないわ。それに二晩も三晩も車中泊というわけにもいかないし」

 的場は同調する。「それいいでがす。男子は車でくるまって……」

「洒落てる場合かよ」と苦々しく言う願成寺。

 本社瓦解という異常事態がみんなの精神にも響いている。

 寺家は管弦と御手洗とともに近隣のホームセンターに人数分の寝袋と仮の作業服を買い求めに走った。しかし寺家の頭は返済と解雇と、明日からの生活を……と思うと寺家は途方にくれた。

思い余って寺家は杉田の携帯に連絡を入れたが「電源が入っていないか……」を繰り返すのみだ。


『あたしじゃどうすることもできないわ……耕一……』


 作業服に着替えた一同が午後七時、ステーキハウス「ブラックペッパー」に赴いた。

「おんやまあ」と女主人は目を丸くしながら招き入れた。「スケロク商事さん、とんだ災難だったわねえ。皆さんご無事? あら入院された方も?」

 女主人は個室に招き入れ、そっと口にする。「何でも放火って噂が持ちきりだよ」

 食が進まないままだが、なんとか腹ごしらえを済ました一行は焦げ臭い臭いが燻る火災現場に戻った。


 現場を眺めるとぞわぞわしたあの恐怖が蘇る――


「女子たちとはここでお別れよ。でも六時には弁当、持ってくる」

 そう言って地家たちが別れた。

「しょうがねえ」……男五人は後部扉が開け放たれたスケロク三号車に寝袋を持ち込んだ。

 それにしても……と全員が、めまぐるしい一日だったと思った。

「明日からどう立て直すか」と祖父江が呟く。

「仕事無いしでやんす……」と越狩は頭の後ろに手を回し寝そべる。

「配るチラシもないでがす」と的場。

 その中で御手洗が言う。

「こんな生活耐えられ無いわぁ。ここをでて劇団周りするんだからぁ、ここでおさらばよぉ」

 祖父江は詰る。

「雄馬、何言ったんだ。金、あるかよ」

「そ……そうなんだけどぉ……」

 言い淀む御手洗であった。


 スケロク商事にはまだ『空中分解』と言うような過酷な運命が待っているのだった――







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