第44話
――7年前。
「あんたが例の聖女サマ?」
海を渡り『砂漠の国』に到着した私を港で出迎えてくれた彼は、そう言ってコテンと首を傾げた。
そんな彼の第一印象は「なんだこいつ」である。
確かにこれまでこの異世界で私を手放しで歓迎してくれたのは私を召喚した花の国のティーアくらいなもので。
大抵の国では本当にこの女が?という顔でじろじろと値踏みするように見られ、とりあえず表向きは歓迎のかたちをとるという応対を受けていた。
でもその頃は自分でも聖女だなんて半分信じていなかったし、相手の立場だったら自分もそういう態度になるだろうと、そんな失礼な応対も納得して受け入れていた。
でも彼はそのどちらでもなく。
(なんというか、全く関心なさそう)
怠いけど仕方なく迎えに来たという感じが全身からにじみ出ていた。
お付きと思われる人が背後に数人いて、そこそこ身分の高い人なのだろうということは伺い知れたけれど。
「はい。一応……」
なんとなくちゃんと答えるのも癪な気がして、私もそういう曖昧な答え方をしたと思う。
「そう、じゃあ王の元まで案内するからついてきて」
眠そうな目をしてそう言った彼はくるりと背を向け歩き出した。
と思ったらぴたりと足を止め、こちらを軽く振り向きもう一度口を開いた。
「忘れてた。俺は『砂漠の国』の王子カネラ。少しの間だと思うけどよろしく、伝説の聖女サマ」
そうして今度こそ彼は歩き始めた。
まさか王子様だなんて思わず、私は流石に驚いてぽかんとその背中を見つめたのだった。
それが、カネラ王子との出会いだ。
その後も彼はとにかくマイペースで常に気怠げで、接しているうちに関心がないのは私に対してだけじゃなく、何に対しても興味関心がないのだとわかった。
例えばこの国の行く末や、世界がこのまま魔王に支配されようがどうでもいいというようにさえ見えた。
それでもその数日後、私が砂漠の国を去るときには少しは私のことを認めてくれたのか、別れ際に彼はこう言ったのだ。
「聖女サマってのもなかなか大変だね。まぁ、死なないように頑張って」
もう苦笑するしかなかった。
――そんな彼が、だ。
「我が国を助けて頂きたいのです」
そう告げたカネラ王子を私は呆然と見つめる。
(助けてって……)
彼が己の国のために助けを請うなんて、7年前の彼を思うと俄かには信じられなかった。
でもそこで私は先日の会議の内容を思い出す。
砂漠の国で今争いが頻発しているという話。
見ればリューの顔つきも険しいものになっていて。
カネラ王子が真剣な眼差しで続ける。
「現在、我が国は正体不明の敵から攻撃を受けております」
「正体不明?」
リューが思わずというふうに声を上げた。
「はい。当初は、かの国がまたちょっかいを掛けてきたのかと皆思っておりました。しかし、どうもそうではなさそうなのです」
(かの国?)
どこの国のことだろうと気にはなったけれど、今は訊ける雰囲気でない。
「というと……?」
そこでカネラ王子はふっと目を伏せた。
「敵方に魔族がいたと申す者がおります」
「!?」
リューが息を呑んだのがわかった。
(魔物、じゃなくて『魔族』?)
この世界で初めて聞く言葉だった。
魔物は魔王の配下であり、7年前嫌というほど目にし戦った相手だ。
その姿は様々だったけれど、大抵は見てすぐに魔物とわかる恐ろしい姿をしていた。
でも、『魔族』って……?
「それで、ここに来たというわけか……」
(え?)
リューが、隣にいる私が辛うじて聞こえるような小さな声で呟いた。
でもその後カネラ王子にはっきりとした声で告げた。
「わかった。竜の帝国として出来る限りのことはしよう」
「! 有難うございます!」
カネラ王子が勢いよく顔を上げ、私もそれを聞いてほっとする。
「――ただ、」
そこでリューの声がぐっと低くなった。
「コハルがそちらの国に赴くことはない」
「!」
カネラ王子が目を見開き、私は驚きリューを見つめた。
「……承知、しました」
「詳しい状況が知りたい。改めて場を設けるので少し時間をくれ」
それからリューはセレストさんを呼び、大臣たちに緊急招集をかけ、その間カネラ王子をもてなすようにと指示していた。
そしてカネラ王子はもう一度深く頭を下げ、セレストさんと共に謁見の間を出て行った。
リューがふぅと長い溜息をつきながら目を閉じる。
「リュー、魔族って?」
訊きたいことは色々とあったけれど、その中でも一番気になった言葉を口にする。
すると彼はなぜか驚いたようにびくりと肩を震わせ私を見た。
「……コハルは、知らなかったか」
「魔物はわかりますが……どう違うんです?」
するとリューは私からゆっくりと視線を外し、淡々とした口調で教えてくれた。
「魔族とは、魔物の血を引く者たちのことだ」
「魔物の血を?」
「魔物の中には高い知能を持ち、人と似た姿を取る者もいる」
私は頷く。魔王がそうだった。
その恐ろしいほどに美しい姿は今でも脳裏に焼き付いている。
「そんな魔物と人との間に生まれた者、そしてその一族が『魔族』だ」
「! その人たちは今どこに?」
魔王も魔物たちも私が封印し今この世界の裏側にある『魔界』に存在している。
なら、その血を引く魔族たちは今どこにいるのだろう。――そう、単純な疑問だった。
「特に決まった場所はない。その姿は人と殆ど変わりないからな。どこにでもいる」
そして、彼は静かに続けた。
「――俺も、魔族だからな」




