魔物の巣食う地へ
旅に出て一日目の夕飯の時間だった。
夕焼けが沈み、異世界を映す月が昇ってくる。
「ねーねー、恭司って何歳?」
夏希が、顔を覗き込んで聞いてくる。
「二十代半ばのオッサンだよ」
「あー、それじゃ女子高生と一緒で嬉しいねえ」
「俺にも選ぶ権利があることを忘れるなよ」
「む、失礼しちゃうなあ」
そう言って、夏希は菓子パンにかぶりついた。
「それに、俺には恋人がいる」
「へえー……」
「なんだその、見栄はってるオッサンを見るような目は」
「だって恭司って女性慣れしてない感じするもん」
「お前の中でどういうキャラなんだろうなあ俺は……はい、写真」
そう言って、僕はスマートフォンに翠の写真を表示させ、夏希に見せる。
「へー、美人じゃん!」
「そうかな」
「美人だよー。えー、勿体無いー」
夏希は面白がって、スマートフォンを下げたり、上げたりする。
「残念ながら3D機能はついていないからな?」
念のために釘を刺す。
「ああ、うん。悪かったよ疑って」
そう言って、夏希は僕にスマートフォンを渡す。
「女友達の写真を恋人だって出してくるとは思わなかった」
僕は食事を吹きそうになった。
「お前なあ」
「えへへ」
「えへへじゃねえよ……もういいよ、どうでもいい」
実際、翠とは恋人なのかそうじゃないのかわからないような曖昧の関係のままだ。
いつになれば、その溝は埋まるのだろうか。
「明日になれば、森に入る」
夏希が急に、真面目なトーンになった。
「覚悟はしておいて」
「わかった」
僕は自信を持ってそう答えた。
「怖気づかないのね」
夏希が戸惑うように言う。
「ソウルイーター、鬼、俺は色々な敵と戦ってきた。相棒の撫壁はもっと多くな敵と戦っただろう。だから、こんなところで死ぬ気はない」
夏希が微笑んだ。
「そっか。凄いな、恭司は」
「恭司さんって言え」
「やだよー」
じゃれるのも、そう悪い気分ではなかった。
+++
そして、僕らは森の前にやってきた。
「ここからは魔物のエリアだ。私達には治療系スキルはない。気をつけてね」
「わかった。佇め、撫壁」
撫壁を再召喚し、落ちた銃の鞄を持ち上げる。そして、自分のポケットと夏希の手に、それぞれ一個ずつ銃を手渡した。
「危ないと思ったら使ってくれ。ただ、素人だから際どいところは狙うな。体の中央を狙え」
「わかった」
夏希もポケットに銃を入れる。
そして、二人は鬱蒼とした森を歩き始めた。
薄暗い。
日差しすら遮る木の葉。
荷物の重さもあって、徐々に息が切れてくる。
「来る!」
夏希が叫んで、僕の後ろに回った。
大量の矢が、僕ら目掛けて飛んできていた。
撫壁で、その全てを受ける。
そして、反撃に銃を撃つ。
しかし、素人の狙いだ。
樹に当たっただけだった。
ただ、音による威嚇効果はあるようだった。
相手はまばらに矢を放つだけで、前進してこない。
「恭司、接近できる?」
「なんでだ? 相手は大軍かもしれない。離れてる方が安全だろ?」
「忘れたかい、恭司」
夏希は悪戯っぽく微笑む。
「あのショッピングモールを出た時、私達は安全策を捨てたんだ」
僕はしばらく呆然としていたが、そのうち苦笑した。
「そうだな。お前に考えがあるっていうなら、のってやる」
撫壁を構えて前進する。
そして、近接兵が姿を現した。
それは、一見すると猿。しかし、腕は太く、頭に角が生えていた。
「行くよ恭司。電光石火!」
彼女がそう唱えた瞬間、背後から気配が消えたのがわかった。
踏み潰されたような悲鳴が上がる。
僕が見えたのは、彼女が一匹目の敵を樹に蹴ってそのまま押しつぶしている姿だった。
その後も、彼女は尋常ではない速度で暴れ続けた。
もう、十匹以上の敵が息絶え、地面に落ちている。
超越者は二人目、という話を思い出した。そうか、彼女が一人目か。
「一旦戻れ、夏希! 狙われている!」
僕は射手達に銃を撃って牽制しながら言う。
「わかった!」
そう言うと、夏希は僕の背後に戻った。
そして、僕は撫壁を構える。
「超越者、か。血迷ったか? 森に入って暴れるなどと」
低い、低い声がした。
打撃音がしたと思ったら、若い樹が倒れていく。打撃で破壊したのだろう。
「ボスだよ」
夏希が注意するように言う。
撫壁に隠れながら、恐る恐る見る。
僕の身の丈を遥かに超えた猿が、そこにいた。
猿はそのままゆっくりと近づいてくる。
そして、腕を振り上げた。
僕は撫壁を地面に突き立てる。
猿の王の攻撃を撫壁が受け止めたことにより、物凄い振動音が周囲に響き渡った。
連打は続く。僕は歯を食いしばり、全体重を乗せて、盾の位置を固定し続ける。
そして、相手の息が切れた頃、僕は撫壁を持ち上げた。
数歩、相手に近づき、撫壁の背面にあるショートソードを一本抜く。
「ふはは、そんな脆弱な剣で挑むつもりか」
「生憎」
僕は撫壁を相手に叩きつける。
「そのつもりだよ!」
撫壁ごと相手の喉を突き破る。
血の雨が振り、相手の体はぐったりと撫壁に垂れ下がり、そのまま落ちていった。
ボスがやられたことで混乱が起こった。
相手は逃げ纏っていく。
「ボスの交代には混乱が起こる。これでしばらく猿族は攻めてこないでしょう。やるわね、恭司」
「ああ、俺と撫壁を突破できる奴はいない」
そう言って、僕らは拳と拳をぶつけ合わせる。
「まあ、一般人の範疇ではな……」
僕は小声で付け加える。
「なんか言った?」
「いや、ちょっとした弱音だ」
「ふーん?」
夏希は不思議そうな表情だった。
まだ、森には入ったばかり。その時点でこの数の魔物だ。
まだまだ、地元へ帰るための旅は続く。
第六話 完
次回『泣かないで、あなたは私が守るから1』




