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風説

カステヘルミ様の名前を出した途端、場の雰囲気が変わる。

どこかピリリとした、妙な緊張感だ。


やはりこの3人は第一王子派閥の貴族たちの子女なのかもしれない。

校内には政治を持ち込んではいけない、というのが王立学校の決まりではあるが、実際のところあまり守られてはいないのだろう。逆に考えればそんな決まりが作られるほどに政治的な活動、派閥の動きが校内で活発なのだとも言える。


どこかで覚悟はしていたけれど、と心の中で大きなため息をついていると、ヘザー嬢が恐る恐るといった調子で聞いてくる。


「あの…クラウディア様は、カステヘルミ様と親しいのですか?」

「ええ、少しですけれど何度かお話を…。

ヘザー様は?」


ゆっくりお話ししたのは一度きりだが、何度か話したのは事実だ。まだ親しいといえる関係ではないが、交流があることを伝えたとて問題はないだろう。

ハンナマリ嬢がそっと顔を上げて私を見ている。

すると、顔を見合わせていた令嬢たちのうちの1人がおずおずと話し出した。


「私は遠くから拝見したことは何度もあるのですが、お話ししたことはまだ…。

でも、…あの、カステヘルミ様は…何と言いますか…少々、変わったところがおありとか…。」

「変わったところ?」

「ええ、私、父から聞いたのです。

カステヘルミ様は毒の研究をされていると王宮ではもっぱらの噂だと!」

「…まあ。」


それは呆れから出た反応だった。

カステヘルミ様が王宮内で『魔女』だなどと不当に蔑まれているのは知っていたが、まさかそんな噂を学校(ここ)で、()の前で言うなんて、よい度胸というか世間知らずというか。

カステヘルミ様が何を研究しているのか、はたまた噂されているだけで研究などしていないのか、私は知らない。だが、そんな噂話で一国の王妃を貴族の子女が冒涜するなどありえないことだ。親子共々不敬罪で捕まりたいのだろうか。


その態度が彼女たちを勘違いさせたのだろうか、他の令嬢も勢いづいたように話し始める。


「ナープリ国はずっと我が国と対立してましたもの。そんな姫を寄こしてもおかしい話ではありませんわ。」

「それに、カステヘルミ様はナープリの姫とはいえ身分の低い側室の娘だとか。きっとその毒を使って陛下をたらし込んだのですわ。」

「そうよ!そうでなければ前王妃様とあんなに愛しあっていた陛下が、喪があけてすぐに再婚なんてなさるはずがないもの。」

「案外、前王妃様が亡くなった時もカステヘルミ様が裏で何かしてたんじゃないかしら。」

「えー、でもカステヘルミ様はその頃まだナープリにいらしたのでしょう?」

「毒の研究をするくらいの方よ?きっと呪いやなんかもお手のものよ。」

「じゃあやっぱりカステヘルミ様は『魔女』ってことなのね!」

「そんな悪女がそばにいるなんて陛下が心配だわ。ギルバート様も。」


だんだんと彼女たちの声は嬉しそうにはしゃいだものになっていた。「心配している」などという言葉とは裏腹にその顔には笑みが浮かんでいる。


それを見て、腹の底が沸騰したように熱くなる。

私はカステヘルミ様のことをほんのちょっと、カケラくらいしか知らないが、少なくともカステヘルミ様は彼女たちが言うような「魔女」でも「悪女」でもないことは知っている。

けれど彼女たちは何も知らない。カステヘルミ様の可愛らしい人柄も、ぶっきらぼうな仮面の裏の優しさも、噂に傷ついていることも。

彼女たちはただ面白おかしく無責任に風説を撒き散らして楽しんでいるだけなのだろうが、私からすれば彼女たちの方がよほど「悪」に見える。


怒りがそのまま口から出そうになった、その時。繋いでいたハンナマリ嬢の手が小さく震えていることに気づく。見上げれば彼女の顔は真っ青だ。

私は繋いだ手をきゅっと握って、小さく深呼吸をした。

感情的になってはいけない。少なくとも、相手からそう見えてはいけない。


はしゃいでいた令嬢たちは私が微笑みを消したまま黙っていることに気づき、言葉をつぐむ。

そして怯んだように少し、顔を引いた。


「…嘘ではありませんわ。確かに父が…。」

「そう。けれど、気をつけたほうがいいと思うわ。」


私は唇に人差し指を当ててにこりと笑いかける。


「その風説の真偽はどうあれ、相手は王妃様ですもの。

下手な噂話はどこから誰の耳に入るかわかりません。

…危険ですわ。」


彼女たちの顔色が分かりやすくサッと変わった。そして私を避けるように遠巻きになっていく。


ふと、頭の中に一枚の絵が浮かんでくる。

これは…ゲームのスチルだ。

ゲームの中のクラウディアがいわゆる『取り巻きの貴族令嬢たち』を引き連れて高笑いをしている…、その中には彼女たちの顔が見える。


久しぶりに見えた「ゲームの内容」に私は動揺しながらも、表情には出さないように気をつける。それが表す意味を考えるのは後だ。

私は微笑みを崩さずに教室を指差した。


「さ、休み時間も終わってしまいますわ。

皆様、そろそろ参りましょう。」

「え、ええ…。」


先ほど私に憧れていた、と言ってくれたヘザー嬢も含め、彼女たちは私から逃げるようにそそくさと去っていく。

恐らく彼女の理想とは違う私に幻滅して、嫌われてしまったのだろう。それが残念だというわけではないが、これからやりにくくなりそうだな、とは思う。


小さく息をついて先ほどマージョリー嬢と話していた辺りを見れば、もういなくなっていた。

まあ仕方ない。授業に遅れても困るし、勝手に行動したのは私だし。…マージョリー嬢は、こんな面倒ごとを起こす私に愛想をつかしたのかもしれないし。

せめてマージョリー嬢には嫌われてないことを願おう。


そう心の中でため息をついていると、頭上からハンナマリ様の声が聞こえてきた。


「ア…。」


その声で、私は彼女の手をきゅっと握ったままだったことを思い出す。


「あ、申し訳ありません。」


私は手を緩め、エスコートをするように彼女の手を私の手の上に置いた。


「授業に遅れてしまいますわね。さ、ハンナマリ様、参りましょう。」


そう微笑みかけると、彼女は私の顔を戸惑ったように見てから、きゅっと目を瞑って小さく首を振る。今にも泣き出してしまいそうにその顔は赤い。

彼女は私の手の上から自分の手をすっと引く。


「え…、ハンナマリさ…。」


私の声を振り切るように、ハンナマリ様は教室とは逆の方向へ走っていってしまった。


ぽつんと残された私は、1人。

ただただ呆然とそこに立ち尽くすしか無かった。

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