第22話
(それにしてもエル、何にも変わってなかったなぁ)
ローサが淹れてくれた紅茶を飲みながら彼の笑顔を思い浮かべる。
あの頃も年齢不詳な美しさを持った人だと思ったけれど。
でもこういう再会は純粋に嬉しい。
7年前に出逢った人たちにこれからもこうして会えるのだと思ったら口元が緩んだ。
(でも、何しに来たんだろう……?)
私がこの世界に戻ってきたのを知ってわざわざ会いに来てくれたのだろうか。
だとしたらまた姿を見せてくれるだろうか。
「それでは、また昼食のご用意が出来ましたらお声がけいたします」
「あ、ローサ!」
「はい?」
部屋を出て行こうとした彼女を呼び止める。
「私に何か出来ることってないかな」
「え?」
「その、こういうとき時間持て余しちゃって。掃除とか料理とか、私にも何か手伝えることないかなって」
私がそう言うと、ローサは困ったように笑った。
「お気持ちは大変有難いのですが、コハル様にそういったことをお手伝いしていただくわけには……」
「そ、そうだよね、バレたら大変だもんね」
「コハル様は午後から大事なご公務がございますから、それまでゆっくりなさってください」
「うん、ありがとうローサ」
ローサは微笑んで部屋を出て行った。
ふぅと溜息を吐く。
家事を何もしなくていいなんて以前に比べたら夢のような生活なのに、どうにも落ち着かない。
(でもそうだ。私は私のお仕事を頑張ろう)
庭園のこととかリューに相談したいこともある。
それまでは存分にゆっくりすることにした。
――でも。
「会議お疲れ様です」
「……あぁ」
昼食の場で顔を合わせたリューは、なぜかすこぶる機嫌が悪かった。
話しかけても妙に素っ気なくて、目を合わせてもくれない。
周りの皆もそんなリューに気付いている様子で。
(会議で何かあったのかな……?)
こんな調子では午後の仕事にも支障が出るのでは。そう危惧した私は先にひとり部屋を出ていってしまった彼を追いかけた。
「リュー、何かあった?」
「……」
後ろから声をかけてもやっぱりこちらを振り向いてもくれない。
「何か、怒ってます?」
「……会議中」
ぼそっと口を開いてくれた彼に相槌を打つ。
「うん?」
「コハルが男と話しているのを見た」
「うん……は?」
思わずそんな間抜けな声が出てしまった。
と、こちらを振り向いた彼は完全に不貞腐れた顔をしていて。
「楽しそうに、ふたりで一体何を話していたんだ」
そう訊かれて、私は戸惑う。
(男? って、もしかしてエルのこと?)
あれを見られていたのかと驚く。でも。
「コハルが庭師に何の用があったんだ」
「庭? ……あ、ベルデさんのこと!?」
そう言うと彼の眉がぴくりと跳ね上がった。
「なぜコハルが庭師の名など知っている」
「え、いや、私もさっき知って……って、ちょっと待って。もしかしてそれで怒ってるの!?」
思わずタメ口で素っ頓狂な声を上げてしまうと彼はムスっとした顔をした。
「悪いか」
「悪いっていうか……ふっ」
つい吹き出してしまった。
「な、何を笑っている!」
「だ、だって……」
(かわいい~~っ!)
彼には申し訳ないけれど、そう思ってしまった。
何を怒っているのかと思ったら、まさか嫉妬してくれていたなんて。
でもリューの未だぶすっとした顔を見て、私は慌てて笑うのをやめた。
「すみません。ただお花のお礼をしに行っただけです」
「本当か?」
「本当です。それにあのときメリーもアマリーも一緒でしたし」
「……見えなかった。だが、お礼にしては結構長いこと話していただろう」
「ちょっと庭園についての話をしていて」
「庭園の?」
「はい。――あ、そうだ。そのことでリューに相談があったんです」
私は丁度いいと先ほどベルデさんと話していた庭園の件をリューに話すことにした。
最初訝しげな顔をしていた彼も、話していくうちに真剣になって聞いてくれて。
「……コハルは、この城の庭園が花であふれたら嬉しいのか」
「はい! メリーも喜びますし、お城のイメージも明るくなると思うんです」
「イメージか……わかった。後でセレストにも話してみよう」
「ありがとうございます!」
すんなりと受け入れてくれてほっとする。
ベルデさんもきっと喜ぶだろう。
「――だが」
「!」
そこで急に腕を引かれ抱きしめられた。
「俺の知らないところで男と会うのはもうやめてくれ」
「え?」
「自分でも度量が小さいとわかっている。だが、嫌なんだ」
ぎゅうっと抱きしめる腕に力がこもって、私はその背中に手を回す。
「わかりました。今度誰かに会うときはリューに言うようにします」
「そうしてくれると有難い」
ふふっと微笑んで私は言う。
「でもリュー、皆の前で不機嫌になるのはやめてください。皆心配します」
「……わかった。気を付ける」
「お願いします」
笑顔で見上げると、熱を帯びた金の瞳とぶつかってどきりとする。
頬に手を添えられてその綺麗な瞳が近づいてくる。私はゆっくりと目を閉じて……。
「ゴホンっ」
「!?」
いきなり聞こえた咳払いにびっくりしてそちらを見る。
「陛下、ここでは人目につきますので」
セレストさんが眉間に皴をいっぱいに寄せて立っていて、かぁっと顔が熱くなった。
(み、見られてた……!)
そうだ。ここはいつ誰が通るかわからない廊下でした!
リューも慌てたように私から手を離した。その顔はやっぱり少し赤くなっていて。
「そ、そうだな」
「そろそろ皆様ご到着される時刻です。コハル様も御支度を」
「は、はいっ!」
思わず出た声がひっくり返ってしまい、更に顔の熱が上がった。
そうして、私たちはそれぞれ部屋に戻り午後の準備に入ったのだった。
(リューも嫉妬なんてするんだ)
ローサたちに支度を手伝ってもらいながら、先ほどのあの不貞腐れた顔を思い出してついまた口元が緩みそうになってしまった。
――でもまさか、その「嫉妬」があんな笑えない事態を招くなんて、このときは思いもしていなかった……。




