協力
「ソウルイーター、魂喰らい、吸魂鬼、色々呼び名の候補はあったけれど、ソウルキャッチャーという通称は柔らかいものを選んだ結果だったわ」
私の家の居間で、楓が淡々と言葉を紡いでいく。
「ここからわかるように、私達はソウルキャッチャーを敵視してはいない。警戒はしているけれどね」
「はあ……」
曖昧に返事をして、視線を落として紅茶を一口飲む。
「あなたが味方になってくれれば、沢山の人を助けることができる。私は、そう思うわ」
もう、誤魔化しようがないとは思うのだ。鉄化のスキルを楓の前で吸収して見せてしまった。
しかし、私は足掻きたい。一般人であるために。
「私には仕事があります。大学で四年頑張って、やっと入れた職場です。この日常も、生活も、私が努力して手に入れたもの。それをどうして捨てれましょう」
楓は、真っ直ぐに私の目を見る。私は、視線を逸した。
「私はただの一般人です」
十数秒の沈黙が漂った。
「そう」
楓は、ポケットから手錠を取り出すと、自然な動作で私にかけた。
「これは?」
「自由に行動しているソウルキャッチャーなんて危険極まりないでしょう。逮捕よ、逮捕」
「ざ、罪状は?」
「適当につけるから待ってて」
そう言って、楓は悪戯っぽく微笑む。
私は両手を振った。
「わかりました、わかりました、協力します。だから牢獄送りだけはやめてください」
楓が鍵を取り出し、手錠を私の手から外す。
冷たい鉄の感触が離れて、少し安堵する。
私は一般人でありたかった。
けれども、私の特技はついに人生の選択肢すら侵し始めたのだ。
「じゃあさ、これじゃどう? 日中は今の会社で働く。夜は私達と一緒に働く。どっちも両立できるかはあなた次第」
考え込む。
残業や持ち帰りの仕事を考えると少し厳しい。
しかし、やらないと言えば待っているのは牢獄だ。
「わかりました。夜はあなた達に協力しましょう」
「そう。じゃあ早速協力してもらうわ」
楓が立ち上がり、家を出て行く。私も後を追い、家の鍵を閉めて後に続く。
楓の車に乗り込み、発進する。
連れてこられたのは、地下刑務所だった。
冷房が効いているのか、はたまた楓の体質か、それともその両方か。
ひんやりとした空気が地下には漂っていた。
「私達の中にも勘がいい子がいてね。そういう子と戦闘要員がセットになって活動しているんだけれど」
「楓さんや相馬さんはお一人ですね」
「百戦錬磨だからね。それに、相馬は癪だが勘がいい」
連れてこられた先にいたのは、この前楓と協力して捕らえた婦女暴行犯だった。
「なんだよ。裁判の告知か?」
男はあぐらをかいて、ふてぶてしく聞く。
「あなた、誰かに力を貰ったってようなことを言ってなかったっけ」
「ああ、言ったな」
「詳しく教えてくれる?」
男は、しばし考え込んだ。
「交換条件で減刑してくれるなら考えるぜ」
その次の瞬間、男の喉元に氷の刃があった。
楓が檻を蹴りつけて、その箇所から氷の槍ができあがっている。
「あんたは沢山の女を泣かせた。その罪は消えることはない」
楓の目が、赤く光る。周囲の気温がどんどん下がっていく。
「私達はいつでも拷問に切り替えることができるのよ」
男はしばらく楓を睨みつけていたが、そのうち溜息を吐いて語りだした。
「あれは、何気ない昼下がりだったよ。俺は求職中でベンチで座ってた。そこにやってきたんだ、奴が」
「奴……?」
楓が、目を細める。
「細身で眼鏡をかけた男だった。男は語った。今の人生はつまらなくないか、と」
「その会話を詳しく思い返せる?」
男は困ったような表情になった。
「決められた勉強の末に、決められた就職をし、決められた仕事をこなす……だっけかな? この世は地獄だ。だが君は天国に行ける資質を持っている」
「資質?」
「確かにそう言われたぜ。資質、と」
男は投げやりに、片手を後方の地面について支えにした。
「そして、事実、俺は超越者になった。スキルを吸われる、あの時までは……」
楓が足を下ろす。氷の槍がひび割れて粉々に砕け散る。
「ふうん。そっか」
楓はそうとだけ呟くと、男の房の前を去って歩き始めた。
「おい、減刑は……」
後ろからの声が遠ざかっていく。
「というわけで、事態はややこしいのよ」
「もう一人いるというソウルキャッチャーと、スキルを与えし者ですか」
「うん。前も言ったけど、この市の超越者の増加ペースは異常よ。そのうち、破綻が見えている」
私は息を呑む。
ならば、私が一般人をやるためには、今回の事件を解決に導かねばならないのだ。
「あなたはありったけスキルを吸収しなさい。沢山殺されるならそれ以上に沢山作れば破滅は逃れる精神よ」
「暴論ですね」
「そういう神話があるのよ」
「待ってくれ!」
近い房から声がした。
「あんたならわかるはずだ。俺は、無実だと」
そう言ったのは、若い青年だ。
青年のハートには、クロスされた剣とその後ろにカイトシールドのデコレーションがある。
「証明してくれ! 俺の無実を!」
青年は叫ぶ。
「イケメンじゃん」
歩美が呑気に呟いた。
確かに、悪い顔立ちではなかった。
第八話 完
次回『神聖なる盾』