第83話
――ありがとう。聖女よ――
魔王から解き放たれた竜帝、リューのお父さんは目を覚ますと私に優しい微笑みをくれた。
はじめて見た竜帝の笑顔はとても素敵で、リュー皇子の面影もあって、だから今でも鮮明に憶えている。
そんな彼を死に追いやったのは、私。
なぜ気付かなかったのだろう。
リューから竜人族も魔族だと聞いたときに気付くべきだったのに。
いや、お父さんが5年前に亡くなったと聞いたときに、なぜ私は自分のせいだとは欠片も考えなかったのだろう。
……リューは、知っていた……?
知らないはずがない。
彼は自分も魔族だと話していた。
リューは知っていたのに、私を責めるようなことは何一つ言わなかった。
それどころか彼は、私が気付かないように、隠してくれていた……?
「リュー、ごめんなさい、私……っ」
「何を謝る? コハルは何も悪くないぞ」
お父さんによく似た優しい笑顔で彼は言ってくれる。
でも、今の彼は……。
私には出来ない。
彼のお父さんを死に追いやった力を、彼に使うなんて出来ない。
(どうすればいいの……?)
魔王の笑い声はその間もずっと続いていた。
私の様子を見て気を良くしたのだろうか、その声は更に饒舌になっていった。
《 2度目はオマエがこやつを拒絶したときか? しかしさほどの力はなくがっかりしておったところに今回の凄まじい怒りと悲しみ。いつもきっかけを作ってくれるオマエには礼を言わねばのう、聖女よ 》
「……っ」
何か言い返したいのに、何も言えない。
魔王の言う通りだ。
リューの負の感情が魔王の力になっているのだとしたら、本当に全てのきっかけは私だ。
そのとき、足元からトンっという軽い音がして、リューが足を着いたのがわかった。
「着いたぞ、コハル」
リューの手が離れて、そのまま私はその場にへたり込んだ。
力が出なかった。
「コハル、大丈夫か?」
「……」
どれだけ深くまで降りてきたのか、そこはただ暗かった。
かろうじてリューがそこにいるのはわかるけれど、他は何も見えない。どこまでも続く闇。
頭上を見上げても外の光すら見えなかった。まだ昼間のはずなのに。
そしてそこは不思議なくらいに涼しかった。
もしかして私たちは『魔界』にまで降りてきてしまったのだろうか。
魔王の声が聞こえなくなるととても静かで。
ちょろちょろと水音が聞こえていることに気付く。
「凄いだろう、ここには水があるんだ。だからコハル。これからはここでふたりで暮らそう」
リューが私の手を取ってゆっくりと立ち上がらせてくれた。
私は呆然とその顔を見上げる。
「何を言ってるんです。竜の国はどうするんですか」
「国のことはもういいんだ。俺はコハルがいてくれれば、それでいい」
なんのためらいもなく彼の口からするりと出てきた言葉にショックを受ける。
「リュー……なんで。なんでそんなことを言うんですか」
彼がこんなふうになってしまったのは私のせいなのに。
でもそんな言葉を、彼の口から聞きたくはなかった。
私は両手で彼の服を掴んで叫ぶ。
「お父さんみたいな立派な竜帝になるんだって、言ってたじゃないですか。もう目を覚ましてくださいリュー!」
《 無駄よ。目を覚ますもなにも、全てこやつの本心だからな 》
「煩い! あんたはもう黙ってて!」
《 おぉ、怖い怖い。聖女ともあろう者が。そんなオマエに、もうひとついいことを教えてやろう 》
「え……?」
聞こえるのは声だけで姿は見えないのに、魔王がその唇の端をにぃと上げるのが見えた気がした。
《 花の王国の聖殿を破壊したのも、こやつの仕業よ 》
ゆっくりと目を見開いていく。
声が出ない。
呼吸も出来ない。
《 ずぅっと呼んでいたオマエを、やっと手に出来たオマエを、二度と手放したくはなかったのだろうなぁ。全く、恐ろしい執念よ 》
リューが……?
リューが聖殿を、『召喚の間』を破壊して私を向こうの世界に帰せなくした?
――コハルのことは俺が守る。他の誰にも渡すつもりはない。だから、安心してもう眠れ。
あのとき、そう言って私を安心させてくれた彼が……?
「うそ……」
「コハル?」
心配そうにこちらを見つめる彼から手を離し、私はゆっくりと後退る。
もう、何もわからない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
何も、考えたくない……!
「――っ」
「コハル!?」
私は闇に向かってひとり駆け出していた。




