カエル ― お前の情熱はどこにある?
— ジャマール、君の秘密は何なんだ?
サッカーの試合後だった。
カメラとマイクが俺に向けられている。
それでも、前の試合で感じたあの現実感のなさは消えていなかった。
— 俺は……練習して……ちゃんと食べて……えっと……
頭の中は、まだあの試合の感覚に引っ張られていた。
こんな質問から逃げられないことくらい分かっていた。
— 私が聞きたいのは、君の“最大の秘密”よ。
女性記者がマイクを近づける。
— 他の選手と君を分けているもの。
— あれのことを話すのか?
— ええ、あれよ。
— まあ……。
どう説明すればいい?
— 技術っていうより……体験に近いんだ。
— 詳しく聞かせて。
— 一種の状態みたいなものだよ。そこに入ると、世界が消える。スポーツだけが残るんだ。
— それって……つまりどういうこと?
記者の片眉が上がる。
— 悩みも、恐怖も、ネガティブな考えも……入った瞬間、全部消える。
— それを誰から学んだの?
その場が静まり返った。
皆、答えを待っている。
俺は前を見て、目を閉じた。
いくつかの記憶が浮かぶ。
— 一人の男に教わった。昔はボート競技をしてたらしい。
思わず笑った。
自分で言ってても狂ってると思う。
— ボート選手? どうやってサッカー選手に教えたんだ???
周囲の空気が一気に張り詰めた。
何人かの表情を見れば、考えていることが分かる。
有名選手、“スポーツへの没入状態”の技術を公開。
でも……それは、あの人が望んでいたことなのか?
世界に広めることを。
ごめん、カエル。
俺の表情が真剣なものへ変わる。
— 俺は今、“天才”の作られ方を根底から変えるものを持ってる。
記者が勢いよく立ち上がり、机を叩いた。
マイクを向けるのも忘れている。
— それで、その人は誰なの!? 名前は!? その技術は何て呼ばれてるの!?
— その名前は……
インタビューは終わった。
だが、質問は終わらなかった。
全員がマイクを押し付けるように俺へ向けてくる。
会場を出て数分後には、スマホが鳴り止まなくなっていた。
もうネット中がその話を知っている。
あの男は、もうただの狂人には見えない。
そして……
なぜ、あの人だけがそれを成し遂げられたんだ?
~~~
数年前。
ボート競技の大会が終わった後だった。
自分が勝てないことくらい分かっていた。
でも、それ自体はどうでもよかった。
また全力を出せなかった。
それだけは分かった。
ドイツ人のコーチも、それに気づいていた。
— どうして最下位なんか取れる?! 漕ぎ方でも忘れたのか!?
俺は反応しなかった。
ただ下を向く。
— あの気迫はどこへ行った!? あの攻撃的な性格は!?
彼は俺を指差す。
— 昔のお前はどこへ消えたんだ、カエル!
苛立ったように両腕を広げる。
— 今日から毎日トレーニングだ。言い訳はなしだぞ。
まるで裁判官みたいに言い渡した。
もう、このスポーツに俺の未来はない。
昔の先生なら、俺がこれから何をするのか理解してくれるはずだ。
— 実は……
前を向き、コーチを見る。
— 引退します。
俺たちの間に沈黙が落ちた。
泣き顔を見られたくなくて、俯いたまま歩いた。
帰り道でも、さっきの言葉が頭から離れなかった。
通りを歩いていると、雪が降り始める。
批判が痛いのは、その批判が正しいと自分でも分かっている時だ。
俺はどこへ行った?
強すぎる自尊心から来る情熱。
爆発的な性格。
誰にも好かれないような人間。
もう二度と戻りたくない、最悪の人間だった。
その時だった。
歩いている途中、声が聞こえた。
サッカーコートだった。
子供たちが試合をしている。
一人だけ、フェンスの外に立っていた。
顎を上げたまま、試合を眺めている。
その時。
誰かがボールを大きく蹴り損ねた。
ボールがフェンスへ飛んでくる。
CLANG!!
外にいた少年は反応しなかった。
視線は、シュートを外した選手へ突き刺さったままだ。
— 簡単なことを、わざわざ難しくしてる。
少年は試合を見ながら言う。
そして視線が俺へ向いた。
— いい試合が見たいなら、ここじゃ無理だよ。
そう言って、また試合へ視線を戻す。
こういう性格の人間は大嫌いだ……
昔の自分を思い出す。
少し苛立ちながら俺は言った。
— そこまで言うなら、お前が混ざってやればいいだろ。
少年の表情に驚いた。
露骨な嫌悪が浮かんでいた。
— 男と子供は混ざらない。
今度は俺の表情が変わる。
眉に怒りが滲んだ。
このガキ、自分を何様だと思ってる。
俺は何も返さず、そのまま歩き去ろうとする。
だが、背後から最後に声が飛んだ。
— 本物の試合が見たいなら、後で来なよ。
少年はポケットに手を入れる。
— あんな外し方、俺はしない。
聞こえないふりをして、その場を離れた。
家に帰っても、感じるものはいつも同じだった。
空虚。
出迎えてくれる妻もいない。
飛びついてくる子供もいない。
この国の冷たい家だけが俺を待っている。
昔コーチに言われたことは、正しかったのかもしれない。
今の俺は、ただ昔みたいな情熱が欲しかった。
あんな性格には戻らずに。
そんなこと、可能なのか?
ポケットから参加メダルを取り出す。
冷え切っていた。
他のメダルの近くへ置こうと思った。
だが、昔のメダルを手にした瞬間。
そこから熱が伝わってくる気がした。
俺はそれを裏返し、テーブルへ置く。
ソファに座った。
リモコンを取り、テレビをつける。
サッカーの試合が映る。
あの少年を思い出した。
プロの試合を見れば忘れられると思った。
でも、感じたのは退屈だけだった。
こいつらは、本当にサッカーを愛してるのか?
……今の俺よりは愛してるんだろうな。
腹が鳴る。
立ち上がり、冷蔵庫へ向かった。
中は空だった。
— チッ……買いに行くしかないか。
ドアに掛けてあったコートを羽織る。
外へ出ると、寒さはさらに強くなっていた。
俺は元々、熱帯の国の人間だ。
さっきのコートの近くを通る。
視線が勝手にそっちへ向いた。
……別に、あのガキをまた見たいわけじゃない。
念のため。
そう思って視線を向けた。
そして、凍りつく。
あの少年が、今度はプレーしていた。
静かに構えながら。
スパイク。
ユニフォーム。
乱れた髪。
もう、さっきの子供たちとは一緒じゃない。
相手は大人だった。
いや……
プロ選手。
CLANG!!
俺は思わずフェンスを掴む。
あの男……
黄色いシャツに青い短パン。
“王”だった。
もう一人は、白に青いストライプのユニフォーム。
まさか、あいつまで?
さらに。
胸にエンブレムの入った赤いユニフォーム。
ありえない。
鼻にはテーピング。
派手な髪型。
その選手がボールを持ち、少年のゴールへ向かう。
一人じゃない。
四人同時だった。
鼻にテーピングを巻いた男が、細かいフェイントを仕掛ける。
ボールを前へ流し、誘う。
ジグザグに揺さぶりながら突破を狙う。
だが。
少年は一切迷わずボールを奪った。
気づけば、俺は笑っていた。
— 今まで見たどんな試合より面白い……!
今度は白いユニフォームの男がボールを奪う。
少年のゴールへ突っ込む。
右へ。
左へ。
ボールを触らせない。
だが少年は、一歩加速した。
横から足を滑り込ませる。
白いユニフォームの股の間へ。
男は飛ぶしかなかった。
ボールを手放す。
外では雪がさらに強くなっていた。
どこかで雨宿り……いや、雪宿りでもするべきだった。
でも無視した。
冷え切ったフェンスを握る手は離れない。
今度は、胸にエンブレムを付けた男が突っ込む。
圧倒的なフィジカル。
まともにぶつかれば勝てない。
少年へ向かって奪いに行く。
だが。
奪おうとした。
ただ、それだけだった。
その瞬間。
Vush.
ボールが男の股を抜ける。
男の動きが止まった。
その間にも、風は強くなっていく。
雪が顔へ叩きつけられる。
なのに。
俺の周りの雪だけが溶けていた。
熱かった。
プレーしているわけでもないのに。
雪の中なのに。
この光景が、ずっと失っていたものを思い出させる。
今の状況なんて関係ない。
俺は見たい。
この少年が、何を見せるのか。
そして……
少年が止まった。
ゴールの前。
そこにいたのは、一つの存在。
まるで王座の前で待つ王。
それでも少年は calm のままだった。
決定打は来ない。
弱いシュート。
ボールがゆっくり王へ向かって転がる。
少年は異常なくらい落ち着いていた。
相手が動くのを待っている。
王は徐々に苛立っていく。
挑発だった。
少年の眉が僅かに動く。
ボールはまだゆっくり転がる。
王は退屈そうに欠伸した。
獲物はもう逃げられない。
そんな顔だった。
そして。
王が最も望んだ瞬間が来る。
ボールが止まった。
王が動く。
失敗だ。
ボールは少年から離れた。
だが、それすら計算だった。
正面から取りに来たことで、王の守りが開く。
軽く触れる。
ボールは王の股下を抜けた。
俺はさらに強くフェンスを握る。
こんな単純なことで……?
王が気づき、振り返る。
ボールは静かにゴールへ入っていった。
王は笑う。
そして少年を見る。
頭の王冠を外すような仕草。
それを、少年へ被せた。
次の瞬間。
四人の選手は消えていた。
コートには、少年だけが残る。
そこで初めて気づく。
少年の瞳は大きく開いていた。
俺の目から水が落ちる。
……雪のせいかもしれない。
少年の静かな姿勢が崩れる。
両手を上げ、叫ぶ。
拳を握り締める。
全身、汗だくだった。
こうして。
俺が人生で見た、最高の試合は終わった。
— ファンになったかもしれないな。
視線を落とす。
昔の記憶が浮かぶ。
師匠は、世界を旅しようと誘ってくれた。
この少年みたいな、他競技の才能を見るために。
俺の性格を変えるためでもあった。
でも俺は断った。
もし、あの時ついて行っていたら……?
再び顔を上げる。
少年が、こちらを見ていた。
俺の存在に気づいている。
視線がぶつかる。
さっきまで、あいつは俺を見ていなかったはずなのに。
瞳孔が開いている。
沈黙。
俺の瞳孔も開いていく。
同時に瞬きをした。
まるで。
あいつの思考が見えるみたいに。
知らない景色が広がる。
— お前も……見えてるのか……?




