第18話
(疲れた……)
ローサたちが「おやすみなさいませ」と部屋を去って、ひとりになった私はネグリジェ姿でソファにダイブした。
「ていうか、これじゃあやってること向こうと一緒」
つい数日前までの自分を思い出して、ふふっと笑ってしまう。
でもここには癒しがある。
私はソファの端っこの白いもこもこに目を向ける。
メリーは私が部屋に戻るとすでにぷーぷーと鼻提灯を出しながら寝てしまっていた。
私は起こさないよう優しくそのもこもこな毛並みを撫でる。
(ほんと、癒しだぁ~)
しばらくその感触を堪能して、はぁと小さく溜息を吐く。
……隣の寝室に行かなければと思うけれど、また昨日のようにリューに抱き枕にされると思うとなかなか身体が動かなかった。
(嫌ではないんだけど……)
思い出して顔が熱くなるのを感じた。
――彼は私の心が決まるまで待つと言ってくれた。
(私の心か……)
リューのことは、好き……なのだと思う。
過剰なくらい大事にされているのがわかるし、私だけに見せてくれる子供っぽいところも、昔の彼を知っているからか嫌ではない。
それに、彼はこんな私のことを必要としてくれる。愛してくれる。
素直に嬉しい。
でも、私のこの「好き」という気持ちが彼と同じものなのかどうかわからない。……自信がない。
それはこれまで誰かを愛したことも、恋をしたこともないからだ。
(恋愛経験値が低すぎる……)
そして、どうしても残る罪悪感。
彼のことを知る毎にその感覚は強くなっていく。
――コハルの存在が、いつでも俺の原動力だった。
昼間かけてくれた言葉も本当に嬉しかったけれど。
その間、私は彼のことを忘れていたのだ。
あのとき交わした約束だって、当時の私は全然本気にしていなかった。
それを知ったら、彼はどう思うだろう。
……考えると胸が痛かった。
はぁ、ともう一度溜息をついて仰向けになると、件の花瓶が視界に入った。
メリーが全て食べきってしまったのだろう、今は花は挿さっていない。
(そうだ。メリーと一緒に庭師さんにお礼言いに行かなきゃ……あと、セレストさんにも)
セレストさんにはアマリーのこともちゃんとお礼したいのだけど、何かと忙しそうでなかなかそのチャンスがない。
(明日は話せるといいなぁ……)
目を瞑ってしまったのがいけなかった。
私はそのまま眠りに落ちてしまった。
――声が、聞こえた。
「きっとまた会える」
……誰?
おぼろげに映ったのは綺麗な銀の髪。
でも、顔が思い出せない。
「そのときを楽しみにしているよ、コハル」
あなたは、誰……?
「コハル?」
「ふぇ!?」
パっと目を開けると、リューがこちらを見下ろしていた。
「なかなか寝室に来ないから心配したぞ」
そのふてくされたような顔を見て慌てる。
ついうっかり寝落ちしてしまったみたいだ。
「す、すみません!」
起き上がると手が差し出されて、私はその手を握り立ち上がった。
「ありがとうございます」
「疲れたか?」
「はは、正直ちょっと」
「明日は少しスケジュールを緩めてもらうか」
手を引かれながら寝室に入り私は首を振った。
「いえ、大丈夫です。向こうの生活よりは全然楽なので」
「……そこの妖精にも少し聞いたが、向こうの仕事はそんなに大変だったのか」
「メリーから?」
「あぁ……カチョーとかいうクズから酷い仕打ちを受けたと」
そんな話までしたんだと思いながら苦笑する。
「あー、まぁ、私が要領が悪かったせいもあったんですが、人に恵まれなかったというか……でもここは私には勿体ないくらい優しい良い人ばかりなので、明日も頑張ります!」
軽くガッツポーズを取って笑ってみせる。
本当に、ここでの皆の優しさは恐縮してしまうくらいだ。
「それなら良かった」
リューは私の手を握ったままベッドに腰掛け、こちらを愛おしげに見上げた。
思わずどきりとする。
そのまま手を引かれ、やんわりと抱きしめられる。
「お疲れ、コハル」
「……っ!」
そうして頭を撫でられて、ぼっと顔が熱くなった。
――特に、リューの優しさはくすぐったいほどで。
頭を撫でられるのなんていつぶりだろう。
なんだかやたらと気恥ずかしくて、私はお返しとばかりに手を伸ばし彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「リューもお疲れ様です!」
照れ隠しに笑顔で言う。
すると彼は驚いたように私を見て、それからスっと真顔になった。
(あ、あれ?)
流石に失礼だったろうか。
その反応に不安になっていると。
「……コハル、あまりこういうことをするな」
「ご、ごめんなさい!」
「抑えがきかなくなると言っただろう」
「え……っ!」
いきなり身体を反転させられ、気付けば金の瞳に間近に見下ろされていた。
そしてキスが降ってくる。
「ん……っ」
全身が強張る。
最初啄むようだったそれは、徐々に深くなっていく。
軽く唇を舐められて、私はおずおずと口を開いた。
すると彼はこちらの反応を確かめるように、ゆっくりと中に入ってきた。
舌を絡め取られて、その生々しい感触にぞくぞくと震えが走る。
気付いたら呼吸も忘れて彼のシャツを強く握り締めていた。
「はっ、……あっ」
やっと解放されたと思ったら、首筋にキスを落とされて思わず変な声が漏れてしまった。
その声に自分で驚いて、見ればリューも目を丸くしていて、かぁーっとどうしようもなく顔が熱くなる。
「コハル、」
「い、今のは、違います!」
何が違うのか自分でもわからないまま大きな声で否定する。
「可愛すぎるだろう!」
「はぁ!?」
そうしてぎゅーっと抱きしめてきた彼は私の耳元で甘く囁いた。
「もっと聞かせてくれ」
「~~っ!」
そこが限界で。
もう一度近づいてきたその良い顔を私は両手で押しやっていた。
「もうダメです寝ます!」
「嘘だろう!」
「嘘じゃないです! おやすみなさい!」
リューの腕からなんとか抜け出した私はシーツを頭から被り蹲るように横になった。
(もーー恥ずかしすぎる~~!!)
「コハル……」
そんな情けない声が聞こえてきたけれど無視する。
すると彼は諦めたように溜息を吐いてシーツの中に入ってきた。
そして昨日のように後ろから抱きしめられる。
「おやすみ、コハル」
「……おやすみなさい」
ぼそっと答えると彼が小さく笑うのがわかった。
気恥ずかしさはどうしても拭えないけれど、昨日よりは眠れる気がした……。




