第55話
「いかがですか? コハルさま」
心配そうに訊かれて、私はひっくり返らないよう気を付けてハンモックから下りた。
頭を振って、大きく深呼吸をする。
眩暈も、胃のムカムカも、手足の痺れもない。
「うん、いい感じ。ありがとう、メリー!」
「お役に立てて良かったのです~!」
思った通り、メリーの癒しの魔法は船酔いにも効くみたいだ。
あの気持ち悪さから解放されて嬉しくなった私はメリーを思いっきり抱きしめる。
「良かったな、コハル」
「はい!」
ソファに座ってこちらを見上げるリューに私は大きく頷く。
と、腕の中から低い声が聞こえてきた。
「それで、コハルさま。なんでこいつがここにいるのですか?」
「え? あ、あ~……」
どう説明しようかと考えていると、メリーは私の腕から飛び出して小さなリューに向かって怒鳴った。
「しかもなんであの頃のクソガキに戻ってんだお前えぇーー!!」
「メリー! 声が大きい!」
慌ててしーっと人差し指を立てる。
船内は常に波音やギィギィと船体の軋む大きな音が響いていて大丈夫だとは思うけれど、誰かに聞かれたらマズイ。
「俺は竜帝の弟だ」
「はぁあ~? おとうとぉ~~?」
柄悪く首を傾げるメリー。
「どう見たって7年前のクソ生意気な竜人族のガキだろうが!」
……やっぱりメリーは誤魔化せないようだ。
(というか、リューに向かってこんな失礼な物言いが出来るのメリーくらいだよも~)
ハラハラを通り越して最早諦めの溜息が漏れてしまう。
と、リューもほぼ同時に面倒そうな溜息をついた。
「そういうことになっている。コハルを守りたいなら付き合え」
その言葉にぴくりとメリーの小さな耳が動いた。
「コハルさまを守る?」
「そうだ。もし最悪、魔族たちと交戦するとなったら貴様だけではコハルを守れないだろう」
「メリーは癒しの魔法でコハルさまを」
「貴様の魔法も勿論必要になる。だが、コハルが傷付かないよう守ることは出来ないだろう」
「ぐぬぬ……」
メリーが悔しそうに呻く。
「わかったな。俺は竜帝の弟、リュークラウスだ」
「ぐぬぬぬぬ……」
ふたりが睨み合っているそのとき、コンコンと扉がノックされた。
私はふたりに目配せをして、はいと返事をした。
すると入ってきたのは優しい笑みを浮かべたローサだった。
「コハル様、リュークラウス殿下、メリー様、おはようございます」
「おはよう、ローサ」
「コハル様、お加減はいかがですか?」
「あ、今メリーに魔法を掛けてもらったらすごく楽になったの」
「それは何よりです」
それを聞いたメリーが得意げに胸を張る。
――と、そのときふと気付いた。
「あれ? そういえばローサはどこで寝たの?」
「わたくしは見張りをしておりましたので」
「え!? じゃあ全く寝てないってこと!?」
驚いて声を上げる。
私たちが寝ている間、ずっと扉の向こうで見張りをしていてくれたということだろうか。
「護衛なら当然だ」
背後からそんな軽い言葉が聞こえて思わずムカっとして振り向く。
「当然って、」
「その通りですコハル様。わたくしは訓練を受けておりますので全く問題ございません」
平然と笑うローサを見て、私はぎゅっと手を握る。
「メリー! ローサにも癒しの魔法をかけてあげて!」
「お安い御用なのです~!」
「い、いえ、わたくしはそんな」
慌てて遠慮しようとしたローサの周りをメリーがくるくると踊るように回る。
ローサの全身がキラキラとした輝きに包まれて、彼女は驚いたように己の身体を見回した。
「これは……素晴らしい力ですね。ありがとうございます。メリー様」
「えっへん! そこの竜帝の弟だかなんだかよりもメリーの方がずーっとコハルさまのお役に立てるのです!」
「あ?」
リューがソファから立ち上がり、そしてふたりはまた睨み合い、というよりメンチの切り合いを始めてしまった。
はぁと重い溜息を吐く。でもメリーは「竜帝の弟」という設定を一応受け入れてくれたみたいだ。
と、そんなふたりを見ていたローサが小声で言った。
「まるで陛下とメリー様を見ているようですね」
ぎくりとする。
「りゅ、竜人族と妖精って相性が悪いみたいだからね!」
「ですが、なんだか少し微笑ましいですね」
ふふふとローサが手を口に当てて微笑んで、まぁ確かにリューが小さいせいでそう見えなくもないけれど……と私はもう一度小さく息を吐いた。
と、そのときまた扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
扉を開けたのはカネラ王子だった。
起きたばかりなのだろうか、いつも以上に眠たそうな目をした彼が少し掠れた声で言う。
「おはよ~。船酔いはどう?」
「おはようございます。もう大丈夫です!」
「そう、なら良かった。朝食の用意が出来たみたいで食堂に来てってさ」
「ありがとうございます。準備が出来たらすぐに行きます」
「よろしくね~」
そしてカネラ王子はひらひらと手を振り行ってしまった。
朝食と聞いて思い出したように胃が空腹を訴える。
そういえば昨夜は何も食べずに寝てしまったのだ。
振り返るとリューとメリーはまだ凄い形相で睨み合っていて。
「ほら! 朝食食べに行きますよふたりとも!」
私はそんなふたりにぴしゃりと言ったのだった。




