第32話
この世界に再び戻って来て、4度目の朝。
迷いが晴れたからかすっきりと目覚めた私は、リューの寝顔を見つめながら少しの優越感に浸っていた。
昨日は起き掛けの姿を見られて恥ずかしい思いをしたけれど、今日は髪はすでに手櫛で軽く整えたし、いつ彼が起きても余裕なのである。
でもリューは今日に限ってなかなか目を覚まさない。
竜帝妃になる覚悟を決めた今、早速やっておきたいことが色々とある。
(リューにお願いしたいこともあるんだけどな)
私は仕方なく彼を起こすことにした。
「リュー」
「……」
「リュー、起きてください。朝ですよ」
「ん~~」
彼が眉をいっぱいに寄せて、ゆっくりとその金の目が開いていく。
「コハル……?」
「おはようございます、リュー。ふふ、寝癖が酷いことになってますよ」
まだ寝ぼけてる様子の彼を見下ろして、昨日の仕返しとばかりに言ってみる。――でも。
「わっ!」
いつの間にか背中に回っていた腕にがっちりと捕まってしまった。
「おはよう、コハル」
「っ!?」
綺麗に微笑まれて、更には下からちゅっと啄むようなキスをされて頭が爆発しそうになる。
「――あ、朝からこういうのは禁止ですってば!」
「朝からコハルが可愛いことをするからだろう」
「はぁ?」
意味がわからない!
(というか、やっぱりこういう甘々なのは慣れそうにない~!)
でもそこで急に彼の顔が真剣なものに変わる。
「それよりコハル、身体は平気か?」
「え?」
「昨夜、無理をさせたろう」
「……っ!」
腰のあたりを優しく撫ぜられてぞくりと甘い痺れが走る。
瞬時に昨夜のことがまざまざと思い出されて顔が真っ赤になるのがわかった。
「も、もう全然大丈夫です!」
「ならいいが……いや、やはり今日はコハルは休んだ方がいい。セレストにも伝えておく」
本気で言っている様子のリューに私は慌てる。
「いやいやいや、ほんと大丈夫なので! そこまでヤワじゃないです! なのでいつも通りでお願いします!」
そこまで心配をされると逆に恥ずかしい。
それに、何をどう伝えるつもりなのかわからないけれどあの察しの良さそうなセレストさんに下手なことを言うのは本気でやめて欲しかった。
「……そうか?」
「はい! それと、今日はリューにお願いしたいことがあって」
「お願い?」
丁度そのときだった。
「コハルさま~! おはようございます~~!」
「メリー!」
メリーがいつものように勢いよく寝室に飛び込んできて私は慌ててリューの上から退こうとする。
が、背中に回った腕は緩むどころか更に力を増して驚く。
「ちょっと、リュー!?」
「こっの性懲りもなく~、コハルさまを今すぐに離しやがれーー!」
「貴様に命令されるいわれはない」
「昨日はこのメリーに恐れをなして逃げてったくせに~~」
「はっ、なんのことだかさっぱりだな。貴様のどこに恐れる要素があるというんだ?」
「ぐぬぬ~~」
なんだか兄弟喧嘩のようにも見えてきてしまって小さく息を吐いていると。
「コハルさまはなぁ! 我らが妖精王さまとも気軽に話せる間柄なんだぞ! お前みたいな野蛮な竜人族なんかより妖精王さまのほうがずっとずっと」
「メリー!」
流石にエルを出すのはマズイと慌ててその名を呼んだときだ。
メリーが私を見下ろして、何かに気付いたように首を傾げた。
「コハルさま? なんだかいつもと……?」
「え?」
「……はっ!」
急に大きな衝撃を受けたような顔をしたメリーはそのままふらふらと後退していく。
「まさか、そんな、メリーは、メリーは信じないのです……」
「メリー?」
「コハルさまの純潔が、こんな竜人族に奪われてしまうなんて~~っ!!」
「メリー!?」
とんでもないことを喚きながらメリーは寝室を出て行ってしまった。
「わかるんだな」
感心したように呟いたリューをキっと見下ろす。
「リュー! もう、ほんとに離してください」
「話の途中だったろう。お願いとはなんだ?」
「え? あ、あぁ。あとでまた改めてお話します」
今はとにかくメリーの元へ早く行ってあげたい。
するとリューは短く息を吐いてやっと腕を緩めてくれた。
ベッドから下りて寝室を出ようとしたところで、彼はもう一度念を押すように言った。
「コハル、絶対に無理はするなよ」
「は、はい。わかりました」
扉を閉めて私はふうと息を吐く。
(そこまでヤワじゃないって言ってるのになぁ)
大事にされるのは嫌ではないけれど、やっぱりちょっと過剰な気がした。
と、しくしくという泣き声が聞こえてきて私はその姿を探す。
メリーはいつものソファの端っこで小さく丸まって震えていて、私はそのすぐ隣に腰を下ろした。
「メリー」
「うっ、うっ、コハルさま、申し訳ありません……メリーは、コハルさまをお守りできなかったのです……」
そんなメリーの謝罪を聞いて、私は苦笑する。
「あのね、メリー」
「メリーが役立たずなばっかりに、コハルさまが竜人族の餌食に~~っ」
「メリー、聞いて!」
メリーの身体を抱き上げて膝の上に乗せる。
するとメリーはべしょべしょの泣き顔で私を見上げた。
「あのね、メリー。私、竜帝妃になるって決めたの」
「え?」
メリーがぽかんとした顔をした。
「これまでは正直迷ってたんだけどね、昨日やっとその覚悟を決めたの」
「コハルさま……?」
「それで、その、リューにも私の方からお願いしたの。だから、無理やりとかじゃなくて、ちゃんとお互い合意の上、というか……」
流石に恥ずかしくなって小さな声でぼそぼそと話していくと、メリーが目を丸くした。
「コハルさまは、あの竜人族のことがお好きということですか?」
「えっ」
改めてそう訊かれて、顔が熱くなっていく。
でも、私はしっかりと頷いた。
するとメリーは更にその瞳を大きくして。
「だから、ちゃんとした竜帝妃になれるように私これから頑張るから、メリーにはそれを見守っていて欲しい」
「コハルさま……」
思い切って言ってみたけれど、まだ戸惑っている様子のメリーを見て少し不安になる。
「それとも、メリーはこんな私はもう嫌?」
するとメリーはぶんぶんと頭を振って私に飛びついてきた。
「そんなことないのです! メリーはコハルさまが竜帝妃になってもずっとずっとお傍にいたいのです!」
私はそんなメリーをひしと抱きしめる。
「ありがとう、メリー」
――良かった。
ずっと私を慕ってくれているメリーに竜帝妃になることで嫌われてしまったらどうしようかと思った。
ほっとしてそのもこもこな毛を優しく撫でていると。
「――はっ、そうだ! コハルさまお身体は平気ですか!?」
「え?」
「はじめては身体に大きな負担がかかるとメリー聞いたことがあります! 癒して差し上げますか!?」
「だ、大丈夫! ありがとうメリー」
こんなことでメリーの癒しの魔法を使うなんて酷く居たたまれないというか申し訳ない気がして、私はまた赤くなっているだろう顔で苦笑したのだった。




