第23話
それは、お客様との談話の最中だった。
謁見の間の扉がノックされ、入ってきたセレストさんは扉の前で一礼すると早口で言った。
「失礼いたします。陛下に至急お伝えしたいことが」
「どうした」
セレストさんはリューの元へと急ぎ駆け寄ると、小さく耳打ちをした。
(どうしたんだろう)
あのセレストさんがとても深刻そうな顔をしていて、余程のことだとわかる。
するとそれを聞いたリューの顔色がさっと変わった。
「いつだ!?」
「それが、もうお越しで」
「……っ」
リューは小さく舌打ちをしてから勢いよく立ち上がると、今話していた都で貿易商を営んでいるというお客様に丁寧に謝罪した。
「大変申し訳ないが急ぎ用が入ってしまった。話の続きはまたの機会で構わないか」
「は、はい、勿論でございます。今日は陛下と聖女様にお会い出来ただけで……」
そうしてその人は何度も頭を下げセレストさんに案内されて部屋を出て行った。
「リュー、何かあったの?」
ちらっと聞こえたセレストさんとの会話で、誰かが来たらしいことはわかったけれど。
見上げたリューはなんだか怖い顔をしていて胸がざわついた。
「忌々しい奴が来た」
「え?」
低い声で言って彼は私を見下ろした。
「コハルはこれまで通りで構わない」
「わ、わかりました」
なんだかこれまでとは全然違う雰囲気で、こちらにも緊張が走る。
(一体、どんな人が……?)
そして、もう一度ノックがされ扉が開いた。
私も立ち上がり、ごくりと喉を鳴らす。
でも、恭しく頭を下げたセレストさんの前を通り、この謁見の間に入ってきた人物を見て。
――!?
パカンと口が開いてしまった。
(え、エル……!?)
その銀髪、翡翠の瞳、中世的で美しい立ち振る舞いは間違いなく、つい先ほど再会したばかりの彼だった。
(な、なんでエルが……)
「久しいな、妖精王」
リューがそう言って彼の方へと歩み寄っていく。
(……は? 今、なんて?)
リューの堂々とした背中を目で追いながら、脳内で彼の言葉を反芻する。
――妖精、王?
私の聞き間違えでなければそう呼ばれたエルは、朗らかな笑みを浮かべてリューに右手を差し出した。
「いやあ、突然来てしまって悪かったねぇ。竜帝くん」
そうしてふたりはしっかりと握手を交わした。
(――ちょ、ちょっと待って。え? エルが妖精王? 妖精王って、『妖精の国』の王様ってこと……!?)
記憶を辿れば確かにエルと出逢ったのは『妖精の国』だった。
でも、妖精であるメリーは彼のことを全然知らないようだったし、一国の王様があんなふうにふらふらと私の旅について来たりするだろうか。
と、私がひとり大混乱しているときだ。
「コハル、さっきぶり~」
「へっ!?」
エルが良い笑顔でひらひらと手を振っていた。
リューが驚いたようにこちらを振り返り、私は慌てて曖昧な笑みを返す。
「あ、はは」
「……あー、コハルとは知り合いだったか?」
リューがそう貼り付いたような笑顔で訊くと、エルはにこにこと答えた。
「知り合いっていうか、7年前に一緒に旅をした仲、まぁ、元パートナーってやつだよ。ねぇ、コハル」
「え、えーっと」
確かに間違ってはいないけれど、その言い方はなんだか余計な火種を生む気がして、私は浮かべた笑顔が引きつるのを感じた。
「そのコハルと竜帝くんが結婚すると聞いてね。居ても立ってもいられなくなって、はるばるこうして来てしまったんだ。いや、本当におめでとう」
「それは、わざわざ御足労痛み入る」
「あ、ありがとうございます」
リューの後に続けてお礼を言う。
「それで手ぶらもなんだし、ちょっとしたお祝いの品を持ってきたんだ」
彼は懐から小さな箱を取り出し、私を見た。
「コハルに」
「えっ」
そうしてエルはリューの傍らをすり抜け私の元へとやってくる。
「はい、おめでとうコハル」
「あ、ありがとうございます」
おずおずとその繊細な装飾の施された小箱を受け取る。
「開けてみて」
そう言われて開けてみると、中には綺麗なブローチが入っていた。
まるでエルの瞳のような翡翠のブローチだ。
「『妖精の国』特製のお守りだよ」
「お守り?」
「そう。コハルはそそっかしいからねぇ。ほら、さっきも椅子ごとひっくり返りそうになっていただろう?」
「あ、あれは……!」
思い出して顔が熱くなる。
「あの頃もコハルはよく転んだり自分から危険に飛び込んでいったり本当に目が離せなかったからね。きっとこれが君を守ってくれるよ」
「ありがとう、ございます」
昔の話はあまりしないで欲しいと思いながらもしっかりと頭を下げてお礼を言うと、エルは可笑しそうに吹き出した。
「なんだいさっきから。いつもの調子で話してくれていいのに。……僕の正体を知って、驚いたかい?」
面白がるように言われて少しむっとする。
「そりゃ、驚きましたよ。……言ってくれたら良かったのに」
最後ぼそっと小声で続ける。
こんな形で知ることになるなんて、一番恥ずかしいではないか。
すると彼は悪戯が成功した子供のように満足げに微笑んだ。
「そうやってコハルが驚く顔が見たかったんだ。でも、ほんと今まで通りで構わないよ。君は、僕の特別だからね」
「特別って、」
そのときだ。
突然目の前に長い腕が伸びてきた。
「妖精王、あまり俺の妻に近づかないでもらいたい」
(リュー!?)
私の傍らに立ったリューが不機嫌を隠さずにエルを睨んでいて焦る。
一応エルは本当に王様みたいで、そんな彼にその態度はマズイのではないだろうか。
エルは案の定ぽかんとした顔でリューを見返して、でもそれから口元を押さえてくくっと肩を震わせた。
「妻? まだ契りを交わしてもいないのに?」
「!?」
リューの顔つきが変わった。
その意味に一拍遅れて気づいた私は思わず悲鳴のような声を上げていた。
「ちょっと、何言って!?」
「わかるよ。コハルはあの頃と変わらず綺麗なままだからね」
「~~っ」
恥ずかし過ぎて私が口をぱくぱくとさせていると、エルはリューの方に視線を戻した。
「悪かったよ。そんなに怖い顔をしないで、竜帝くん」
「……」
「安心したんだ。君が、本能のままにコハルを穢すような竜人じゃなくて。うん。我が『妖精の国』も君らを祝福するよ」
しかしリューは何も返さない。
そんな彼に薄く笑って、エルは続けた。
「まぁ、もしこれがコハルの望まない結婚だとしたら、話は別だけどね」
どきりとした。
エルはもう一度私を見てにっこりと笑うと、くるりと背を向けた。
「さて、一先ず用は済んだし、これでお暇するとしようかな。あぁ、でも折角来たし少しの間この国にいさせてもらおうと思うんだ」
「えっ!?」
私が声を上げると、彼はもう一度こちらを振り向いた。
「コハルとあの頃の積もる話もしたいし。そういうわけで、少しの間この城に厄介になるよ。よろしくね、竜帝くん」
そうして、彼は謁見の間を出て行ってしまった。




