第33話
「コハル様、妖精王様はどんなお方なのですか!?」
「え?」
朝の支度の最中、そう思い切るように訊ねてきたのはアマリーだ。
「これ、アマリー」
背後でドレスの着付けを手伝ってくれていたローサがそんな彼女を窘めるように止めて苦笑する。
「申し訳ありません、コハル様。昨日突然妖精王様がお見えになったものですから」
「ですがローサさん、あの妖精王様ですよ! そのお姿を目にしただけで幸せになれるっていう。どういうお方なのかわたし気になって気になって!」
見れば、他の子たちも皆そわそわと私の答えを待っているようで。
(そういえば、メリーも昨日かなりのレアキャラだって言ってたっけ)
突然来てすぐに帰ってしまったから昨日彼を見た者は少ないのかもしれない。
それにしても、その姿を見るだけで幸せになれるなんて、本人は知っているのだろうか。
ちょっと笑いそうになってしまいながら答えていく。
「銀の髪で翡翠色の瞳をした綺麗な人だよ」
「それにとってもステキに笑うお方なのです!」
そこで興奮したように声を上げたのはメリーだった。
皆のいる前でメリーがこんなふうにはっきりと発言するのは初めてのことだ。
きっと妖精の王様であるエルのことが話題に上がって嬉しいのだろう。
そしてメリーは得意げに続けた。
「コハルさまは、なんと妖精王さまと一緒に旅をしたことがあるのです!」
「え!?」
皆が、ローサまでが驚いた顔をして私は慌てる。
「で、でも、そのときは王様だなんて全然知らなくて。旅をしたって言ってもほんとちょっとの間ね」
お城の中で妙な噂が立っても嫌なのでそう説明する。
と、アマリーが何やらもじもじと上目づかいで続けた。
「で、では、コハル様と妖精王様は、やはり以前、その……」
「え?」
「アマリー」
ローサが先ほどよりも強い口調で止めに入って、私は遅れてその意味に気付いた。
「ちょ、ちょっと待って、もしかして私たちのことで(すでに)変な噂立ってたりする?」
私が顔を引きつらせながら訊くと、ローサは小さく息を吐いて言いにくそうに口を開いた。
「昨日、コハル様と妖精王様の行方がわからなくなった一件で、そのような話が少々……」
「!?」
ひぇっと声が出そうになった。
昨日はリューと自分自身のことでいっぱいいっぱいだったけれど、考えてみれば当然だ。
私とエルが行方をくらまして、それを探すためにリューが城を出て……ほんの数時間の出来事だったけれど城の中では結構な騒ぎになっていたのかもしれない。
お城は広いけれど、その中で噂が広がるのなんてきっとあっという間だろう。
「ないない! エ……妖精王様は私にとっては昔の恩人で、昨日はちょっと、これから竜帝妃になる上での相談に乗ってもらってたというか……とにかく、彼とは本当に何もないの!」
私がそう必死に説明すると、皆ほっと安堵したような表情を見せて。
そんな彼女たちに私は頭を下げる。
「昨日は皆にも心配をかけてしまって本当にごめんなさい」
「そんな、コハル様……!」
「頭をお上げになってください!」
皆が気遣ってくれる中、私は猛省していた。
(竜帝妃になるって決めた途端これか……)
これからは私の行動ひとつひとつに責任が出てくる。
私の軽率な行動のせいで、リューの評判を貶めることにもなりえるのだ。
(気を引き締めなきゃ……!)
「先ほどはすみません、コハルさま……」
ローサたちが部屋を出て行ってすぐにメリーに謝られて私は慌てる。
「え、いや、メリーは何も悪くないよ。私が気を付ければいいだけ。それより、メリー」
「はい?」
「昨日、ここに小箱が置いてなかった? 中にブローチが入った」
エルからもらったブローチを、昨日ソファ前のテーブルに置いたままだったことを思い出したのだ。
でも今はそれが見当たらない。
「あ、メリーが昨日そこの引き出しに仕舞っておいたのです!」
「ありがとう、メリー!」
メリーが差した棚の引き出しを開けると確かに繊細な装飾の施された小箱が入っていてほっとする。
「メリー、それが妖精王さまからの贈り物だとすぐにわかりました」
「そうなの?」
「その石は“妖精の瞳”と言って、妖精の国でもとても希少な宝石なのです!」
「そうなんだ……」
小箱を開けて改めてその綺麗な翡翠色の石を見つめる。
最初見たときエルの瞳と同じ色だと思ったけれど、あながち間違ってはいなかったのだ。
……エルは、何かあったらこれに呼びかけてと言っていたけれど。
(よっぽどのことがない限りはここに仕舞っておこう)
これのせいでまたあらぬ噂が立ってもいけない。
私はもう一度その小箱を引き出しの奥の方に仕舞い込んだのだった。
朝食の最中も先ほどの噂を思い出し皆の目が気になったけれど、リューやセレストさんのいつもと変わらない様子を見て私も平静を装うことにした。
そして、それは食後のティータイムでのこと。
「ティーアから手紙?」
「はい、コハル様宛に」
セレストさんが私に封筒を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
この世界の友人からの初めての手紙だ。
なんだかものすごく嬉しくて、可愛らしい花の絵が描かれたその封筒を裏返したりして見つめていると。
「そういえば、コハルは文字が読めないのではなかったか?」
「あ……」
リューに言われて思い出す。
確かに、封筒に書かれているおそらくは宛名も全く読めない。
「代わりに読んでやろうか?」
「あ、いえ……」
――そうだ。
丁度いい機会だと私は彼に今朝話していた“お願い”をすることにした。
姿勢を正して彼の方に身体を向ける。
「リュー、私この世界の文字を習いたいです」




