第59話
「おお! 聖女殿、ようおいでくださった!」
相変わらず目がチカチカとする黄金の宮殿の『王の間』に足を踏み入れると、これまた黄金の眩しい衣装を纏った『砂漠の王様』が嬉しそうに玉座から立ち上がり私たちを出迎えてくれた。
以前よりも更に恰幅の良くなった気がする王様に私は頭を下げる。
「ご無沙汰しております王様」
「またお会い出来て嬉しいですぞ!」
そして王様の傍らに立つすらりと美しい王妃様がにこりと上品に笑う。
「遠いところをお疲れでしょう。今宵は王宮でゆっくり身体を休めてくださいな」
「ありがとうございます王妃様」
「宴じゃ! 皆の者、すぐに宴の準備じゃ!」
そんな王様の一声で王宮内は一気に慌ただしくなった。
本当はすぐにでも身体にこびり付いた砂と汗を洗い流して横になりたかったけれど、お腹が減っているのも確かだ。
でも宴を開く余裕があるのだと少しホッとする。
王様や王妃様の様子を見ても、やはりここ王都はそこまで逼迫した状況ではなさそうだ。
「護衛の者も遠慮なく参加するが良いぞ」
「身に余る光栄にございます」
私の後ろに控えていたローサが深々と頭を下げる。今は彼女がメリーを抱っこしてくれている。
そして王様の視線がその隣に立つ少年へと移った。
「その者は?」
流石に護衛ではないと思ったのだろう、王様が不思議そうに訊ねて私が慌てて口を開く――より早く。
「竜帝の弟君でございます、陛下」
そう答えたのは私たちの後ろに控えていたカネラ王子だった。
王様が驚いたように目を大きくして改めてリューを見つめる。
「竜帝殿の……そうであったか。確かに、前の竜帝殿の面影があるわ。貴殿も思う存分宴を楽しむといいぞ」
「……」
リューが無言で頭を下げるのを見て、少しヒヤリとする。
しかし王様は特に気にする様子なくカネラ王子の方を見た。
「カネラ、長旅ご苦労であったな。お前も宴に」
「いえ、私は先に休ませていただきます」
カネラ王子がそうして頭を下げて王様は苦笑する。
「そうか。相変わらずじゃな。しかし本当にようやってくれた。ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
そして、カネラ王子は一礼して王の間を退出していった。
(苦手そうだもんなぁ、飲み会とかそういう場)
私も得意というわけではないけれど。
しかしカネラ王子はこの国と竜の帝国とを往復したのだ。私たち以上に疲れているはず。
本当にゆっくり休んで欲しいと思った。
宴の準備が出来るまでの間、お風呂に入らせてもらえることになった。
ここのお風呂は大浴場になっていてとにかく広くて気持ちがいい。
7年前、砂漠の真ん中なのにこんなにも水が豊富なことに驚いたものだ。しかも天然の温泉なのだという。
「ん~~っ」
思いっきり脚と腕を伸ばしてふぅ~と長いため息を吐いた後で後ろを振り返る。
「ローサは入らないの?」
「わたくしのことはお気になさらないでください」
入口の扉の前でメリーを抱っこして見張りをしてくれているローサがにこりと微笑んだ。
「でも、ローサだってさっぱりしたいでしょ?」
「私はコハル様の護衛としてこちらにおりますので」
……それはわかっているけれど、私だけ綺麗さっぱりというのはやっぱり申し訳ないし落ち着かない。
それにずっと私の傍にいて、ローサはいつ身体を洗うつもりなのだろう。
ちなみにリューはその扉のすぐ向こうの部屋で私たちを待っている。
「……」
「コハル様?」
私がザバっと立ち上がるとローサが目を瞬いた。
「私もう上がるから、今度はローサが入って。私だって万一のときは聖女の力があるんだし」
お湯から上がり先ほど借りたこの国の衣装を手に取りながら言うと案の定ローサは慌てた。
「そんな、わたくしのことは良いですからもっとゆっくりなさってください!」
「ローサ、私前にお願いしたよね」
「え?」
私より少し背の高いローサの目をじっと見つめる。
「出来れば友達みたいに接して欲しいって。今ローサが任務中なのはわかってるし私を一生懸命守ってくれて本当に感謝してる。……でもこれは私の個人的な、友達からのお願いなんだけど」
「コハル様……」
ローサは困ったような顔をしたあとで渋々頷いてくれた。
「では、少しだけ」
「うん!」
私がこの国の衣装を身に纏うのを見届けてから、ローサは私にメリーを預け少し恥ずかしそうに服を脱ぎ始めた。
さすが騎士。私と違って無駄なく引き締まった綺麗な身体をしているなぁと思わず見惚れそうになってしまう。
愛剣をすぐ手の届く場所に置いて、ゆっくりとお湯に浸かったローサの背中に向かって言う。
「良いお湯でしょ?」
「はい、とても」
その気持ちの良さそうな声に満足して、私はこれを機にと気になっていたことを訊くことにした。
「そういえば、ローサはなんで竜騎士になろうと思ったの? 女性初って言ってたし大変だったでしょ?」
するとローサはこちらに身体を向けて答えてくれた。
「わたくしの父が竜騎士だったのです」
「そうだったの! じゃあ、お父さんに憧れて?」
「そうですね。……わたくしも、父上のようにこの手で『竜の帝国』を、そして陛下をお守りしたいと思い」
「そう。今お父さんは?」
竜騎士“だった”ということは、もう引退してしまったのだろうか。
そんな軽い気持ちで訊いてしまったことをすぐに後悔することになる。
「……父は、先の魔王との戦いの最中……」
そこでローサは言葉を切り目を伏せて、私は慌てる。
「あ、ご、ごめんなさい、ローサ」
でも彼女は笑顔で首を振った。
「いえ、父は最期まで立派に陛下をお守りしたと聞いております」
「……そう」
その後の言葉が見つからないでいるとローサはお湯から上がった。
「ありがとうございます、コハル様。お蔭でとてもさっぱりいたしました」
その綺麗な笑顔に、私は良かったと笑顔で答えた。




