第57話
少年の姿とは思えない強い力で手を引かれ、部屋に入るなりリューは扉に鍵をかけてしまった。
締め出されるかたちになったメリーの怒声が廊下から聞こえてくる。
「メリーが、」
言いかけて息を呑む。リューが元の大人の姿に戻っていたからだ。
「ちょっと、バレたらどうするん……っ!」
いきなり強く抱きすくめられたかと思うと噛みつくようなキスが降ってきて驚く。
わけがわからないまま口内にぬるりと舌が入ってきてびくりと身体が震えた。
……でも、流されるわけにはいかない。
「ん~っ!」
抗議の声を上げながら彼の胸を渾身の力で押しやる。
「――っ、何を怒ってるんですか!」
強引なキスにそこはかとない怒りを感じ距離をとって訊くと、リューは不機嫌そうに口を開いた。
「あの第三王子、コハルに気があるだろう」
「は!? そんなわけ」
ない、と続けようとして、ふいに先日のカネラ王子の言葉が蘇った。
――個人的に君にまた会いたかったっていうのもあるんだけどね。
(や、でもあれは深い意味はないはず……)
あのカネラ王子が私に気があるなんてありえない。
でもリューは私の表情を見て何かを察したらしかった。
「奴と何があった?」
「な、何もありません!」
「コハル」
完全に据わった目をして近づいてくるリューから一歩後退った、そのとき。
「コハル様、殿下、どうかされましたか?」
ノックと共に扉の向こうから心配そうなローサの声が聞こえてきて焦る。
「と、とにかく早く戻ってください! 変に思われるじゃないですか!」
小声で言うと、リューは扉の方についと視線をやってからふぅと息を吐き、少年の姿に戻ってくれた。
一先ずほっとして鍵を外し扉を開けるとメリーがすぐに部屋の中に飛び込んできた。
「コハルさま大丈夫でしたか!?」
そしてメリーはギっとリューを睨みつけた。
「だ、大丈夫って、何にもないよ。ごめんね、ちょっとこれからの話をしてて」
ローサの手前、何でもないふりを装って私は笑う。
「……」
小さなリューがぶすっとした顔でどっかりソファに腰を下ろすのを見て、私はこっそり溜息を吐いた。
(また改めてちゃんと説明しなきゃなぁ)
説明と言っても、本当に何もないのだから説明しようがないのだけど……。
そんな前途多難な状況の中、私たちを乗せた船はその日の昼過ぎに砂漠の国に到着したのだった。
7年ぶりに降り立った砂漠の国は、やっぱりめちゃくちゃ暑かった。
陽がほぼ真上にあるから尚更そう感じるのかもしれないけれど、じりじりと肌が焼かれていく音が聞こえるような気がした。
船の上はまだ海風のお蔭で涼しく感じられたのだけど。
「メリー、大丈夫?」
「あっついのです~」
私のすぐ隣をふらふらと飛んでいるメリーがすでに赤い顔をしていて心配になる。
元々もこもこの毛皮を着ているようなものだから当然だ。
「なんだ、この暑さは……」
そんな呻き声が聞こえて振り向けば、リューも不快極まりないという顔で顎に伝った汗を拭っていて、流石のローサも眩しそうに手で日よけを作っていた。
確かに、リューやローサの住む『竜の帝国』はここに比べると大分涼しい。元の世界でいうと北欧あたりの気候に近いのではないだろうか。
でも私は、今こうして揺れない地面に立っていられることが本っ当に嬉しくて、暑さは正直そこまで苦に感じなかった。
(というか、最近の日本の真夏の方が暑い気がする……)
「王宮に行けば少しは涼しくなるよ。はい、これ」
そう言ってカネラ王子が差し出してくれたのはカラフルな大判のスカーフだった。
「日よけと、砂よけにもなるから使って。多分、人数分あると思うけど」
「ありがとうございます」
ローサがそれを受け取って私たちに配ってくれた。
(そうそう、前にもこれを借りたんだった)
7年前にもこのスカーフを頭に巻いて砂漠を移動したことを思い出しながら、私は淡いブルーのものを選んで早速頭に巻きつけた。
薄手で軽くて風通しが良く、でもしっかり日よけになる優れモノだ。
メリーは翼が使えなくなってしまうこともあり最初嫌がったけれど、毛の中が砂だらけになっちゃうよと言うと渋々了承してくれた。
「うん、メリー似合ってる!」
「そうですか?」
ピンク色のスカーフを可愛く巻いてあげると、メリーは満更でもない顔をした。
ちなみにローサは赤、リューは黄、カネラ王子は紫色のスカーフを選んでいた。
それからカネラ王子は港街でラクダによく似た動物を調達してくれて、私たちはいよいよ砂漠に足を踏み入れることになった。
「砂嵐に遭わなければ夕刻には着くから」
「夕刻……」
「日が沈むと今度は凍えるほどに寒くなるから、砂嵐が来ないように祈ってて」
そんなまるで他人事のようなカネラ王子の言葉にリューとメリーの顔が思いっきり嫌そうに歪んで、それが妙によく似ていたものだから私は思わず吹き出しそうになってしまった。




