世界の狭間 破壊の神
微睡むエンジの意識にどこかから陽気な鼻歌が聞こえてくる。
それに釣られるように意識を覚醒させると、周囲は銀河のような綺麗な星々が煌めく宇宙空間のような場所で、そこに美しく輝く細い糸がどこかへと四方八方に向かって延びていた。
おびただしい数の糸が張り巡らされている中心には、鼻歌を歌いながら一瞬毎に別人になったり、性別が変わったり、複数に分裂していたり、かと思えばまた一人に戻ったりと、目まぐるしく姿が変わる人影がある。
その光景をエンジは寝起きのボーッとした意識で眺めていた。
背を向けながら、まるでオーケストラの指揮をするかのように腕を振るっていた人影が、不意にエンジの方を振り向く。
時々、複数人のコーラスになったりする鼻歌を歌いながら。
『あれ? 久しいのう。君はあの時の子だろ?』
コロコロと変化を続けながら複数に重なって聞こえる声で、楽しそうに話しかけてくる得体の知れない人物にエンジは戸惑う。
『私を覚えてないのかい? 僕はね、こういう者なんだよ!』
そう言って何かを差し出してくる。
うっすらとボヤける視界に入った長方形の小さい紙は
【塵一つから世界まで! 何でも処分するアナタの便利屋『破壊神』 お気軽にご連絡ください!】
とポップなフォントで書かれた名刺だった。
「―――――」
『そう! 我こそが破壊神くんちゃんなんだよね~!』
名刺を読んで驚きに声を上げるが、何故かそれは音にならない。しかし込めた意志は通じたようで、ニコニコとした破壊神がうんうんと頷いていた。その軽いノリのせいで、なんとなくげんなりとしたエンジに首を傾げた彼、又は彼女がエンジの周りをグルグルと歩き回りながら話しかけてくる。
『あれ~? 俺に何かご不満かねぇ?』
「―――――」
『あぁ! 今は久しぶりに他者に会ってテンション上がってるからねぇ! なんせここ、ほとんど誰も来ないから!』
人数から口調まで何もかもがコロコロと変化する破壊神だが、一貫して楽しそうな雰囲気だけは変わらないことで本人の主張が事実なのだとエンジに訴えかけてくる。
エンジは以前の自分から聞いていた破壊神の戦闘狂じみた性格やその力、姿形など、全てがことごとく一致しない事に困惑し、ポツリと言葉をこぼすが、相変わらずその声が音になることはない。
「―――――――」
『そうだね! でも、あれは朕の仕事用端末の一つであるからして。まあ、今のこの体も同じだし、そちと遊んだあの端末は壊れちゃったんですけれども……あっ、お仕事辞めたいわ……』
そう言うやいなや破壊神のテンションはダダ下がり、どんよりと踞りだした。急な事で呆気にとられるエンジを余所に、発作的に泣きべそをかきながら仕事の愚痴を言い始め、グネグネと悶える破壊神だった。
『いやー恥ずかしいとこ見せたね。端末が壊れると後始末が大変だし、ちょっとここ最近忙しくてさ、ストレス溜まってたみたい』
「――――」
『お陰さまでスッキリした。ありがとう!』
余りの醜態にエンジがお仕事できてエライね、などと適当な事を言って一生懸命なぐさめ、よく内容の理解できない愚痴を聞き流しながら膝枕をしたり、頭を撫でたりと、しばらく散々甘やかした結果、 鬱々とした雰囲気は霧散し破壊神はすっかり元気を取り戻していた。
エンジが四日堂で培った、対めんどくさい客用スキルが遺憾なく発揮された瞬間だった。
ちなみに膝枕をされている間は、容姿は変われどもずっと女性の姿であった。一応、最低限の配慮するくらいの余裕は残っていた様子の破壊神である。
『それでー、なんでー君はーここに居るのー? もしかしてー破壊神にー就職し――』
「――――――」
『あっ。そうッスか。まあいいや、ちょっと失礼するッス』
破壊神の当然の問いにエンジが食い気味で否定し、ジト目で冷たい対応をする。既にエンジのサービスタイムは終了していたのだ。
久々に受けた優しさがなくなったことで破壊神はガックリと肩を落とすが、気を取り直しエンジをじっくりと観察しだす。ふむふむと言いながら全身を見回し、最後に眼帯のない右目を覗くと納得したのか観察を止めた。
『なんとなくわかったのよ。そなたは妾の権能を辿ってココにきたのね』
「―――――」
『今までならね。でも今は出来るようになってるの。何か心当たりがあるんじゃないかな?かな?』
「―――――」
僧侶の自分に言われ能力の練習をしていた事を思い浮かべて、ふいと目を逸らしたエンジを見るなり、ニマァ〜としたと獲物を見つけた猫のような笑顔を浮かべた破壊神がササッと肩を組んできた。
『あは! やっぱりあるんじゃ~ん!』
そう言ってギャルっぽく笑うとエンジの頬をぷにぷにと突っついてくる。
ウザそうにしながらも、されるがまま突っつかれ続ける彼女の様子に満足したのか、突っつくのを止めるとそのまま後ろに回り、覆いかぶさる様に頬ずりをする。
『ボク様の権能に慣れて来てるんだねぇ〜。ボク様としては同僚が増えそうで嬉しいかぎりだよぉ』
「―――――」
『ほんの少しづつではあるがの。今は第一段階といった所かのう』
「――――――」
『魂の拡張ですねぇ~。今のアナタの"能力"もその一環ですぅ』
「――――――」
『そうであるな。"最初"の貴様はただ運命を外しただけで、ただ頑丈なこと以外なんの特殊能力もない存在であったが、次からの貴様はそうではないのだろう?』
「――――」
ニコニコと上機嫌で観察結果を語る破壊神。その観察眼は今のエンジの状態から辿った経歴の全てを見通していた。
言われたエンジは、かねてから対話を重ねていた過去の自分たちを思い返すと少し納得する。
『それは麻呂の権能が、そちの魂に混じり込んだが故。麻呂の権能はゆるりと時をかけ徐々に魂へと馴染み、今や麻呂の元へやって来れる程に花開いたのでおじゃろう』
おもむろに立ち上がり腕を組み、したり顔でウンウンと頷く、白塗りに麻呂眉の破壊神。首から下はだるだるのシャツにヨレヨレのスウェットパンツ姿はかなりチグハグであった。
そんなバカ殿の亜種みたいな姿の破壊神の言葉に、エンジは困惑気味に問いかける。
「―――――――――」
『愛梨亜……? ああ、あの幼い女神たちだべか。あの子ら、ちゃんと知らないんじゃねぇべか? あそこのクズ神どもに、何も知らされず良いように利用されちょったからのう』
どこからともなく取り出した鍬を担いだ昔の農民姿の破壊神は、自身に面倒をかけて管理者達の中で指名手配されたバカたちを思い出し顎を掻いた。
その次の瞬間にはギャル姿になって愛梨亜たち三柱を思い、同情を示す。かなり軽い態度で。
『女神の卵の頃に攫われてそのままっしょ〜? それから助かったと思ったら、知識を得る間も無く、今度はキミを連れて色んな世界への逃亡生活ってさぁ。あそこの創造の女神も原因になった誘拐犯どもにブチ切れてたしぃ〜、大変ダネ!』
「――――――――――」
『その彼女らの心労の原因の一つが、小生が分けてあげた権能ってことですね! フヒヒ、サーセン』
エンジがしょんぼりと肩を落とすと、小太りの男になった破壊神がぐふぐふと気持ち悪く笑いながら茶化した。
絶妙に不快なその態度に少しイラッとしたエンジが無言で冷たい視線を浴びせると、破壊神は少し怯んだように吃りながら、慌てて己の見解を告げる。
『ま、まあ、拙の権能に馴染んだとて人格が変わるでもなし、問題なかろうて。おそらくその女神たちは魂が拡張する際のヒビを、崩壊の予兆と勘違いしておるのだろう』
「――――」
『違うのん。崩壊するときはヒビなんか入らないで、溶け落ちていくのん。ドロドロって。だからアナタの魂は崩壊じゃなくて拡張なのん』
「―――」
『……コレに管理者なら普通は学んでるはずの知識を入れとくから、その子たちに渡しといてくれ。……まあ、お前も知っておくと損はない知識だし、実際参考にするかどうかはお前たちの自由だ』
"最初のエンジ"以来、ずっと寄り添ってくれている三人が、心配して心を乱していた原因である、自身の魂の崩壊についての憂いが晴れたことで、ホッと表情を緩めたエンジ。
そんな彼女の感情の機微を見て取った破壊神は穏やかに微笑み、エンジの頭を優しく撫でながら、自身の手のひらに作り出した淡く輝く結晶をそっと手渡したのだった。
それからしばらくして破壊神が用意した応接セットに改めて腰掛ける二人。そこだけがまるでスポットライトが当たっているみたいに明るい。
周囲の様子はといえば、先ほどの宇宙空間の様ではなくなり、先の見通せない影となっている。さながら非常に落ち着いた雰囲気のカフェのようだった。
テーブル越しに向かいあったエンジへ破壊神は、今後の彼女の成長段階やそれに伴う諸々について要点だけの軽い説明をしていく。さらに詳しく知りたければ結晶の知識を参照してくれと言いつつ、その話の中で破壊神は一つ提案をした。
「――――」
『そうだぜ。別に将来的にお前が権能を十全に使えるようになっても、それで強制的に同僚になれなんて言わないぜ。とはいえ、将来の選択肢の一つとして破壊神の仕事がどんなもんかっていうのを知っとくのも悪くないだろ?』
「――――」
『私の観測では、君が今いる世界にとてもごく小規模ですが、君が関わりそうな世界の崩壊点があります。本来ならば放置しても何の問題もない規模であり、その世界の管理者で対処できる範囲ですが、君の仕事体験の対象には丁度いいでしょう』
「――――」
『そうですわ。アナタの実力ならアレくらいどうとでもできるでしょうし、どうせ失敗したとしても世界には特段の影響もない崩壊点なのだから、お好きなように対処してくださるかしら?』
「――――」
破壊神の職場体験という極めて珍しい事に誘われたエンジは、少しだけ悩んだあとそれを請け負った。
破壊神は答えを聞くなり、『じゃあ、アンタんとこの管理者にはウチから申請しとくッスから』と言ってサラサラと書類を書き始める。
直ぐに書き終わった書類を紙飛行機の形に折ると、そのままそっと投げて飛ばした。音もなくスーッと飛んで行く紙飛行機は影の向こうへ消えて行き、破壊神が言うにはエンジの世界の管理者の元へ直接届くのだそうだ。
姿が消えるまで紙飛行機を目線で追っていたエンジに、いつの間にかハムスターサイズになってテーブルの上に立っていた破壊神が、パンパンと手を叩いて注意を引いてにこやかに言う。
『では、そろそろお開きでし。お迎えが来てるでしよ』
「――」
首を傾げたエンジが小さい破壊神の指差す方向を見ると、顔に古傷のある厳つい大男が影から歩み出てくる所だった。
彼は油断なく破壊神を注視しながらエンジの元までやってきて、彼女の肩にその無骨で大きな手を乗せ傍らに立つ。
「おう、少し手間取ったが迎えに来たぜオレ。こんなヤバい奴からは早く離れるぞ」
『イヤどすわぁ。そんなに警戒せんとも何もありんせん』
「うるせぇ。あの時のイカれ具合を知ってたら信用なんかできるかよ」
『あ、あの時はちょっと同僚候補見つけて浮かれててだね……。……悪気はないのだよ?』
「知るか。それで俺は死んだんだ。警戒して当然だろうが」
『ゴメンて〜それはあちきも悪かったからさ〜』
軽薄な態度で情けなく謝る破壊神に、ムスッとしたままの大男はその謝罪を受け入れることもなく、エンジを椅子からお姫様抱っこで抱きかかえ踵を返す。
『じゃ~ね〜後輩くんちゃん。また機会があったら会おうね〜』
「――――」
「こんな奴にはもう会わなくていいぞオレ」
『ヒド〜い! ヒドくない? うへへへへへ』
先程とは一転した態度でヘラヘラと笑いながら、歩き出した二人へ別れの言葉をかける破壊神。それに対し大男の肩口からひょこっと顔を出し挨拶を返すエンジ。そんな彼女へ忠告を入れる大男。
二人は歩みを続け、そのまま影の領域へと入ると周囲は真っ暗で何も見えなくなる。
暗闇の中を進むにつれだんだんと意識が遠のいていくエンジには、何が面白いのかうへうへと楽しそうに笑い続ける破壊神の声が聞こえ続けたのだった。
なんかやる気出ないなとか思ってたら、気づけば1年近く時間が経ってました。




