第19話
……ゆっくりと意識が浮上していく。
瞼の向こうがもう明るい。朝だ。でもまだ目を開けたくない。
そろそろスマホのアラームが大音量で鳴り響く頃だろう。
嫌だな、まだ起きたくないなぁ、そう思いながら寝返りを打って、ドンと何かにぶつかった。
(……?)
なんだろうと重い瞼を上げて。
「おはよう、コハル」
「!?」
眩しい笑顔がすぐ目の前にあって一気に覚醒する。
(――そ、そうだ。ここは異世界だった!)
昨日は私のほうが先に目覚めたからまだ良かったけれど、こうして寝起きの顔を見られるのは相当に恥ずかしい。
というか、やっぱり寝覚めに彼の整った顔はすこぶる心臓に良くない。
いつかはこれに慣れる日が来るのだろうか……?
「お、おはようございます」
なんとなく顔を伏せながらのそりと起き上がると、そんな私を見て彼はふっと笑った。
「コハル、寝癖が酷いことになっているぞ」
「!?」
シーツを被って寝たせいか完全に爆発している髪の毛を慌てて手櫛で整えていると、ちゅっといきなり額にキスをされた。
「かわいいから平気だ」
「~~っ、朝からそういうの禁止です!」
真っ赤になっているだろう顔で私が抗議したそのときだ。
「コハルさま~! おはようございます~~!」
バーンっと内扉を開けメリーが寝室に飛び込んできた。
そしてそのままリュー目掛けて突っ込んでいく。
「コハルさまから今すぐ離れろキーーック!!」
が、今日のリューはそれをなんなくかわし得意げに鼻を鳴らした。
「ふん、何度もやられると思うなよ」
「ふんぬーーーーっ!!」
メリーは悔しそうに空中で器用に地団太を踏んでから私の胸にぼふっと飛び込んできた。
「コハルさま~そいつマジでムカつきます~~ベッコベコにしてやりたいぃ~~っ!」
「ははは……はぁ」
――こうして、この世界での新生活3日目が騒がしく幕を開けた。
「庭師にですか?」
朝の支度の最中、髪の毛を整えてくれていたローサが一時手を止めた。
「そう、メリーと一緒にお花のお礼をしに行きたいなと思って。それで、アマリーに案内をお願いしたいんだけど」
アマリーは今日もこの部屋にたくさんのお花を持ってきてくれて、メリーは先ほどからそれを美味しそうに食んでいる。
すると背後にいたアマリーが鏡越しに力強く頷いてくれた。
「私でよろしければご案内いたします!」
「ありがとう。行けそうな時間がわかったらまた声をかけるね」
「はい! 私はいつでも。庭師にも伝えておきます」
この後セレストさんから今日のスケジュールが聞けるだろう。それで空き時間がわかるはずだ。
(セレストさんにも今日はちゃんとお礼言わなきゃ)
――そのチャンスは、その後すぐに訪れた。
朝食後のティータイム、昨日と同様にセレストさんがスケジュールを淡々と読み上げていく。
今日もリューと私に挨拶に訪れる人たちは多いようだ。
「……以上になります」
「わかった。コハルは午前中は好きに過ごしてくれ」
リューに言われて、瞬間ぽかんとしてしまった。
午前中何やら大事な会議があるようだけれど、私は出席しなくていいみたいだ。
「わかりました」
そう真面目に返事をしながら、正直心が浮き立った。
どうしよう。何をして過ごそうか。
(でもまずは、メリーと庭師さんに会いにいこう!)
そして、リューとそれぞれ自室に戻る時にセレストさんと話すチャンスは訪れた。
リューが「また後でな」と言って自室へと入っていき、それに続こうとしたセレストさんに私は思い切って声をかけた。
「あ、あの、セレストさん!」
「はい」
彼はすぐにこちらを振り向いてくれた。
その隙の無い立ち姿にやはり少しの緊張を覚える。
「昨日は、アマリーの件聞き入れてくださってありがとうございました」
そう言って頭を下げると、彼は何度か目を瞬いてから首を振った。
「いえ、彼女も反省しているようですし」
そして彼は続けた。
「妖精の、メリー様でしたか。喜んでくださいましたか?」
「え? あ、はい! 今日もさっきアマリーがお花を持ってきてくれて、すごく美味しそうに食べていました」
そう答えると彼の表情がほんの僅か緩んだ気がした。
「それなら良かったです。……それでは」
丁寧に会釈をしてセレストさんはリューの部屋へと入っていった。
それを見送って。
(見た目ほど、怖い人じゃないのかも……?)
また少し、心が浮き立った。
「メリー! 庭師さんのとこ一緒に行こう!」
部屋に入り、ソファでごろごろしていたメリーにそう声をかける。
すると案の定メリーは嫌そうな顔をした。
「えぇ~~」
「えぇ~じゃないよ。ちゃんとお花のお礼言いにいかなきゃ。美味しいお花これからも食べたいでしょう?」
見れば、朝こんもりと花瓶に飾られていたお花はもう半分くらい減ってしまっていた。
「ですけど~」
「アマリーが来てくれたら案内してもらうからね」
「はぁ~い」
渋々と返事をしたメリーに苦笑して、私はアマリーたちが来てくれるのを待った。




