第60話
――そうだ。
7年前、この世界が平和を取り戻す前、魔王とその配下である魔物たちの手によって多くの犠牲者が出た。
ローサのお父さんもその一人。
(リューのお父さんだってそうだ……)
今この世界を見ているとそのことを忘れてしまいそうになるけれど、もう二度と、あんな酷い世界にしてはならない。
もし本当に何者かが魔王を甦らせようとしているのなら、絶対に阻止しなければならない。
そのために私は再びこの『砂漠の国』を訪れたのだ。
「なんだ、その格好は!」
「え?」
浴場から出てきた私たちを見るなりリューが目を剥いて怒鳴り声をあげ、私は自分の格好を見下ろした。
「この国の衣装ですよ。とても涼しいんです」
竜の城で着ていたドレスに比べたら確かに薄手の生地で身体の線が強調され胸元も大きく開いているけれど、年中暑いこの国ではこれが普通なのだからしょうがない。王妃様だって先ほどこれと同じタイプのドレスを着ていた。
7年前は少し抵抗があったけれど、郷に入れば郷に従えだ。
初めてこの衣装を着るローサは少し恥ずかしそうにしているけれど。
「着ていた服はどうした」
「洗ってくれるというのでお願いしました。乾いたらすぐに着替えますよ」
「……その格好で宴に参加するのか?」
「しょうがないじゃないですか。ここではこれが普通なんですから」
ぶすっとした顔で睨み上げてくるリューに笑顔で言う。
「皇子もお風呂に入ってさっぱりしてきてください。広くて気持ちいいですよ」
「俺はいい!」
ふんと顔を逸らしリューは再びどっかりと腰を下ろしてしまった。
……まだ機嫌の直っていないらしい彼に私は小さく息を吐いた。
宴の席にはたくさんの料理や色とりどりな果物が並び、お香だろうかとても甘い香りが漂っていた。
王妃様は宴には参加しないようで、王様と私、リューとローサの4人で奥行きのある低いテーブルを囲み柔らかな絨毯の上に腰を下ろしていた。
メリーは私のすぐ傍らでぐっすりお休み中だ。
(私も早く休みたい……)
流石に疲れが限界に来たのかもしれない。お風呂に入りお腹が満たされた今、私は襲い来る睡魔と戦っていた。今ベッドに横になったら3秒で眠れる自信がある。
しかし王様の前で失礼な態度は取れないと、私は必死に目をかっぴらいていた。
「いやしかし聖女殿が異世界に帰ってしまったと聞いたときにはもう会うことは叶わないのかと本当にがっかりしたものよ。特にあのカネラがな、元々ぼうっとした奴じゃがしばらく使い物にならなくて大変でのう」
「そ、そうだったんですか」
楽しそうに語る王様に笑顔で相槌を打ちながら少しだけ顔が引きつってしまったかもしれない。
(今リューの前でそういう話は勘弁して欲しい……)
それでなくとも妙な疑いをかけられているというのに。
ちらりと向かいに座っているリューに視線を向ければ、案の定その目が完全に据わっていてひぇっと声が出そうになった。
……話を変えよう、というより本題に入ろうと私は顔を引き締めて王様を見つめた。
「王様、この砂漠の国が今何者からか攻撃を受けていると聞きました」
すると王様は驚いたように目を見張り、それから重く頷いた。
「そうなのじゃ。全く困ったものよ」
そうしてグラスに残っていた赤い飲み物を一気に煽った。
私は真剣な口調で続ける。
「その件で私の力がお役に立てればと参りました。現状を詳しく教えていただけないでしょうか」
「そうじゃな……。明日、明日詳しく話そう」
「え?」
王様は笑っていた。
「今宵は聖女殿の歓迎の宴。思う存分楽しもうぞ」
「し、しかし……」
――その時だった。
ガチャンっ、と大きな音がしたかと思うと向かいに座っていたリューがテーブルに突っ伏していた。倒れたグラスから飲み物が零れてテーブルに広がっていく。
「りゅ……皇子?」
声をかけるが反応がない。
「お二方とも眠ってしまったようじゃの」
「え?」
その言葉に隣に座っていたローサを振り返ると、彼女もテーブルに倒れるようにして目を閉じていた。
「ロー、サ?」
呼びかけるがぴくりとも動かない。
先ほどまで料理や飲み物などを運んでくれていた女性たちが、いつの間にかひとりもいなくなっていることに気付く。
「長旅でお疲れのようじゃな」
そんな優しい声に向き直ると、やっぱり王様は笑っていて。
「聖女殿も、もう眠かろう?」
「王、様……?」
ぐらりと、抗いようのない眠気が押し寄せて王様の優しい笑顔が歪んでいく。
「ゆっくりとお眠りなされ……聖女殿」
暗闇に落ちる直前、視界の端にカネラ王子の姿を見た気がした……。




