第21話
(うーん、暇だ……)
部屋に戻った私はソファの背もたれに寄り掛かり、ぼけっと天井を眺めていた。
棚の上の置時計に視線を向ける。まだお昼まで大分時間がある。
こういう時いつも手にしていたスマホはティーアの城に鞄ごと置いてきてしまったし、きっともう電池も切れてしまっているだろう。
好きに過ごしていいとは言われたものの、このお城では出来ることが限られている。
城内を一通り案内されたときに確か図書室はあったけれど、この世界の文字は私には全く理解できない。
(文字の勉強もしなきゃかなぁ)
言葉が通じるのは7年前も不思議に思ったけれど、それも聖女の力なのだとティーアに言われそういうものかと納得しつつ、なら文字も読めたらいいのにと思ったりした。
(会議、私も参加させてもらえば良かったかな)
この国のことが色々とわかる良い機会だったかもしれない。
一先ず立ち上がり、私は大きな窓を開けてバルコニーに出た。
少しひんやりとした爽やかな風が頬にあたって気持ちがいい。
私はそこに置かれていた可愛らしい椅子に腰を下ろし景色を眺めた。
ここからでも小さく竜の都は見えるけれど、流石に人々の様子まではわからない。
(やっぱり一度行ってみたいなぁ)
この国の人々の生活も気になるけれど、ぶらぶらと街中を散策してみたいと思った。
7年前も色んな国へ行ったけれどいつ魔物が襲ってくるかわからずそんな気持ちの余裕がなかった。
今なら観光気分で楽しめそうだ。
「コハルさま?」
先ほどまで部屋でお花を食んでいたメリーがこちらに飛んできた。
「どうかしましたか?」
「ううん。……あ、そうだ。メリーは本当にここに来て良かったの?」
そう訊くと、メリーは首を傾げた。
「どういうことですか?」
「メリーにとっては花の国の方が過ごしやすいでしょう? もし帰りたかったら」
「メリーはコハルさまのお傍が良いのです!」
まだ話している途中でメリーは勢いよく私の胸に飛び込んできた。
「それとも、コハルさまはメリーに傍にいて欲しくないのですか?」
うるうると涙目で見上げられて私はぶんぶんと首を振る。
「そんなことないよ! メリーが一緒に来てくれてすごく嬉しかったし」
「それなら良かったのです~! これからもコハルさまのお傍にいさせてください」
にこ~っと笑ったメリーを私はぎゅううっと抱きしめた。
ああもうなんて可愛いのだろう!
「こちらこそ! メリー大好き!」
「メリーもコハルさまが大好きなのです~! あの竜人族はムカつきますが、コハルさまをこの世界に喚び戻してくれたことだけはほんのちょみっとだけ感謝してやってもいいのです。絶対に言いませんけど」
続けてそんなことを言ったメリーにふふと笑ってしまう。
(でもほんと、リューがこの世界に喚んでくれなかったらこうしてまたメリーやティーアに会うことはなかったんだよなぁ)
向こうの世界に全く未練はないと言ったら嘘になるけれど、またここに来れて良かったと思う。
(……と言って、この国でリューと結婚して竜帝妃になるのはなぁ)
未だに実感がわかない。というか私に一国のお妃様なんて大役が務まるとはどうしても思えない。
文字も読めない。この国、いや、この世界のこともまだわからないことだらけだ。
小さく溜息を吐きながらもう一度この国の景色を眺める。
リューはこの国の人たち皆が私を歓迎していると言っていたけれど。
(本当にそうなのかな……)
確かに聖女の力で魔王を封印して世界は救ったけれど、異世界から来たなんて得体の知れない小娘を本当に皆歓迎してくれているのだろうか。
「自信ないなぁ」
そうぼそっと零したときだった。
「お悩みかな?」
「!?」
唐突に聞こえた声にびっくりして立ち上がる。
でもその姿はどこにもない。
幻聴かと腕の中のメリーを見下ろすと怯えた目とぶつかって。
「聞こえたよね?」
「き、聞こえたのです」
「だよね!」
少し高めの、でも確かに男の人の声だった。
――でもそのとき、一瞬何かを思い出しかける。
確か前にもこんなことが……。
「久しぶりだね、コハル」
「だ、誰!?」
またはっきりと聞こえた声に身構える。
と、視界の端でキラリと何かが光った気がして急いでそちらを見るがやっぱり何もない。
「忘れてしまったのかい?」
「え?」
次の瞬間、いきなり目の前に長身の男性が現れた。
「ぎゃっ!?」
驚いて後退りした私はすぐ背後にあった椅子に思いっきり足を引っ掻けてしまった。
(――ヤ、バっ!)
「っと、危ない」
バランスを崩し危うく椅子と一緒に転倒しそうになったところを、その人に腕を引かれなんとか持ち堪える。
――!
間近に見たその人の瞳は綺麗な翡翠色で、私は目を見開く。
その色には覚えがあった。
彼は私から手を離すと、くくっと可笑しそうに肩を震わせた。
「あのときと全く同じ反応なんだもんなぁ。変わらないね、コハル」
翡翠の瞳、そして透き通るような銀の髪。
「――も、もしかして、エル!?」
「そうだよ、コハル。久しぶりだね」
彼はそうしてあの頃と全く変わらない穏やかな笑みを浮かべた。
「コハルさま……お知り合いですか?」
私の後ろに隠れていたメリーが小さな声で訊いて、私は頷く。
「うん、7年前に少しだけ一緒に旅をしたの」
そう、彼は旅の途中今のように突然私の前に現れて、少しの間行動を共にしたのだ。
目的の場所まで案内してくれて、不思議な力で危ないところを助けてくれたこともあった。
最初は流石に警戒していた私も、その中世的な優しい顔立ちと柔らかな雰囲気にいつの間にか気を許していた。
でも私が目的を果たしたところで現れたときと同じようにいつの間にか姿を消してしまって……。
「そうだよ、あのとき結局お礼も言えなくて。だっていきなりいなくなっちゃうから」
「はは、そうそう。そうだったね」
楽しそうに笑う彼を見て呆れて言う。
「そうだったね、じゃないよ、あのとき結構心配したんだから」
「ごめんごめん」
7年前、結局彼のことは「エル」という名前しかわからなかった。
一体彼はなんなのか、なぜあのとき私を助けてくれたのかもわからないままだ。
「でも、また会えて良かった。あのときは本当にありがとう、エル」
7年越しにお礼を言うと、エルは優しく微笑んだ。
「言っただろう、きっとまた会えるって」
「え?」
「……でも、」
そのとき彼の翡翠の瞳がすっと伏せられた。
「まさか、君が竜帝妃になるなんて思わなかったなぁ」
「コハル様、お茶のご用意が出来ました」
「え!?」
急に入ってきた声にハっとして振り返ると窓からローサが顔を覗かせていて焦る。
「申し訳ありません。お返事が無かったので、勝手に失礼させていただきました」
「あ、えっと、彼は」
エルのことをどう説明しようと慌てて彼の方を見て、
「あ、あれ!?」
そこにはもう、その姿はなかった。
「コハル様? どうされました?」
なんだか狐につままれたような気分で見下ろせば、メリーも私と同じような顔をしていて。
……やっぱり彼はよくわからない不思議な人だと思った。




