第30話
「あまり、見ないでください」
部屋に照明がなくて心底良かったと思った。
それでも淡い月明かりのせいで私の身体は彼の目にしっかりと映っているのだろう。
「とても綺麗だ」
綺麗な顔で言われて、たまらなく恥ずかしくて……でも、嘘でも嬉しかった。
壊れ物を扱うように優しく触れられて、全身にキスを落とされて、またあの妙な声が出てしまいそうになる。
「――コハル、声を」
「っ!」
耳元で響いた低音に、ぞくぞくと身体が震えた。
「コハルの声が聴きたい」
固く結んでいた唇をキスで解かれながら不意を突くようにまた触れられて高い声が漏れた。
自分の喉からこんな声が出ることが信じられなくて、でも一度出てしまったらもう抑えがきかなくなった。
消えてしまいたいくらいに恥ずかしいけれど、そんな気持ちも次第に麻痺していく。
リューが服を脱いで、その鍛えられた男の人の身体を目にして今更逃げ出したくなる。
そんな私の緊張が伝わってしまったのだろう。彼は優しく微笑んで啄むような甘いキスをくれた。
彼と初めて肌を重ねて、その熱さに驚いた。
「コハル……」
確認するように名前を呼ばれて、私は初めて自分から彼にキスをした。
金の瞳が見開かれて、その顔に暗がりでもわかるほどに赤みがさして、そんな反応がどうしようもなく可愛く思えて。
――あぁ、そうか。
きっとこれが、“愛おしい”ということなのだろうと気付いた。
「コハル……」
「……っ」
何度も呼ばれて、何度もキスをされて、彼の吐息と自分の高い声が引っ切り無しに耳に響いて、熱に浮かされたように頭がくらくらした。
――気が付けば、私は再び彼の腕に抱かれていて。
「ありがとう、コハル」
リューが今にも泣きそうな顔で言うものだから、つい笑みがこぼれた。
「リュー、折角の良い顔が台無しです」
「……っ、仕方ないだろう、嬉しいんだ」
「私も嬉しいです。ありがとうございます、リュー」
そうして微笑むと、リューはまたくしゃりと顔を歪めてそれを隠すように私を抱きしめた。
それから、リューは私を抱えて塔の出窓から夜空へと飛び立った。
まだ火照った身体に夜気が心地よくて、辿り着いたのは私の部屋のバルコニーだった。
リューは私を抱えたまま暗い部屋の中に入ると、ぐっすりと寝ているメリーの傍らを通って寝室へと移動した。
大きなベッドに私を下ろして、彼は言う。
「少し待っていろ。水を持ってくる」
「ありがとうございます」
お礼を言うと彼は私の額にキスをして、寝室を出て行った。
ひとりになって、私はふぅと息を吐く。
――今、何時くらいだろう。
随分と長いことあの塔の部屋にいた気がする。
(きっと、セレストさん心配しているだろうなぁ)
ローサや他の人たちもだ。夕食の時間はとっくに過ぎているはずで。
多分リューがセレストさんや皆にうまく説明してくれると思うけれど……。
そう考えながら寝返りを打とうとして、
「痛っ、」
下腹に少しの痛みと違和感を覚えた。
途端、つい先ほどまでの自分の痴態をまざまざと思い出してボンっと顔が爆発したみたいに熱くなった。
(私、本当にリューと……っ)
しかも、自分から誘ってしまった。
やっぱり、はしたなかっただろうか。
何か変ではなかっただろうか。
正解がわからなくて、むしろ全部おかしかった気がして大声を上げながら頭を抱えたくなった。
――でも、今とても心が満たされていて。
(リューも、同じ気持ちだったらいいな……)
そう思って、私は目を閉じた。
しばらくしてノックの音が聞こえて、私は浅い眠りから目を覚ました。
寝室に入ってきたリューは珍しくいつもローサ達が運んでいるワゴンを手にしていて。
「食べるものと、身体を拭くものを持ってきたぞ」
「えっ」
驚いてゆっくりと起き上がる。
「流石に腹が減ったからな。コハルも食べるだろう?」
「でも、ここで?」
寝室で食事なんていいのだろうか。
「私もう全然大丈夫なので、どこか別の部屋で」
先ほどはまたあの塔の螺旋階段を下りるのはきついと思ったけれど、別の部屋に移動するくらいなら全然問題なさそうだ。
それにいつものようにお風呂に入りたいと思ったのだけど。
「ダメだ。今日はもうこの部屋から出るな」
怒ったように言われて私が眉を寄せていると、彼はまたあの不貞腐れたような顔をした。
「コハルのそんな顔を他の誰にも見せたくない」
「!? そ、そんな顔ってどんな顔ですか!?」
そんなに酷い顔をしているだろうかとショックを受けていると彼はぼそっと続けた。
「俺に抱かれたのだとバレバレの顔をしている」
「!?」
かぁっとまた顔が熱くなる。
そんなことを言われたらもう観念するしかなくて。
「わかりました……」
「よし、では食事にしよう。あぁ、コハルはまず水だな」
そうして彼はなんだか嬉しそうに水差しからグラスに水を注いで私に渡してくれた。
その後も料理を口に運んでくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、気恥ずかしかったけれど今日だけは甘えてしまおうと思った。
――でも、流石に身体を拭いてもらうのは無理で。
「向こう向いててくださいね」
「今更だが?」
「いいからこっち向かないでください!」
一線を越えたからと言って恥ずかしいものは恥ずかしい。
彼が面白くなさそうな顔で背を向けたのを確認して、ささっと濡れタオルで身体を拭き彼が持ってきてくれたネグリジェに素早く着替える。
と、そのときだ。
「コハル」
「え?」
振り向こうとして後ろからやんわりと抱きしめられた。
「愛している」
「!」
耳元で囁かれたその言葉に胸がきゅうと切なくなる。
――“愛している”と、“愛おしい”は、同じ意味だろうか。
だとしたら……。
「私もです。リュー」
肩に回された腕に両手を添えて言うと彼が幸せそうな顔をして、私の心もまたいっぱいに満たされた気がした。




